TOS・TOA・彩雲国物語等の名前変換小説の小ネタを載せております。
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デフォルト名:藤丸ゆりえ
事務所での仕事が一段落したゆりえは腕一杯の資料を抱えたまま学園を目指して歩いていた。資料は学園の雑務を片付けに戻ると告げたゆりえに同僚達が大量に持たせてきたものである。
シャイニング事務所の仕事の中で、生徒達が憧れているアイドルたる仕事や、思いもよらない仕事。それら過去の企画書やとある作曲者の過去のスケジュールだとかである。
一度に運ばなくてもいいと言われていたが持てない量ではなかった為に思い切って抱えてきてしまったが、そんな安易な判断を下した数分前の自分に怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいになりながらもゆりえはくじけないように懸命に歩いていた。
若干視野が狭まるが人にぶつからないように意識していれば飛び出してくる人間以外と衝突は避けられるためゆりえはゆったりとした歩みで進んでいた。
そんな背中に戸惑いがにじみ出た声を掛けられるまで。
「あ、あの」
「ん?」
聞き覚えのない声であるが、振り返ることのできないゆりえはとりあえず足を止めた。
「どうかされましたか?」
「あ、あの、その、わ、私! お、お手伝い致します!」
声の主が勢い良く頭を下げる音がした。声の質感から学園の生徒であるとあたりをつけ(そもそも職員なら声でわかる)ゆりえは素直に手助けを頼むことにした。
「ごめんね、お願いしてもいいかしら? この山から少しだけ持ってもらってもいいかな?」
「はい!!」
声の主に少しだけ資料を持ってもらうことによってようやく視野が広まる。
ゆりえが手伝いを頼んだのはピンク色の髪の女生徒だった。
「ありがとう、助かります。大変申し訳ないけど、職員室までお願いしてもいいかな?」
「はい!」
「申し遅れました、シャイニング事務所の事務員をしています藤丸ゆりえです。職員室までお付き合いお願いね?」
元気一杯の笑みを浮かべた女生徒が手伝ってくれたお陰で少しだけ腕の負担が軽くなり、足取りも軽くなる。
女生徒はAクラスの七海春歌と名乗り作曲家コースに所属するらしい。
職員室に向かう道中主に春歌の学園に入るに至った経緯や夢を聞いていた。話せばどうやらゆりえの妹のゆかりと同じ年らしく、ゆりえの感覚としては妹と会話をしているようで楽しかったのだが、春歌は職員室に着くと同時に何故か顔を真っ赤にさせていた。
「ありがとうございました。とても助かりました」
「こ、こ、こちらこそ凄く楽しかったです!!」
「手伝ってくれたお礼にお茶でも飲んでいって? 甘いものは大丈夫?」
赤い顔のまま勢いよく頷く春歌にくすりと笑みを浮かべるとゆりえは春歌を応接セットに残して簡易キッチンへと向かった。カップの準備をしながらちらりと時計に目をやるといくつかのカップを余分に取り出す。
「はい、お待たせ。コーヒー大丈夫?」
「ありがとうございます! いただきます!」
春歌のくるくると変わる表情を楽しげに眺めながらゆりえはそっとカップに口をつける。紅茶派やコーヒー派などと分かれる飲物に関してゆりえは特にこだわりはないが、今日は気分的にコーヒーだったのでコーヒーである。
「藤丸先生は何を担当されていらっしゃるんですか?」
「私は教師ではないから何も、が答えかな?」
「先生ではないんですか?」
「文字通り、事務仕事要員ね。厳密に言えば学園ではなくてシャイニング事務所の事務員のだけれど。でも学園もシャイニング事務所の運営だから同じようなものね」
くすりと目元を綻ばせるとゆりえは先程運び入れた資料を指し示す。
「さっき運ぶのを手伝ってもらったのは過去の仕事の一例よ。作曲家コース志望なのよね? 内緒でちょこっと見せてあげる」
「え?! で、で、でもよろしいのですか?」
「授業の資料にと持たされた物だから少しぐらいフライングしたって平気よ。重い思いまでさせちゃったのだし」
内緒だからね、と付け足しながら作曲家コースに見せる資料を数部捲る。
春歌へと手渡すと彼女は少し縮こまりながらしかし目をキラキラと輝かせて資料を遠慮がちに捲り始めた。
妹と同じ年の彼女の背中には羽根は見えない。
けれど、彼女の背中にはゆりえには見えない羽根が生えているのだろう。
妹の背中と被って見える後ろ姿にくすりと笑いながらコーヒーカップを揺らす。
「七海さんを見てると妹を思い出すな」
「妹さん、ですか」
「そう。七海さんと同じ年で今年高校一年生なの」
そこで口を噤むと珈琲で喉を潤す。自他共に認める妹大好き人間であるのでこれ以上の発言は自主規制である。
黙ってカップを手にとっていたゆりえは何かに気づいたかのように席を立つと春歌にそのまま見ているように伝えると簡易キッチンに立つ。
とりあえず3人程か、と目星をつけて新たなコーヒーの準備を始めると程なく職員室へと何人かが姿を現した。
それぞれが席に着くとゆりえは静かに差し出していく。そつのない動きに春歌が目を白黒させているとゆりえは再び彼女の前に腰をおろしのんびりとカップを手に取っていた。
「お代わりは大丈夫?」
その言葉に弾かれたように立ち上がると春歌はわたわたと手を動かし先程まで眺めていた資料を整えた。
「だ、だ、大丈夫です! あ、あの、そろそろ戻りますのでおかまいなく!」
「労働の対価何だから気にしなくてもいいのに」
そう言って笑いながらもゆりえは片付ける春歌に手を貸して資料を整えていく。
他の教員戻って来たことで意識が現実に引き戻されたのだろう。且つ他の生徒がまだ手にとって眺めて、ましてや存在すら知らない資料を独り占めしていた後ろめたさが如実に現れたのだろう。そんな春歌の想いが分かっているのか、わたわたと退室する春歌に笑顔を送り。
「今度はお友達と一緒にいらっしゃい」
[0回]
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デフォルト名:藤丸ゆりえ
藤丸ゆりえには父親と八歳年下の妹がいる。父は当たり外れの大きな仕事ばかりを選ぶ浪漫溢れ家族には迷惑窮まりない癖のある人間で、藤丸家は常に上昇と下降の激しい生活をしていた。
夜逃げを含むサバイバルな生活を送りながらゆりえは家事手伝いで母を支えながらその生活を楽しんでいた。妹も家事手伝いが出来るようになると二人でちぐはぐな家族を支えようと奮起しながら。
しかし、母は妹が小学生の時に家を出て行ってしまった。
その時から藤丸家の絆はゆりえと妹のゆかりによって堅く太く結び直された。
収入の安定しない父親の手綱を上手く操り、ゆりえ自身は大学まで卒業を果たしたし、妹もこの春高校に入学した。
少し予定と異なったのはゆりえは念願であった公務員は受けずに一般企業とはいえない会社に事務員として就職したことだが、『やってみたいこと』と『なりたいもの』の乖離した結果であり、本人は現状を満喫しているので支障はない。
「新入生代表、藤丸ゆかり」
真新しい制服に身を包んだゆかりが壇上に上がる。緊張からか少し堅い声で文章を読み上げるその姿にゆりえはそっと胸をなで下ろす。
地域でも有名な進学校に妹のゆかりはトップの成績で入学を果たしたらしい。というのは本日知ったゆりえであるが、流石ゆかりであるという感想を抱いたのと同時に申し訳なさを覚えてしまう。
だが、そんな想いを見せてしまえば妹が気に病むことなど解りきったことであるので、ゆりえは満面の笑みで妹の晴れ姿を誇らしく思うにとどめる。
「ゆかちんかっこよかったよ!」
式も終わり、教室での行事を終えた妹をゆりえは門で待っていた。職場の同僚に借りたカメラで記念撮影をすると姉妹は昼食を兼ねて街へと繰り出した。
若い女性に人気なレストランでのリーズナブルなランチ。渡された破格の割引券は臨時ボーナスだと渡された物の一部だった。
こんな高そうな店でランチなんて! と目を丸くして後退りする妹は割引券を見せると大人しくなったのだが、やはり店内では慣れていないからか少しかそわそわしていた。
「そんなことないよ、お姉ちゃんだって大学の卒業式で表彰されていたじゃない。それよりも、どうしたのその割引券」
「あー、今年一年間特殊業務が増えるからそのお手当だって。あ、だから後で携帯電話買いに行こうね!!」
「えー、もう持ってるよ?」
二台とかいらないし! と笑って手を振るゆかりだが、ゆりえは堅く拳を握り締め首を横に振った。
「駄目! あれは父さんが契約者だから安心できない! 私がお金払うからゆかちん名義で作っておかないと」
「……うーん、いつ契約が切られるか分からないもんね」
「今年は学費払い終えてるけどマンションもバカ高いの契約しちゃうし……また突然姿を消されたときにゆかりと連絡手段がなくなるのは怖いから……。お姉ちゃんを安心させるためだと思って、ね?」
突如連絡の取れなくなった妹が公園で夜を明かしていた時の恐怖といえばない。二度と経験したくないと何度も思いながらもゆりえにも妹を養う稼ぎがあったわけではなかった為に何度も辛酸をなめた。
あまり乗り気ではないゆかりにプレゼン紛いの説得をし、姉妹だけの家族携帯を持つことに成功したゆりえは、夕暮れの別れ際満面の笑みで妹と手を振り合った。危惧していた事が数ヶ月先に実際に起こるとは露とも思わず。
帰ってこなくてもいいと言われておきながら夕方過ぎに顔を出したゆりえを事務所の者は笑みを浮かべて迎え入れた。
簡単な事務処理をしながら今日の出来事(主に妹について)を語っているとひょっこりと顔を出した林檎に早速携帯電話を奪われてしまった。
「ゆりえちゃん! ついに携帯買ったんだって? 番号教えてねん!」
「わわ、林檎さんちょっ、返して下さい!」
ロックも何もかけていない為にあっさりと操作される。どこに行った個人情報保護。
「あら、待ち受け妹さん? やーん、可愛い~! ミニゆりえちゃんだわ~」
「そうなんです! うちの妹はかわいいし優しくて料理上手で頭もいいんです!」
思わず力一杯力説するがその間に龍也の元へと移動していた携帯電話はやはり勝手に操作されていく。
「あ、ちょっと日向さんまで!」
「俺のと社長のと事務所と学校のは登録しといたぞ」
あっさりと手のひらに帰ってきたが妹と妹の学校と父親しか登録されていなかった電話帳はいつの間にか登録が増えていた。よく見ると取り付けた覚えのないストラップまでついている。
「ありがとうございます! っていつの間に……!」
「まあ餞別だ」
「でも今日割引券頂きました」
「あれは林檎からだからな。ああ、そうだ。ある意味流失したらやばいもんだからな。パスワードしっかりかけておけよ?」
「分かりました!」
シャイニング早乙女の電話番号など恐ろしすぎるものを持ってしまったので、ゆりえは自分の携帯電話であるというのに恐る恐る操作していた。
電話帳に気を取られていたが、ストラップのデザインが龍也の持つものに似ていることに気付くのはかなり先のことであった。
***
書いていて途中何度かゆかりとゆりえが入れ替わってしまいました………!
事務所の携帯は持っていましたが、個人のは父親が使用料等を支払う携帯を使用していました。ゆかちんの高校入学祝いにゆかりのと同時に買えばお得に買える!との思いで1年間は我慢してついに自分のお金で新しく契約(切られる心配のない携帯)
事務所ではたまに都合がつかない携帯と言われていたり(料金未払いで「お客様の都合により御利用できません」のアナウンスより)したので念願とも言える携帯ゲットです。
[1回]
デフォルト名:藤丸 ゆりえ
賑やかさにざわつく校舎の中、廊下にリズミカルなヒールの足音が響く。忙しさを感じさせず、かといって軽やかでもない足音の正体は一人の小柄な女性ーー藤丸ゆりえである。
一年に一度のイベントでもある入学式はシャイニングの流血という事態と共に彼独特な強烈な挨拶で幕を閉じた。
一人の女生徒が貧血を起こして倒れかけるという事態も起こったが概ねゆりえ達事務所の人間にとっては想定内の範囲内に収まりハイタッチでねぎらい合った。
SクラスとAクラスそれぞれの担任を持つ日向龍也と月宮林檎は各々のクラスへ向かい、他の事務員達も各々の業務へと向かったのだが、ゆりえは生徒達や学校関係の事務処理で職員室へと向かったのであった。
学園の事務員ではない筈なのだが、と思わないでもないがまあ仕事の一貫だと割り切って仕事を片づけていく。
二人が担任業務が終わって戻ってくる前に色々と準備をしつつ、社長であり学園長であるシャイニング早乙女が暴走して生徒達(主に被害を被るのは龍也だが)に混乱を与えないように職員室で見張るという大役も持っていた。
筈であったが、ゆりえは今Sクラスに向かって急いでいた。
職員室で大人しくしていた社長が、突如「ミーは呼ばれているのデス!」と叫び窓ガラスを破って飛び出していった為である。予想通りであった為、驚きも焦りもしていないが、偏に龍也の負担減の為である。(事務所の一部の人間達の間で龍也の苦労を減らす会なるものが結成されており、ゆりえは会員として積極的に行動していたりする)
「失礼します」
Sクラスに入ると予想通りシャイニング早乙女によって教室内が引っ掻き回され、担任である龍也は諦めた顔をして黒板にもたれていた。入室してきたゆりえに気付いた龍也はホッとしたように深く息を吐くとゆりえを手招きした。
「何かあったか?」
「いえ、社長を連れ戻しに」
「ペアが滅茶苦茶だ。終わり次第これ以上変なことしでかす前に頼んだ」
「オー! 見つかっちゃったノネ。皆さん、彼女はゆりえサンデス! 困ったときは職員室に居るのでジャンジャン声をかけてクダサイネ!」
シャイニングの滅茶苦茶な紹介にゆりえは丁寧にお辞儀をすると隣にいた龍也が正式な紹介を始める。
「藤丸ゆりえだ。こいつはアイドルではない、シャイニング事務所の一般事務員だ。平日の何日かは職員室に居るんで学校生活や寮で困ったことがあれば尋ねろ」
「藤丸ゆりえです。毎日いるわけではないですが、困ったことがあれば相談に乗りますので、宜しくお願いしますね。では社長。窓ガラスと壁の請求書にサインしていただきますので、ご同行願えますか?」
「イエスイエス。ゆりえさんを怒らせることはしませーんよ。サインくらいお茶の子さいさいデス! では皆サンバイバイネ!」
ゆりえの後を素直について行くシャイニングぬ姿を見送ると龍也は深いため息を吐くと目を丸くして一連の流れを見ていた生徒達に笑って見せた。
「まあ、見て分かったと思うがうちの事務所、学園では社長の云うこと行うことは絶対だ。ただ今みたくタイミングよく藤丸が現れれば逃れられるが、まああいつも忙しくしてるから期待はしないように」
謎の事務員藤丸ゆりえとしてSクラスの生徒達に浸透したきっかけであった。
「藤丸、車の運転は慣れたか?」
社長室にて社長ご所望の三時のお茶を出していると、シャイニング早乙女としてではなく、社長として声をかけられた。お盆を抱えながらゆりえは暫し考えた後に躊躇いながらも頷いた。
正社員となることが決定してすぐ、新年度が始まるまでにと、社長のポケットマネーで自動車運転免許を取得させられ、正社員になってから一年間は事務所の人間の送迎も担当させられ初心者マークながら、運転の回数はこなしていた。
ゆりえの返答に社長は満足げに頷きお茶を飲み干すと机に両肘をつき、顎を乗せるとじっと入り口の扉を見つめた。
「仕事を一年頼みたい」
『仕事』を敢えて『頼む』との言い方にゆりえは背筋を伸ばした。
「お前の負担が増えるんで、サポートは龍也が了承済みだ。ある生徒のサポートを頼む」
社長の言葉が終わると同時にゆりえの背後の扉が開き、龍也と一人の生徒が姿を現した。
振り返ると同時に視界に広がる見覚えのある羽根にゆりえの目が見開かれる。
「お前も知っていると思うが、今メディアで有名でもあるHAYATOだ」
「……え? あれ? 一ノ瀬トキヤ君じゃないんですか?」
ゆりえの認識していた名前を述べるとHAYATOと呼ばれた生徒は驚きに目を見張っていた。同じように龍也もゆりえを凝視しているがただ一人、社長のみが事態を楽しそうに見守っている。
「私を、ご存知なんですか……?」
「一ノ瀬君で合ってるんだ、良かった。よく観に行っていた劇団に所属していたし、お芝居もちょくちょくとね。ただ最近見かけないのにHAYATOが出てきたから名前とキャラ変更したのかと思っていたの」
そして羽根が期待値の高い輝きだったから、とは言葉にせず飲み込んだ。
やはりHAYATOと一ノ瀬トキヤが同一人物であっていたのか、とのほほんと笑うゆりえにトキヤは目を瞑り、言葉なく俯いてしまった。
「どっちも知ってるなら話は早い。一ノ瀬はHAYATOとしてはデビューしているが、『一ノ瀬トキヤ』としてデビューするためにうち来た。デビューの条件は他の生徒と同じだがHAYATOの仕事を同時にこなすには誰かしらのサポートが必要だ」
龍也の説明に、先程の社長からの質問の意味を理解したゆりえは「分かりました」と一つ頷く。
「一ノ瀬君のHAYATO業のサポートですね? 林檎さん方の送迎と同じ形にサポートで宜しいのですか?」
「残りはお前の仕事との兼ね合いだな。俺らと林檎もお前のサポートに回る、が。全面バックアップはしなくていいと本人の希望だ」
敢えて二足の草鞋を履いた責任は本人がつけると云うことなのだろう。だが、龍也と林檎がサポートに回ると云うことは社長一個人としては可能な限りは面倒を見てやりたいということなのだろう。
「分かりました。とりあえずはまずHAYATOのスケジュールを把握ですね、一ノ瀬君、協力よろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそ全力で頑張りますので、ご協力宜しくお願い致します」
深く頭を下げる姿にゆりえは好感を抱く。夢を叶えるために努力を重ね、きらきらと輝く姿を見るのが好きだ。
更に彼の背中にはキラキラと輝き羽ばたくのを待っている翼がある。
細かな打合せを行い、一週間分のHAYATOのスケジュールを確認すると、トキヤは社長室を退室していった。校内の見学と明日からの準備を行うと言って。
「……で、だ。お前が申請していた休日だが……」
「ああ、明後日のですね。仕方がないですし、気になさらないで下さい」
トキヤのサポートに回るのなら暫くは休日申請をしている場合ではないだろう。
ゆりえが申請していたのは二日後。
妹の高校の入学式である。
大切な妹の晴れ姿を見るために年度始めの忙しい時期を承知で申請を出しており、許可をもらっていたのだが、妹には不参加の連絡をするしかないだろう。
「いや、早朝だけ一ノ瀬のサポートについてくれ。その後は予定通り休暇でいい。午後も帰ってこなくて良いぞ」
「宜しいのですか?」
1日の申請をしていたが、実際は昼過ぎには戻ってくる予定だったのだが。
「臨時ボーナスをやるから、妹とのんびりしてくればいい」
「えっ!? 臨時ボーナスですか!?」
「ああ、その代わり今年一年は滅茶苦茶た」
「まあ、それは例年のことなので。ですが、有り難く頂戴します」
****
トキヤの送迎係になりました。
[0回]
デフォルト名:藤丸 ゆりえ
木々を揺らす風は、冷たくもありながらどこか優しさを感じさせる。満開に咲き誇る薄紅色の並木をそんな風が吹き抜けていく。
突然の風の悪戯に思い思いに会話をしていた制服姿の者達は会話を止め空を見上げる。
「いい天気!」
こじゃれたスーツに身を包んだ藤丸ゆりえも同じように空を見上げる。
早めの開花に、保たないかとはらはらしていたが、制服姿の彼らの華々しい始まりの日に間に合って胸をなで下ろしていた。
「ゆりえちゃーん!」
「林檎さん」
振り返った先には華やかなスーツに身を包んだ月宮林檎が大げさな動作で手を振っていた。彼、月宮林檎は、男性ではあるが、女装アイドルとして名を馳せており、ーー自分よりも余程女性らしいとゆりえは常々思っているーー彼が身を包むのはパンツスーツではなく、スカートとスーツの組み合わせである。 林檎はゆりえの勤めるシャイニング事務所の売れっ子アイドルの一人であり、同時に本日入学式が執り行われる早乙女学園の教師の一人でもある。年の頃はゆりえと同じであるが社会人としても事務所の人間としても先輩である。
「龍也が探してたわよ~。またシャイニーが無茶苦茶言い出したのかしら?」
「分かりました、日向さんですね。林檎さんは式まではお手透きですか?」
「任せて! 誰一人として遅刻させないから!」
ゆりえはシャイニング事務所の社員であるが、アイドルやマネージャーなどではなく、ただの事務職である。しかし、事務所の人間はアイドルなどの忙しい者が多いためゆりえのような純粋な事務員は貴重な雑用係として学園の雑務にも引っ張り出されるのである。
雨の日のCDショップで社長であるシャイニング早乙女に事務員としてスカウトされ、事務所にアルバイトとして転がり込みそのまま正社員として働き始め一年程。今ではアイドルであり、取締役でもある日向龍也のマネージャーのような補佐のような位置にいた。
社長の思い付きに毎度振り回される龍也のサポートとして走り回っていたらいつの間にか定着してしまった役割でもある。
「日向さん、お呼びと聞きましたが」
「ああ、ゆりえか。悪りぃな、また社長が無茶苦茶言い出してな……。」
入学式の為臨時でもうけられた特設事務所に向かうと書類の山に囲まれながら険しい顔をした龍也に声をかける。
「いえ、林檎さんが変わってくださいましたので。で今回は何を?」
「ダイビングで登場するそうだ。ヘリは手配済みでもう間もなく離陸するそうだ」
「……講堂も開放する時間ですね……」
「講堂の構造には言及しないとして、俺は式の構成変更に手一杯でな……」
常に冷静沈着でどんな難題をもこなしてきた龍也といえども社長の破天荒振りには毎度頭を悩ませているようだった。しかし、社長が思いついてしまったことは仕方がない。ゆりえが動ける範囲で龍也の負担を減らすのみである。
「では、私は講堂の席割りを変更して、開放時間をずらします。手の空いている人総出で行えば開式時間は間に合うはずです。社長の挨拶はサプライズで入りますとだけ来賓に伝えておきますね。皆さんご存じですし」
「そうだな。スカイダイビングして登場ならタイミングが完璧には分からん。天井かどっかが開くだろうからそれを合図にすっか」
「あとヘリの同乗の方に目安にしてもらいたいタイムテーブルだけ連絡できるように手配しておきますね」
「ああ、任せた」
眉間のしわが和らいだ龍也の声にゆりえは満面の笑みで頷き、携帯を手に取ると踵を返した。
シャイニング早乙女が社長を務めるシャイニング事務所の年度始めの一大イベント、早乙女学園の入学式は波乱と共に幕を開けた。
「さーて、やるぞ!」
駆け出しながら拳を掲げると、通りがかった他の事務所の人間が呼応するように次々と拳を振り上げ、ゆりえを見送った。
****
更新再開詐欺のお詫びというか、こんなノリでうたペンはやっていこうかなと思っております。
[1回]
藤丸ゆりえ
『お前も視えるのか?』
雨上がりのCDショップで一枚のCDを手に取った時だった。
被写体である人間から目映い光が放たれているのを見つけて思わず見入っていた。羽が光り輝き、人物から光が放たれているように見える。
『“愛故に、”……凄い。何年も前のジャケットなのに未だこんなにも』
眩しい。その呟きにならなかった小さな言葉は誰かの耳に入ったのか後ろに立った誰かに肩を捕まれた。
『お前も視えるのか? 一部の人間から放たれる力が』
『羽が……。貴方は……』
その人物の背中には、ゆりえの手の中にあるCDのジャケットの中にいる人物の背から生える羽と同じものがうっすらとであるが生えていた。
『貴方が……?』
神々しいようで禍々しく、優美でいて粗悪な多種な色を放つ羽がそこにはあった。背後が透けて見えるとても薄いものだったが、これは意図して薄くしてあるものだとゆりえは知っていた。薄いものであっても目を奪われ、ゆりえの意識がそこに集中していく。
目の前の人物は、がたいがよく見るものに威圧感を与える外見をしていた。何かを意図しているとしか思えない髪型や顔の印象を隠すサングラス。誰もがその外見に目を奪われる中、ゆりえはただひたすらに羽だけを見続けていた。
『――か?』
『――――はい?』
何かを問いかけられたが、夢見心地で何も聞いていなかったゆりえは反射的に頷いていた。何かの問いかけだった為に条件反射のようでもあった。
『よし。ならついてこい』
言われた言葉と、握りしめられた手首に気付き、意識が現実に帰ってきたときにはゆりえは見知らぬ場所に居た。
『愛故に、』と大きな額縁が飾られた部屋は高級品で溢れているが素人目にもよく分かった。誰かの執務室であろうことは家具の配置で想像はつく。
誰の執務室なのか、それは考えるまもなくゆりえの前に示された。
『名は?』
『藤丸ゆりえです』
『……単刀直入に言おう。――』
その後のやり取りは今でも鮮明に思い出せる。言われるがままに何枚かの書類に記入を済ませていく。けれど全てを言われるがままに行うことはなく、ゆりえの望む最低のラインは守りながらであったが。
「っとーいうわーけでぃ! リューヤさーん! 今日からユーの部下でーす!」
「アルバイトで入らせて頂きます藤丸ゆりえと申します。精一杯頑張りますので、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します」
困惑の眼差しだけを身に受けながらゆりえは静かに頭を下げた。
たっぷり時間を空けてから頭をあげて、目前に立つ人を見上げる。
とてつもなく背が高く、短く刈り上げたような髪型に眼光は鋭い。
「日向龍也だ。――でだ、社長。俺は何も聞いてないんだが」
「ノンノン怒っちゃヤーですよ。日頃から補佐が欲しいと言ってたのはリュウヤさーんです。そこでー、ミーが! 相応しい人をつれてきたのでーす! 仲良くしてネ」
立てた指を顔の前で素早く振ると、彼は短い言葉を叫び突如部屋中に現れた煙幕に体を溶かして姿を消していた。
呆気に取られたゆりえと龍也を部屋に取り残したまま。
「あー……で、とりあえず履歴書か何かあるか?」
「はい。ここにあります」
龍也に促され、ゆりえは応接セットのソファに腰掛けると手元のファイルから履歴書を机の上に乗せ、龍也に向ける。
履歴書を手に取りゆりえを一瞥しながら目を通していく。
「藤丸ゆりえ……大学三年、いや四年か」
「はい」
「うちの社長とはどこで?」
「先程駅前のCDショップで」
龍也は履歴書から顔を上げてゆりえの顔をまじまじと眺める。何か聞き間違えたのように再び履歴書へと視線を落とす。
「……CDショップって言ったか?」
「はい。シャイニング早乙女さんのCDを手に取っていたら声をかけて頂いて、気付いたらこちらに」
「……あんのバカ社長め……!」
心なしか履歴書に皺が寄った。
幾ばくかの呼吸をおいて龍也は元の落ち着きを取り戻すと履歴書を机の上に放った。数枚が放射状を描いて広がる。
「……社長命令だ。俺にもアンタにも拒否権はない。ここは芸能事務所だ。そのことは?」
「はい。社長さんともお話しました」
「……まあ、俺の補佐として仕事を覚えてもらいながら色々と教えていく。補佐が欲しいと言ったのは俺だが、なにも用意していないんだ、悪いな」
組んだ足の上に立てた肘についた険しげな顔からは心遣いが覗いていて、ゆりえはそっと首を振った。
「こちらこそ、突然押し掛ける形になってしまいご迷惑をおかけしました。ただ、雇用契約を結んだ以上、不要と言われないよう精一杯勤めさせて頂きたいので、ご指導をお願い致します」
「……ああ。一人前にしてやる。しっかりついてこい」
しっかりと握り締めた手からは互いの熱意が伝わるようであった。
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シャイニング事務所に勤めることになったきっかけ編でした。
オチが見つからず迷走していました
[1回]