デフォルト:藤丸ゆりえ
「日向さん、珈琲此方に置かせていただきますね」
ふと意識を現に戻した瞬間、耳に入った声に反射的に頷いていた。何に対して返事をしたのか思い浮かべる前に、珈琲の深い薫りが鼻腔を擽る。
「休憩に此方もどうぞ」
「ああ、悪いな。藤丸」
手を伸ばした先には珈琲が注がれたカップがあり、隣には小さなケーキが添えてあった。
礼を述べながらカップを指に引っ掻けると違和感が沸き上がる。
正体に気付き、遠ざかっていたゆりえの背中に声をかけると彼女は少し小走り気味に龍也の元へと戻ってきた。
「どうかされました? あ、珈琲お口に合いませんでした……?」
「いや薫りは旨そうだが……。じゃなくて、俺のは今は使えねぇのか?」
そう言ってカップを上げて見せるとゆりえは合点がいったのか小さく頷く。ゆりえが此処で働きはじめてから、事務所で働く人間にはマイカップ制度が出来ていた。勿論龍也にもマイカップが存在した。けれど今日渡されたそれは龍也のものではない。
ゆりえは目を細めて笑みを浮かべた。
「今日は特別ですから。お嫌でしたらいつものでお持ちしますが」
「いや、間違ってねぇならこっちで貰う」
ゆりえの機嫌がいいのだろうと解釈した龍也は笑みと共に珈琲に口をつける。
カップも違えば珈琲も違う。
基本的にはゆりえが何処からか用意してくる珈琲だったが、今日の一杯は全く異なったものだった。
様子をにこにこと眺めているゆりえに気付きながら龍也は静かに珈琲を置き、ケーキに手を伸ばす。一般的なサイズより小さなそれはシンプルなショートケーキだった。
「ん。旨いな」
「本当ですか?」
「ああ、何処の店のだ?」
甘さ控えめでしっかりと主張しながらも口の中で蕩けていくケーキは、クラスの生徒たちのご褒美に使ってもいいとも思えるほどで。
しかし龍也の問いかけにゆりえは、人差し指をたててにんまりと笑っていた。
「秘密です」
「あ? 何でだ?」
「特に理由はないですけど……。龍也さん、いつもお疲れ様です! これからも宜しくお願いしますね!」
言うだけいうとゆりえはくるりと反転して龍也の前から立ち去った。
背中から楽しそうな様子が伝わるのだけは分かり、龍也にはよく分からないままにいつもとは違う休憩になったのだった。
ゆりえの真意が分かったのは、休憩も終わり、夕飯時になろうかという時。
林檎と共に社長ことシャイニング早乙女が傍迷惑なクラッカーと幟旗(様々な国の言葉で『誕生日おめでとう!』と書かれている)を手に事務所に押し掛けて来た時だった。
「龍也さん、お誕生日おめでとうございます」
「はじめからそう言ってくれ」
「龍也ったら照れてるの~?」
「うるせぇ、お前は黙ってろ。ありがとな、旨かったぜ。誕生日祝い」
「あったりまえじゃない! ゆりえちゃんが龍也の為に作ったケーキなんだから!」
「ああっ林檎ちゃん、それは内緒……!」
***
龍也先生お誕生日おめでとうございます!
キャラクターの誕生日祝いでSSとか久方ぶりに書きました。
うたプリ×ペンギン革命より、藤丸ゆりえでした。
[4回]
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デフォルト名:藤丸ゆりえ(ふじまる ゆりえ)
幼い頃から見えた世界は、人が見る世界と少し違ったらしい。そのことにゆりえが気付いたのは、演劇好きな母に連れられてとある人物の演劇を見に行った時だった。
何もないはずの空間に広がる光輝く羽根。輝いているのに辺りに影ができる様子はなく、その羽根の輝きは特殊なものなのだと気付くのに時間はかからなかった。
会場を覆い尽くさんばかりの大きな羽根にゆりえは目を奪われたのだ。
あの体験から街中を歩いていると、羽根が生えている人に出会うことはあまりなく、その羽根は一部の人にしか生えていないことを知った。そしてその羽根を見ているのは自分だけなのだということも知った。
画面の中で光輝く羽根を持つ人は、居たり居なかったり。
けれど次第にゆりえは確信する。あの羽根を持つものは『スター』になる素質を持つ人なのだと。
そして羽根にも様々な種類があることも知るのだった。
人や車が多く行き交う中、ゆりえは携帯電話を耳に当てて呼び出し音を聞きながら交差点に立つ巨大画面を眺めていた。
画面の中には青い髪を元気よく跳ねさせながらくるくると踊り跳ねながら楽しそうに歌う少年。
あまりテレビを見ないゆりえだが、彼だけは前から気になっていた。
芸名は『HAYATO』
バラエティーもこなすお茶の間のアイドルだが、歌も歌う。
明るく、そして可愛らしい雰囲気を纏う少年のファンは多い。
ゆりえは、しかし彼とどこか似ている少年を知っていた。
母に似て演劇好きを受け継ぎ、何ヵ月に一度だけ自分のごほうびに見に行っていた舞台に立っていた少年。まだまだ荒削りだったが、彼にはゆりえが惹かれる決定的な理由があった。
まだ羽ばたく前の、光輝く羽が生えていたのだ。
その少年の羽根はとても美しく、これからの成長に期待をする程のものだった。
今画面で踊り歌う少年の羽根と酷似していた。
「でもHAYATOなんて名前だったかなぁ」
『お姉ちゃん?』
「あ、ゆかちん?」
繋がった電話の相手の声に心が弾む。
7つ年下の妹。藤丸ゆかりである。
藤丸一家は父とゆりえと妹のゆかりの三人家族である。
父親は昔から当たり外れの大きな事業に手を出しては成功と失敗を繰り返す人で、豪華な家に住んだり夜逃げをしたりということは何度も経験させてくれる人だった。
ゆりえとゆかりは、そんな父に振り回される母を支えるために出来ることを精一杯したが、疲れきった母はある日家を出ていったまま帰ってこなかった。
そんな愛すべき父を見本に育った二人の姉妹は安定した職業を夢に抱き、将来は公務員! を目標に日々を過ごしていた。
「元気?」
『うん、父さんは今の所は順調だよ』
「よかった。ゆかちんと父さんに会いに行こうと思ってて」
携帯電話にかけて呼び出し音が鳴った時点で、父親の事業がまだ成功していることは分かっていた。しかし、妹の声で大丈夫だと言われると安心するのだ。
『本当? じゃあご馳走作らないとね』
「姉さんはゆかちんの卵焼きが食べたいな」
『はいはい』
くすくすと笑う声が携帯越しに聞こえる。こんな些細なやり取りに幸福を感じる。
『ねえ、お姉ちゃん。仕事ってどんな仕事?』
「大丈夫だよ。父さんみたいに博打じゃないし、安定したお仕事です。事務職みたいなものだしね」
『でも、なんて言ったっけ……なんか変な仕事じゃないよね?』
「シャイニング事務所だよ、一年ずっとアルバイトさせて貰っていたし、社員の人達もいい人ばかりだし。何より頑張ればゆかちんの大学の費用を出してあげられるもの!」
ぐっと拳を握りしめながら信号が変わった交差点に足を進める。電話の向こうで妹が唸っているのが聞こえる。
ゆりえのことが心配だが、やはり心が揺らいでいるようだ。
だが、自分がゆかりの立場だったら心配になる。
元々姉妹揃ってメディアには疎く、芸能人の名前も顔も知らない。
関心があるのは『羽根』が生えているか。
ゆりえしか見ることが出来ないと思っていた羽根は妹のゆかりも見ることが出来るようになっていた。
「社員になったら、ゆかちんにもきちんと説明してあげる。だから今はお姉ちゃんを信じて、としか」
「おい、ゆりえ」
交差点を渡りきり、待ち合わせ場所で通話を続けていれば、携帯電話をあてていない方の耳に低い囁きが聞こえてくる。
慌てて振り返ると、そこにはサングラスと帽子を被った仕事場の大先輩である日向龍也が立っていた。
「あ、日向さん」
『お姉ちゃん?』
「あ、うん。ゆかちん、次の土日には帰るからね! 卵焼き忘れないでね!」
『はいはい。父さんと待ってるからね』
「ゆかちん愛してる!」
『はいはい。待ち合わせしてるんでしょ? また今度ね』
「うん。バイバイ」
通話を終了し、携帯電話を鞄へとしまう。
そのまま龍也へと向き直るとゆっくりと頭を下げる。
「お待たせしてすみませんでした。今日はありがとうございます」
「気にすんな。遅れてきたのはこっちだからな。電話、良かったのか?」
「はい。妹と父の安否確認なので」
「(安否確認?)そ、そうか。なら行くか。荷物は……」
龍也はゆりえの足元に目をやるが、想像していたものが全くなく呆気にとられてゆりえの全身を凝視する。
小さなリュックが一つ、大きめのキャリーバックが一つ。小さな肩掛けが一つ。ゆりえの荷物はそれで全てだった。
「残りは宅配にしたのか?」
「いえ、これで全てです。大荷物ですみません」
羞じらったように笑うゆりえに調子が崩れるのか、龍也は首に手をあてて考えながらも片手を出す。
大きくて優しい手をきょとんと見ていると、通じなかったことにため息を着いた彼は一言「リュック」とだけ加えた。
言われたことの意味に気付いたゆりえは慌てて首と手を全力で振り、必要ないと訴えかける。
しかし、龍也が凄みのある目で見つめ続けると降参したのか渋々リュックを下ろし龍也へと手渡した。
「すみません……」
「気にすんな。それにしても一人暮らししてたのにこんだけか?」
「はい。夜逃げするときは最低限しか持っていけないので、その癖から最小限の荷物しか持たない癖が……」
「夜逃げ?」
「あ」
ゆりえの口から飛び出した言葉に驚きのあまり龍也の目が丸くなる。彼の反応から何気なく口にしてしまったことに気付き、ゆりえは口をてで押さえるが出てしまった言葉はもう戻らない。
互いに互いの言葉を待つが、先にしびれを切らしたのは龍也の方だった。
「悪い。言わなくていい」
「あ、その……なんといいますか」
「とりあえず、どっかで飯食ってから寮に案内する。何食いたい?」
「え? 特に苦手なものは」
「んじゃ俺のオススメな。行くぞ」
いつの間にかキャリーバックまで持たれていたことに気付いたゆりえは慌てて龍也の後を追いかけ、荷物をひとつずつ運ぶことを妥協させられた。
安定した職業ということで公務員を目指していた自分が、一般企業。というには型破りなアイドル事務所ーーシャイニング事務所の社員になるとは思ってもいなかった。
出会いは一年前。
龍也の後を追いかけながら、ゆりえは振り返る。交差点の信号は歩行者が赤で、車道を車が走り抜けていく。足止めされている歩行者は、携帯電話を触るもの、同行者と話す者、広告塔を見上げる者とそれぞれに思うままに行動している。
あの日、気晴らしに足を向けたCDショップでの出会いがゆりえの人生を変えた。
雨上がりのあの日。
***
うたプリ×ペンギン革命って面白いんじゃないかな。と思ったが最後。
アクセル全開で書き留め続け、導入編を書いてみました。龍也さんが贔屓なのは私の趣味です!!
ペンギン革命を知らない人でも、うたプリを知らない人でも楽しんでもらえるように書きたいです。
[8回]