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小ネタ日記

TOS・TOA・彩雲国物語等の名前変換小説の小ネタを載せております。 感想・意見・質問ございましたら各記事のコメント、もしくはサイトにてどうぞ。

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遙か3 西の果ての神殿

虹の向こうに

デフォルト名:綾音(あやね)


 どこまで行ったら、この楔から抜け出せるのだろうか。

 けれど、どこまで行っても抗えないものがある。それは、既に温もりの通わない自分の身体だったり、白龍の神子を守る八葉に選ばれたことだったり。

 手で、触れることの叶わない少女が異界の、それも己が守る神子の妹であることも。


「……変えることの叶わぬものが運命というのだろうか」
「え?」
「あ、いや……」

 口をついてでた言葉をとっさに隠そうとするが既に相手の耳に入っていた。
 敦盛の隣で海を眺めていた綾音は、ぼんやりとその眸に彼を映すとこてんと首を傾げた。

「変えられないことが、運命?」
「……私が、怨霊である私が神子の八葉であるということは運命なのだと」

 ふむ。と敦盛の言葉を自分の中で昇華させようと考え始める彼女を見て敦盛はほほえむ。
 姉の神子に似ているようで似ていないのは綾音のこういったところだろうと思うのだ。

 やがて考えがまとまったのか綾音はゆるゆると首を振った。
 徐に敦盛の手を取ると両手で包み込んだ。

「私は違うと思うな」

 運命に人は抗えないかもしれない。

 けれど、抗ってみれば何か変わるかもしれない。

「変えられない運命もあるかもしれない。でも、抗ってみて変わる運命もあるかもしれない」

 自分は貴方の様に重い枷を背負っていないからこそ言えるのかもしれないけれど。

「人が変わろうとすれば変われるように、不変なものは何一つないと思う」
「……」

 黙り込んでしまった敦盛を不安そうに眺める綾音に気づいた敦盛は安心させるように微笑んだ。

「私も、そのように願っても許されるだろうか」
「っうん。誰も敦盛さんを怒っていないし縛ってないよ。敦盛さんを許すことができるのは敦盛さんだけだもん」
「……そうだろうか」
「そうだよ!」

 力強く頷く綾音につられ、敦盛は優しく微笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。

「ありがとう、綾音殿」




(不思議な言葉でいくつかのお題2)

だいたいこの二人はまわりをきにしないでほのぼのしているイメージが強いです。

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真田さん家

 幸村は大きな目をこれ以上ないほど開き、不自然な動作のまま硬直していた。瞬きすることさえ忘れたようで瞠目したままである。

 いま、なにがおこったのだろうか。あまりの事態に幸村は、目の前のことが受け入れられなかった。

「Ah...Sorry.ゆきむら」

 一方、目の前に立つ少年――幸村の好敵手である伊達政宗という――彼は、幸村とは違い非常に罰が悪そうにして手元を見ていた。幸村とは賢明に目を合わせないようにしている。

「……ど」
「ど?」


 自分の手にあるものは、最初にきれいな赤い色をして嬉しさを一杯に貰ったものではなく、破れてしまい巾着袋としての機能を果たさなくなった、先ほどまで巾着袋だったもの。

「どうすればいいのでござろうか……」
「どうって……」

 どうすればいいのだろうか。

 そもそも、原因は政宗にある。そのために彼は何も言えなかった。

 あやまればいい。
 けれど、それは自分がすべきことで幸村がすることじゃない。

 そうこうしているうちに、幸村と政宗を呼ぶ声が聞こえた。 ビクリと肩を震わせると、おどおどとしながら帰り支度を始める。


 靴に履き替え、ノロノロと迎えが待っている場所へと向かう足取りは、二人揃って遅い。
 いつもならば我先にと駆けていく道のりであるが、足がゆっくりとしか動きたくないと言っているようで。


「ゆっきー?」
「政宗様、どうなされた」

 迎え二人の声がかかり、二人はまたも肩をビクリと過剰に反応させた。
 それだけで何かがあったと知らせるには十分で、お迎え二人……麻都と小十郎は顔を見合わせた。

「ゆっきー、おかえり」
「た、ただいまでこざる……」

 普段とは違う様子に首を傾げるが、隣の小十郎も同じような感じである。
 おどおどとしている幸村は、麻都のスカートの端を掴んで視線を下げている。その様子から察するに何か、『わるいこと』をしたのだろう。
 けれどぱっと見た限り、洋服を破いたとか、鞄を壊したとかではないのだろう。
 別に洋服を汚す程度では怒らないし、現に今も汚している。小さい子供は洋服を汚すのが仕事だと思っているので、何とも思わないのは兄と同じ見解である。

 じっと見られているのが分かるのか、幸村の体が硬直している。


 暫し考えるも、答えが見つからない麻都は幸村の視界に右手を差し出す。何を意図しているのか分かっている幸村も、おずおずと手を重ねる。

「じゃあ帰ろっか」
「うむ……」
「じゃあまた明日~」

 手を振った相手の小十郎と政宗もが手を振り替えす。けれど小十郎は怪訝な顔を露骨にしたままで、政宗は幸村同様に、かちこちに顔が強ばっていた。


 帰り道。いつもならば、毎日通る道なのにいろいろなものに関心を示して、寄り道ばかりするのだが。

「ゆっきー、公園行く?」

 首を横に振って否定される。

「あ、わんちゃん触ってく?」

 やはり首を横に振られる。
 首の振り方がちぎれそうなほど勢いがあるのではなくて、そっと悲しげに振られる。

 一体何をしたのだろうかと思うも、こういう場合は聞き出すべきなのか、それとも言い出すのを待つべきなのか。


(……まあ兄さんに任せよう。うん、そうしよう)

 こういった細かな部分は兄の方が適任だろう。
 いつも、家事の大部分を引き受けているのだからそれぐらい、いいか。
 なんて普段は思わないことを自分に納得させて、スーパーへの道を歩いた。




 そう大した量を買わなかったために早めに帰宅したのだが、幸村は一目散に自分の部屋(兄・佐助と共有)に駆けだしていった。
 いつもならば、玄関に荷物をおいて一目散にお隣さんに行こうとするのを麻都が止めるのだが。
 まるで麻都に荷物を触られると困ると言わんばかりに。

「……なに壊したんだろう?」

 まあ、いっか。と自己完結させると野菜やら果物やらを冷蔵庫にしまい始める。





 部屋に無事閉じこもった幸村は、廊下をじっと覗きながら麻都が追いかけてこないことにほっと息をついた。そして少し残念に思った。

 追いかけてきてもらえれば、勢いで謝れるからだ。

「……どうすればよいのだろうか」

 こんなことおやかたさまにそうだんできぬ。
 謝ってこい!と追い出されること確実だ。

 赤い巾着袋は、麻都が幸村に初めて作ってくれたものだった。
 大事に大事に使っていたのだが……。

 破れてしまったという事実に幸村は落ち込むと巾着を手に着かんで、兄のベッドに潜り込んだ。




「たっだいま~」
「あ、お帰り兄さん」

 コンロの火を消すと、コップに水を入れて佐助に渡す。受け取った佐助も、何事かと目を瞬くが小さく礼を言って飲み干す。

「なんかあった?」
「うん。なんかゆっきーの様子がおかしいから見てきて貰いたいの」
「幸が?」
「うん」

 そういえば、と辺りを見渡すが珍しく家の中が静かだ。
 毎日のこの時間は、庭で元気に遊び回っているか、お隣さんか、麻都のお手伝いに燃えているかしているのだが。

 水を打ったように静まり返った室内を見ながら、そういえば玄関に靴はあったな、と思いだし、そのまま視線は上を見据える。

「たぶん、何か壊したかしたんだと思うんだけど」
「んー了解。風呂洗ったら聞き出してくるわ」
「うん、お願いしまーす。お風呂は私が」
「俺様がやるからやっちゃだめだからね?」

 有無を言わさぬ笑顔で念押ししてくる兄に不承不承頷くと、キッチンに戻る。

「んじゃ、籠城戦攻略してきまーす」
「あ、夕飯はハンバーグです」
「了解」

 スチャッと手を挙げてそのまま風呂場へと向かう兄を見送る。そういえば最近は風呂洗いは幸村がやるお手伝いの一つだった。

 一体なにを壊したのやら。そんなことを思いながらミンチと繋ぎを軽快にこねた。デザートはなにがいいだろうか。罰と称して柿だけでもいいだろうか。そうしよう。
 とびきり甘い柿を剥こう。
 ハンバーグの形になったのを見てふうと息をつく。

「折角一緒に作ろうと思ったのになぁ」

 まあ、それはまたの機会でもいいだろう。
 フライパンが温まったのを見て、手を洗い拭うと油を敷くべくサラダ油を取り出した。





 一仕事終えた佐助が部屋の扉を開けると、幸村の姿はどこにもなかった。室内灯の灯っていない室内は薄暗く、足先に小さな何かがぶつかった。

 幸村の鞄だ。

 荷物を机の上に載せながら室内を見渡すと、自分のベッドがちんまりと膨らんでいた。
 すぐに正体が判明する。

 この小さな年の離れた弟は、何か悲しいこと。それも麻都に言えないことがあると佐助のベッドに潜り込むのだ。

 ベッドの空いたスペースに腰掛けると、ぎしりとスプリングが軋む音がした。

「幸?」

 もぞりと動き布が擦れる音がするが、返答はない。

「何やらかしたの? 麻ちゃんが心配してたぜ?」

 返答はない。

「なんか怒られることしたの?」
「………ね…が」
「ん?」

 もぞもぞと布団が動き、器用に頭だけを飛び出した弟の頭をくしゃりと撫でる。
 少し堅い髪質は、麻都とお揃いだ。

「……それがし…」
「うん」
「あにうぇー……」

 大きな目を悲しく滲ませた弟に、いったい何をやらかしたのだろうとぼんやり思いながら途切れ途切れに話される内容に耳を傾けた。

 なんとまあくだらない。と思ってしまいそうだが、本人にとってはとても重大なことなのだからそんなことは言ってはいけない。

「まあ、ようするに。ちょっと前に麻ちゃんが作ってくれた巾着袋に小さな穴が空いていて、思わず指をつっこんでみたら、政宗クンが引っ張っちゃって大きく破れちまったと」
「……そうでござる」
「で怒られると思って?」

 縦に振られると思われた首はゆっくりと横に振られる。
 そのことに思わず首をこてんと傾げる。

 ぼそりと呟かれた言葉に佐助の瞳が見開かれ、そして優しい笑みを浮かべて幸村の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
 小さな身体の脇に手を入れて持ち上げて腕に乗せると幸村の鞄も拾い上げてそのまま廊下へと出る。

「さっさと正直に話して、麻ちゃんに新しいの作ってもらいな」
「……む」
「ほら、行こう?」

 行こう。と問いかけてはいるがすでに佐助の足は階段に差し掛かっている。そのことに抗議するでもなく、幸村は小さな力で佐助の首筋にしがみついた。


 下に降りるとちょうど手伝い時であった。いつもならば我先にと駆けだしてお手伝いを言い出す幸村が、居心地悪そうに椅子に腰掛けてじっとしている姿は珍しいものだった。

「ほーら、幸。麻ちゃんに言わなくていいの?」
「……」

 もぞもぞとしたかと思うと麻都と目が合うとピシリと固まって下を向いてしまう。
 そんな反応を取られると、少し傷つくものだ。
 スープを注ぐ手はそのままに苦笑いを浮かべると、兄の手が伸びて注ぎ終わった食器が浚われていく。

「まーこればっかりは俺様からは何も言えないなぁ」
「ふーん?」
「まあ、食べ終わった頃ぐらいには言い出すんでない?」

 生返事をしながら、洗い場に溜まった器具を水につける。洗おうとスポンジをしごき始めると横からストップの声が掛けられる。

「洗い物は後でやるから置いといて」
「でも先に洗っといた方が後が楽だし」
「だーかーらー、俺がやるっての。麻ちゃんにはやってもらいたいことがあるから」

 暫く言われた意味が分からなかったが、何となく合点がいって渋々スポンジから手を離す。

 佐助に背中を押されて腰を下ろすと、テーブルの上にはすでにご飯もサラダも並べられていた。流石兄、いつの間に。

「ほいっ、じゃあいただきます!」
「いただきます」
「い、いただくでござる」

 ゆっくりと咀嚼しながら佐助の話に相槌を打つ。横目で幸村の様子を見るがやはり元気がない。
 いつも元気で溢れ返っているためなんだか物足りない夕飯だった。

 深くため息を吐くと、びくりと肩を震わせ目が零れ落ちそうな程に目を見開いた幸村ががばりと顔を上げた。そして立ち上がると、麻都の背中に抱きついてきた。最早タックルと呼ぶに相応しい勢いのそれに喉を詰まらせて噎せる。

「あねうぇぇええ!!」
「ちょ、幸。麻ちゃんが……!」
「げほっ、ごほっだ、だいじょぶ」

 幾度か咳をして喉の調子を整えて、机から一歩にじり下がると背中に張り付く幸村を剥がして膝に乗せる。
 泣きそうなほど目を濡らした幸村が、ひしっと首に抱きついてきて、えぐえぐとかみながら喋り出す。

 聞いているうちに、なんだか笑いそうになるのを必死に堪えて幸村の小さな背中をリズムよく叩く。

「ゆっきー」
「……はい」
「いつもなら『物壊すな』って怒るけど、反省してるみたいだから怒ることはしないよ」
「まことでござるか?」
「怒ってほしい?」

 ぶんぶんと勢いよく首が横に振られる。

「ならいいよ。ご飯食べ終わったら直してあげるか新しいの作ってあげるから」
「……うむ」

 にっかりと、先程まで泣きそうだったのが嘘のように明るく笑う。いそいそと膝の上から降りて自分の席に着くと元気よくごはんを かき込んでいく。

「よかったねぇ幸、ちゃんと言えて」
「よかったでござる」
「あ、でも今日のデザートは柿だけだから」
「そ、それがし、しょうじんするでござる!」


**
途中から完全にやる気がないです。

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移り往く季節を君と

『理由にはならないけれど』
デフォルト名:朔夜



 居住を常世に移し、月が欠けてまた満ちた頃。
 当初馴染めなかった岩造りの部屋にもようやく馴染みを覚えはじめ、第二皇子黒雷の妃としての振る舞い方もわかってきた。

 食事もできうる限り二人揃って。彼が外へでるときは連れ立って歩き。
 時には二人揃って城を抜け出して臣下を困らせて。

 それほど長い時が経った訳ではないが、黒雷夫妻の仲は良好だと常世の誰もが知るところとなった。



 傍らに腰を下ろした黒麒麟に背中を預けて、草原に腰を下ろした朔夜は髪をすり抜けていく指の心地よさに目を閉じた。

 青臭い草と、生命の息吹を感じる大地が匂い立つのを肌で感じる。

 恵が少なく、枯れゆく土地が多い常世にもまだ自然を感じられる場所はまだまだあるのだ。
 そう言って笑い、よく息抜きと称して抜け出すアシュヴィンにもう何度つき合ったのだろう。

「ねぇ、アシュヴィン」
「何だ」
「楽しい?」

 目を閉じたまま後ろに疑問を投げつけると、動いていた指が止まった。しかしすぐに動き始め、悪戯に指を髪に絡ませて軽く引かれる。同時にくつくつと笑いをこらえる音がする。

「お前の髪は幾度絡めようとも俺の指をすり抜けていく。まるでお前のようだ」

 求めていた答えとは違うが、その声は楽しそうなので楽しいのかもしれない。

 彼は、朔夜の髪に触れるのが好きなのだと気づいたのはいつだったか。
 ただ静かに髪に指を通して、絡め。暫くすると満足したように離されるのだが。

「他人の髪をいじる機会などなかったからな。だが、存外楽しいものだ」
「そうね。……とても」

 夕日に揺れる葦の様に金色に光る御髪を梳ることが好きだった。他愛ない話をして、出来上がった出来栄えを喜ぶ顔を見るのが好きだった。

 己の髪よりも黒く艶がある彼女の髪を、下ろす役を誇りに思っていたのだ。

 今でも、瞳を閉じれば思い出す。幸福に満ちていた日々。

 頬に触れる冷たいものに驚いて目を開くと、黒麒麟が慰めるように朔夜に顔を寄せていた。
 優しく光る金の瞳が、何かを語りかけているようで。
 風になびく鬣にそっと指を添えた。

「ありがとう。……優しい仔ね」
「何だ、俺の役目は取られてしまったな。朔夜、お前の髪は俺が結う。だから、俺の髪はお前が結え」

 言われた意味がよく分からずに、朔夜は目を瞬いた。
 するりと背後から頬を撫でられ、黒麒麟が離れていくことを残念に思う。そっと温もりが添えられて頬を寄せてそっと目を閉じる。

「私でいいの?」
「お前がいい」


 ふわりと肩を抱かれ、隣に移動していたアシュヴィンの肩に頭をもたれさせる。


 どうして彼は、こんなに優しくしてくれるのだろうか。
 疑問が胸をよぎるも、今はまだ触れてはいけない。そんな気がしてならない。

 だから朔夜は言葉にはせず、穏やかな時間に身を任せた。


**


私にしては糖度が高めな話です。

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戦国BASARA  遙か3クロス2

続き


 真田幸村は戸惑っていた。

 上杉軍相手の合戦中に林の奥から妙な気配を感じた。
 第三の軍の介入かと思ったがそれにしては可笑しな気配であった為、彼は気合いを入れて探りに林の中へと足を踏み入れた。

 何度か訪れたことのある林であった筈なのだが、今駆けている場所は初めて訪れたように感じるほど空気が違っていた。
 木が、風が、すべてが静まり返っていた。

「……忍の術であろうか」

 忍を部下に持っているとはいえ、幸村自身は忍の術にはさほど詳しくはないのだ。詳しい忍は今は、お館様への伝令に向かわせている。
 けれど幸村には真田の忍が常時ついている。姿は見えないが、忍の術ならば報告してくるだろう。

「―――申し上げます」

 音もなく、先へと駆ける幸村にぴたりと忍が現れた。視線で続きを促すと、忍は躊躇うように言葉を続けた。

「―――兵の骸が、動いております」

 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。忍も妙な顔つきで静かに頷く。

「骸が、動くだと?」
「両軍の区別なく、未だ交戦中の場へと向かっております」
「……数は」

 交戦中の場所とは、信玄や謙信が刃を交えていた方角のことだろう。ギリと歯を噛むと、奥歯が軋んだ気がした。
 忍は一拍置いて、告げる。

「林付近で事切れていた兵すべてです。その数、数百」
「……お館様にお知らせしろ」
「向かわせております」

 なるほど。真田忍隊は優秀だ。幸村は闘志に燃えた瞳で笑った。配下の忍は首肯で答える。

「ならばお主は俺について来い!!」


 雄々しく咆哮をあげると駆ける速度を上げた。





 佐助に抱えられたままの華織は、指で進行方向よりも斜め先を指した。

「あっちです」
「何でわかるの?」

 もの凄い速度で移動しながら会話をしても息が切れない佐助に思わず感心をしてしまう。忍ってこんなに有能なんだ。と。華織の知る生の忍者は、熊野別頭の配下にいた「烏」(からす)と呼ばれる者達だけである。

「分かります。私は、あれと数年向き合ってきましたから。遠すぎなければ、居場所は分かるんです」
「……今は深くは聞かないけどね」
「助かります。京にのんびりと向かう前にきちんと事後説明はしますから」

 のんびりと、ってこの子本当に一人で都に行くつもりなのだろうか。佐助は思わず横目で華織を見た。
 彼女が指す方向へと若干修正して走ると、忍の部下が残した印が目に入った。なるほど、嘘ではないようだ。

 後方からついてくる気配を確認すると、走る速度を上げる。
 林の奥に進むにつれて聞こえる声と、不快な気配に顔をしかめる。耳を澄ませば木が倒れる音もしていた。

「……佐助さん、さっきの声の人知り合いですか?」
「なんで?」

 応えの声が固い。そのことに気づきながら華織は続ける。

「巻き込みたくないから目の前にいて欲しくないんです。出来ればとっさに一緒に退いて貰えないでしょうか」
「巻き込むって……なにすんの?」

 当然の質問にどう答えるべきか迷う。怨霊という存在がメジャーではないことは、何となく分かっているのだ。正直に応えても理解は得られないだろう。

 けれど

「妙な気配というのは“怨霊”という存在のことです。彼らは戦っても闘っても倒れることはない。でも私は彼らを無に帰することができます。常人を巻き込むことは初めてなのでどうなるかわからない。だから、私の目の前から退いてください」

 嘘をつけば、信じてもらえることも信じて貰えないだろう。

 佐助の返答はなかった。その代わりに、走る速度が上がった。





 華織を降ろした場所から見える光景に佐助は絶句した。
 数百はありそうなほどの、骸が勝手に動いているのだ。

 あまりにも尋常ではない光景に華織は大丈夫だろうかと横目で見て、佐助は驚くしかなかった。

 彼女は“気持ち悪い”という様なものではなく、“哀しい”という表情をしていた。
 普通とは言い難いほど肝の据わった娘のようであったが、その浮かべている表情はあまりにも普通とかけ離れている。
 きつく握りしめた弓を構え直し、前を見据える。けれどその右手には矢がなかった。

「弓だけでいいの?」
「いいんです。人を射るわけではないから。……とりあえず数を減らします」

 きりきりと弓を引くその姿が、何故か神々しく見えて佐助は金縛りにあったように動けなくなった。

「――我は四神の意をこの身に宿す御統(みすまる)なり。我が意に添いて具現せよ――」

 朗々と紡がれた言葉の意味を考える前に、矢が放たれる。矢など持っていなかったはずなのに、なぜ矢が突然現れたのか。その疑問の答えは現れなかったが、華織が放った矢は、骸の兵士に命中した。
 その瞬間、骸は光を放ち、霧散した後跡形もなく消えた。

 現実離れの光景を引き起こした華織を再び見るも彼女は難しい顔をしていた。

「やっぱり五行の力がうまく使えない……」
「華織ちゃん?」
「え? ああ、今のは浄化といいます」
「あそこで切り刻んでるみたいに普通に攻撃するぐらいじゃ通用しないってこと?」

 佐助の視線の先には、雄叫びを上げながら槍を振り回す主、真田幸村と真田忍隊の部下達が。何度も吹き飛ばしているが、暫くすると起きあがってくるので苦戦しているようだ。

「打撃を与えていた方が私が浄化しやすいです」
「んーなら片っ端から狩っていけばいい?」

 にやりと笑いながら大振りの手裏剣を回す佐助に呆気にとられるも、次の瞬間には笑みを浮かべていた。

「お願いします」
「りょーかいってね!」

 言葉を残して佐助の姿は華織の前から消え失せた。赤い装束をつけて槍を振り回す人に視線を合わせれば隣には佐助が居た。いつの間に。

「……できるかどうか分からないけど。地道にやっていくしかないよね」

 答えなどない独り言に、懐の札が暖かくなった。そっと握ると、静かに息を吐いて弓を構えた。

「――めぐれ、天の声」





「旦那!!」

 聞きなれた部下の声に幸村は手を休めずにそちらを見た。気づけば佐助が当たり前のように骸と交戦していた。
 ただそれを見ただけなのに、何故か頼もしく感じ幸村は笑みを浮かべた。

「おお佐助! よくぞ参った!! 奴ら手強いぞ、心して掛かれぃ!!
「そのことなんだけどね、ちょっとお耳に入れたいことが」
「なんだ?」

 簡潔に明瞭に、華織の言葉から推測した佐助なりの解釈をかみ砕いて伝える。
 捌く手を休めずに報告に耳を傾ける幸村は徐々に驚きに顔を強ばらせる。目は丸く見開かれ、槍を大きく振り、骸との距離を離した。

 そうして、佐助の言葉が切れた時を見計らい後方を振り返った。
 そこには確かにずぶ濡れで弓を構え、精神統一をしている様子の娘が一人。
 彼女の周りに何か敷かれているかのように、骸は一定距離から先に進めないようだった。

「……其等は援護をした方がいいのか?」

 あの一定距離が壊れれば危険だろう。けれど佐助は考えるよりも先に首を横に振った。

「それよりも一カ所で薙ぎ倒すよりも全体を打撃していった方がいいらしい。死ななくとも弱っていた方が楽だってさ」
「……確かに、滅せられるのがあの女子だけならば、この数は」

 先程から何度も手応えは感じているのに、倒れては起きあがってくる骸達。それらを滅することができるというならば鬼に金棒である。
 けれど、一つを滅するのに要する力は推し量ることはできないが、それでもこの数は骨が折れるに違いない。
 近寄ってきていた骸を薙ぎ払うと幸村は二槍を構え直す。

「では、二名をあの女子の援護に回し残りの者は俺とともにこの骸を蹴散らそうぞ!!」
「全体に散れってね!!」

 にやりと笑うと佐助は素早く印を組み何かを呟く。瞬きの後に分身を数体作り出すと、四方に散った。

「うぉぉおおお!!!真田源二郎幸村、いざ、参る!!!」

 槍を構え、穂先に焔を宿す。深く息を吸い、精神を統一し、指先まで神経を張る。

「火焔車ぁぁ!!!」




 精神を統一し、頭の中で陣をイメージする。この目の前の怨霊すべてを覆い尽くすほどの広い魔法陣のようなものを。
 要は応用だ。

 通常ならば、八葉白龍の神子に手助けをし、怨霊を滅する。

 華織は怨霊を滅することはできるが、白龍の神子のように救いを与えることもできないし、龍脈の流れに還すこともできない。滅びを与えるのだ。

「我は四神の意を此の身に受ける御統也。此の地に宿る五行よ。我の意に答え、我の意に添え」

 言の葉を載せずにもできることだが、こうした方が成功しやすいのだ。扱ったことのない程の膨大な五行が手に集まってくる。

「めぐれ、天の声」

 鈴の音が聞こえない。

「響け、地の声」

 地面が五行の集中によって光り輝く。地面に勝手に文字が描かれていく。それは、華織には読み説くことができないもので。

「かのものを、封ぜよ」

 ゆっくりと、閉じゆくように五行が中心に集まっていく。
 怨霊は足を取られたように動かなくなり、そして光となって消えた。


 華織が見た光景はそれで終わりだった。





 地面に金色の光が流れ、佐助はとっさに部下に下がる命令を飛ばし、自身も幸村を抱え上げると跳びその地面から離れた。
 合図など聞いてはいないがおそらくこれがそうなのだろう。
 飛び退いた華織の背後の木の枝に幸村を降ろし、先程まで自分たちが駆け回っていた場所を見下ろす。

「なんと……!!」
「すっげ……」

 地上に立つ骸を囲い込むように、金色の光が地表を走り不思議な円を描く。その光に捕らわれた骸は身動きがとれず、光に包まれる。

「めぐれ天の声。響け地の声。かのものを封ぜよ」

 朗々と紡がれる華織の声が静かに響く。大きな声ではないのに、途切れることなく耳に入る。

「……骸が消えてく…」

 光に包まれた骸は、光の残滓を残して跡形もなく消えていった。まるで、元々何もなかったように。
 とりあえず主を下に降ろすか、と隣を見るがそこに誰もいなかった。

 下から気配を感じ慌てて下に降りると、信じられない光景が目に入り固まってしまった。

 女性と見ると「破廉恥!!」と叫び真っ赤になって逃げてしまう、女慣れしていない主が血相を変えて何かを抱き上げていた。
 何か――――そう、意識をなくしてぐったりとしている華織を。心なしかその顔の色が優れない。

「って、華織ちゃん?!」
「佐助! この女子、凄く熱いぞ! 早よう手当してさしあげねば!!」

 言うが否や幸村は二槍を地面に突き刺し、華織を抱えたまま陣へ向かって走り出してしまった。

「え、ちょっ、旦那?! ああっもう!!」

 あわてて部下を追いかけさせるが、佐助は自分が追いかける気にはなれず、はぁと大きなため息をついて手甲に覆われた手で頭を抱えた。

 不可思議なことの連続で、流石の佐助の頭も思考放棄してしまいそうだ。


 とりあえず、まず体を動かしてなさなければならないことが先決だろう。



 幸村は夢中で走っていた。
 いくら斬っても倒れなかった骸達言葉だけで片づけてしまった見慣れない娘が、光の収束と共に崩れ落ちるのを見て思わず木から飛び降りて受け止めてしまったのだ。
 気が抜けて身体の力が抜けたのかとはじめは思ったのだが、抱き止めた身体が布越しでも分かるほど発熱しているのを感じ取り、そうではないのだとすぐに気がついた。
 熱を出している。それを理解すると同時に、幸村の身体が勝手に動き出した。
 両手に抱え直すと、邪魔な二槍地面に突き刺し陣に向かって走り始めたのだ。

 ぐっしょりと濡れた着物に身を包んだ娘の身体は男の自分のそれとは違い、酷く華奢でとても軽かった。
 こんな細い身体のどこからあんな力が出ていたのだろうかと思う程、彼女と自分の差を感じた。

 どうすれば、先程の窮状を救って貰った礼ができるのか。考えても答えが湧かない幸村は大きく息を吸い込んだ。

「ぅおやかたさむぁぁあああ!!!」
「……ぅるさい…」
「も、申し訳ござらん!!」

 胸元で聞こえた小さな苦情に条件反射で謝った。

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戦国BASARA  遙か3クロス1話

デフォルト名:天河華織

遙か3短編主。四神の神子
十六夜の九郎ルート後設定

**



 何故自分ばかりがこのような目に遭うのか。
 高く広がる青空と、身を包む水の冷たさ。体を押しのける激流に遠く思いを馳せ、華織は流れに身を任せた。

 思えば、華織と彼の相性は初めからよくなかった。
 一人で時空の流れから押し退けられることすでに二度。もう二度とないことを祈った過去の自分に告げたい。

 二度あることは三度ある。

 時空の波ではなくて現実の川の流れに乗り、高く投げ出される感覚に強く目を瞑った。手に持つ、神気を纏う弓を手放さないように力を込めて。





 川中島。
 手痛い犠牲を出しながらも、互いの采配を競い合うこと既に数度。

 軍神こと上杉謙信率いる上杉勢、甲斐の虎こと武田信玄率いる武田軍は此度も川中島でぶつかり合っていた。

 この度の合戦も、雌雄を決することなく双方痛み分けであった。後は撤退のみであろう、とどちらの武将もそう思っていたが総大将同士が未だに楽しげに熱く刃を交えているために戦はまだ終わりそうもない。

「其もまだまだぁぁぁあ!!」

 気合いを入れて二槍を手に走り去る武将を見て、彼の部下等は慌ててその後を追った。既に上司の姿は見えず、彼が起てる土埃と咆哮だけでしか居場所が分からない。

「烈火ぁあ!」

 素早く何度も突きを繰り出し、最後の一撃を以て敵兵を吹き飛ばす。

「真田幸村が槍! まだまだ折れぬわ!」

 深く息を吐き出すと、槍を構え直す。そして辺りを見渡し、自軍以外で立っているものは誰も居ないのを見て忍の名を呼ぶ。間を置かず幸村の背後に忍が姿を現す。

「はいはいっと。何ですか、旦那」
「戦況はどうなっておる」

 迷彩柄に身を包んだ忍隊の長、猿飛佐助は、手に持った手裏剣をぐるぐると手持ちぶさたに回して首を竦めた。

「五分ってとこだね。大将も軍神も互いに満足したら引き上げるだろうよ」
「うむ、痛み分けか……」

 納得したように頷いた幸村と肩を回して一息ついていた佐助は同時に顔を険しくさせると、林の奥を素早く振り返った。

 油断なく武器を構え、互いに林の奥から感じる異常な気配に神経を尖らせる。
 嫌なものがいる。それだけが直感で分かる。何か善くないものが、ある。

「……感じたことのない気配だ」
「俺もこんなんは経験ないですよ」

 緊張が肌を刺す。じりじりと林へと近づくと、幸村は林から目を離さずにゆっくりと口を開いた。二槍を握る手に力が篭もる。

「お館様にお伝えしろ」
「……無茶すんなよ旦那!」

 路頭に迷うのは嫌だからね!! そう一言残すと佐助は一瞬で姿を消した。
 一人残された幸村は二槍を地面に突き刺し、深く息を吸い込んだ。赤い鉢巻をまき直し、深く息を吐き出す。再び固く二槍を握ると、空へ向かって哮った。

「いざ、参る!!!」





 勢いよく落ちる滝を背に、滝壺で刃を交える。水に足を取られ、動きが鈍ってもそれも一興。そんな考えを双方抱きながら互いに刃を向けていた。

 巨大な戦斧を振り、神速の刀をかいくぐる。反動で反った腹を狙われるも、勢いよく斧を取って返し、防ぐ。

 かち合った眼(まなこ)は覇気に満ちており、互いににやりと口角をあげて笑い合った。

「やりおるな」
「あなたさまこそ」

 打ち合わせたように同時に後退し、武器を収める。そして、見計らったように双方の後方に忍が舞い降りた。

「みなのようすはどうですか」
「双方犠牲は同等です」

 忍とは思えぬ程大胆な装束に身を包んだくのいち、かすがが静かに報告する。

「大将、林の奥から妙な気配が。今旦那が確認に向かってます」
「なに?妙な気配だと?」

 双方報告にしばし黙考すると、目を合わせた。含みのない笑みを浮かべ互いに頷きあった。
 此の戦はこれで終わり。そう告げようとした時、上空から凄まじい絶叫が響いた。

「ぃやぁぁぁーーー!!!」

 その悲鳴の声量に誰もが驚いて滝を仰ぎ見た時、滝から何かが飛び出して落ちてきた。
 誰もが驚いて、ぽかんと見上げる中、落下物の着地点にいた謙信が慌てず騒がず、受け止めた。
 信玄に比べれば痩身であるが、落下物を平然と受け止める様は流石武将と言うべきか。

「むすめ……ですね」
「天ではなく、滝から娘御が落ちてくるとはの」

 謙信が受け止めたのはずぶ濡れの人間の娘であった。滝から落ちてきたのだから当然だろう。
 信玄も近寄り謙信の腕の中にいる娘を覗き込む。

 水にしっとりと濡れた黒髪は、頬、肩に張り付き、気を失っているのか瞼はしっかりと閉じられていた。
 纏っている着物は、少し風変わりだが癖の強いものが蔓延るこの戦乱の世では珍しくはなかった。
 白い手には、弓が固く握られていた。

「って大将も軍神も空から降ってきた娘さんに関心持ってないで」

 珍しいのは分かるけど明らかに不審人物なんだから!と声なき叫びが聞こえたのか、娘をじっと見ていた二人は視線をそれぞれの忍びへと遣った。

「そらではなく、たきですよ」
「そうだ! 間違えるな! ですが謙信様、その者は何者か分からないので私がお預かりします…!!」

 謙信の腕に抱かれている娘に対する嫉妬が丸見えな目で言い募るかすがに、謙信は優しく微笑みかけた。

「きになることがあるので、わたくしのつるぎにはやってもらわねばならないことがあります。それにこのむすめは、だいじょうぶでしょう」
「……分かりました」

 がっくりとかすががうなだれた時、謙信の腕の中で娘がぴくりと身じろぎをした。

 その場にいた全員の視線が集中する。
 唇が震え、ゆっくりと音を作り出す。

「……はくりゅうのばか」

 呟かれた言葉に全員が首を傾げる。はくりゅうって誰?

 そのままもごもごと呟き、音が消えるとゆっくりと瞼が動き、静かに開かれる。覗いた黒い瞳と目があった謙信は微笑みかけた。

「むすめ、だいじはないですか」
「……? ……あ、はい。大丈夫です」
「たてますか?」
「え、はい」

 そっと地面に降ろされたことにより、彼女はずっと目の前の美麗な人に抱き上げられていたことを知った。
 全身ずぶ濡れな自分の姿に苦笑を浮かべると彼女は謙信に向かって深く頭を下げた。

「見ず知らずの方に助けていただきましてありがとうございます。助かりました」
「だいじがないようでなによりです」

 彼女は、頭を上げると辺りを見渡した。きょろきょろとしていたが、きょとんと首を傾げ持っていた弓を強く握った。
 次第に険しくなるその表情に控える忍が己の得物に手を伸ばす。

「あの……ここってどこですか?」

 五行の流れが滞っている。という呟きを耳にして、謙信は驚きに目を見張るが、他の者は分からなかったのか怪訝な目で彼女を見た。

「此処は川中島じゃ」
「かわなかじま?……ってどこですか?」

 これにはさらに驚く。だが信玄は呵々と笑い、傍らの地面に突き刺さっていた斧を叩いた。

「川中島を知らぬか!越後と甲斐の間にある地よ」
「越後と甲斐……? ……えっと、京ってどっちに進めばいいですか?」
「うむ。……佐助ぇぃ!」

 名指しされた佐助は、戸惑いに渦巻く胸の内をおくびにも出さずひょいとある方向を指差した。

「あっちですよ」
「ご親切にありがとうございます」

 再びぺこりと頭を下げると、彼女は微笑み先ほど佐助が示した方向に歩きだした。滝壺から出た全身ずぶ濡れな彼女が歩いた地面には巨大な水たまりができていた。
 ぎょっとしたのは佐助とかすがであった。指した方向は間違ってはいないが、今のそのままの格好で歩いていける距離ではないのだ。そんな二人の心など知らぬ彼女は「うわーべたべただぁ」と暢気に呟いて歩きながら袖を絞っている。

「のう、しばし待たぬか娘よ」
「え、はい」

 信玄の声に立ち止まるとくるりと振り返る。思わず佐助とかすがはほっと息をついた。呼び止めるのは当たり前だろう。それなのに彼女は不思議そうな顔で信玄を見ていた。

「おぬし、そのまま京に向かうつもりか」

 彼女は困ったように笑った。

「流れた際に、荷も仲間も置いてきてしまったので……歩きながら考えます」
「ですが、そのままではかぜをひきますよ」
「歩いてたら乾きますよ。お天気もいいですし」

 では。と会話を終了させて会釈すると再び背を向けて歩きだした。
 思わず地団太を踏みそうになるのを堪えて無表情を装っていると、佐助。と短く名を呼ばれた。それだけで用件を理解した佐助は一瞬で彼女の前に姿を現す。

「わっ、ビックリしました」

 あまり驚いたように見えない顔でそう言う彼女にため息をつきそうになるのを堪え佐助は手で額を覆った。

「アンタ、名前は?」
「華織です。お兄さんは?」
「お兄さんは猿飛佐助さんです」
「佐助さんですか」

 ふわりと微笑みを浮かべる華織に思わず乗せられそうになるが今はそれどころではないと自分に言い聞かせる。

「年頃の娘さんが身体冷やしちゃダメでしょう。火にあたらせてあげるからついて―――」

 ついておいで。そう続けようとした佐助の言葉は、遠く離れていない林から聞こえた咆哮によって途切れた。

 遠くだろうと聞き間違えることはない。

「―――旦那?!」

 佐助の主、真田幸村の声は絶対に聞き間違えたりしない。

 佐助が幸村の声に気を取られた瞬間、華織もまた同じ方向を見て何かを感じ取った。

 忘れもしない。この数年間向き合ってきた、悲しき存在達。
 なぜ、ここにいるのか。そんなことが頭をよぎりながらも手は無意識に懐にある四枚の札の存在を探っていた。

 着物はずぶ濡れでもその紙は皺一つなく、湿り気もなく、僅かに暖かさを伝えてくるのを確認し、弓を強く握ると華織は佐助の手を取った。

「佐助さん、今の声の方が居るところを教えてください」

 途端に痛い程手を握り返され、ぎらついた目でじっと見られる。思わず振り払って逃げたいが、そんなことよりも今は現状打破が大切である。

「なにをしに?」
「私が私である責を果たすために。教えていただけなくても、私は行きますけどね!」

 哀しい存在……怨霊が大量にいる。目を瞑っても場所は分かる。けれど離れしている人が居た方が早くたどり着けるのも事実だ。
 咆哮を聞いた瞬間に尖った目の前の佐助の気配。知った人間であることは確実である。

「佐助! その娘を連れて参れ!」

 信玄の声に佐助の手が華織の胴に周り、ひょいと抱え上げられる。
 視界が高くなった。そう想った瞬間には景色が流れていた。

「……ねぇ、華織ちゃんって言ったっけ?」
「はい」
「…あの妙な気配の原因が分かるの?」


 問いにしばし悩み、華織は小さく頷いた。妙な気配、というのは分からないがおそらく怨霊のことだろう。
 力の伴った武人となれば、気配で尋常ではない存在が分かってもおかしくはないだろうと想ったからだ。

 流れいく景色を見ながら、そういえばと思い出したように華織は佐助に言った。

「佐助さんって、忍者?」
「え、今更?」


 なるほど。今居る場所は『忍び』が忍者として認識されているのか。今居る場所がどの辺りなのか全く分からないが、とりあえずは目の前のことを片づけよう。

 そう決意すると華織は弓を強く握りしめた。


**

いったん終了です。
幸村落ちを目指そうかと。

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