デフォルト名:天河華織
遙か3短編主。四神の神子
十六夜の九郎ルート後設定
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何故自分ばかりがこのような目に遭うのか。
高く広がる青空と、身を包む水の冷たさ。体を押しのける激流に遠く思いを馳せ、華織は流れに身を任せた。
思えば、華織と彼の相性は初めからよくなかった。
一人で時空の流れから押し退けられることすでに二度。もう二度とないことを祈った過去の自分に告げたい。
二度あることは三度ある。
時空の波ではなくて現実の川の流れに乗り、高く投げ出される感覚に強く目を瞑った。手に持つ、神気を纏う弓を手放さないように力を込めて。
川中島。
手痛い犠牲を出しながらも、互いの采配を競い合うこと既に数度。
軍神こと上杉謙信率いる上杉勢、甲斐の虎こと武田信玄率いる武田軍は此度も川中島でぶつかり合っていた。
この度の合戦も、雌雄を決することなく双方痛み分けであった。後は撤退のみであろう、とどちらの武将もそう思っていたが総大将同士が未だに楽しげに熱く刃を交えているために戦はまだ終わりそうもない。
「其もまだまだぁぁぁあ!!」
気合いを入れて二槍を手に走り去る武将を見て、彼の部下等は慌ててその後を追った。既に上司の姿は見えず、彼が起てる土埃と咆哮だけでしか居場所が分からない。
「烈火ぁあ!」
素早く何度も突きを繰り出し、最後の一撃を以て敵兵を吹き飛ばす。
「真田幸村が槍! まだまだ折れぬわ!」
深く息を吐き出すと、槍を構え直す。そして辺りを見渡し、自軍以外で立っているものは誰も居ないのを見て忍の名を呼ぶ。間を置かず幸村の背後に忍が姿を現す。
「はいはいっと。何ですか、旦那」
「戦況はどうなっておる」
迷彩柄に身を包んだ忍隊の長、猿飛佐助は、手に持った手裏剣をぐるぐると手持ちぶさたに回して首を竦めた。
「五分ってとこだね。大将も軍神も互いに満足したら引き上げるだろうよ」
「うむ、痛み分けか……」
納得したように頷いた幸村と肩を回して一息ついていた佐助は同時に顔を険しくさせると、林の奥を素早く振り返った。
油断なく武器を構え、互いに林の奥から感じる異常な気配に神経を尖らせる。
嫌なものがいる。それだけが直感で分かる。何か善くないものが、ある。
「……感じたことのない気配だ」
「俺もこんなんは経験ないですよ」
緊張が肌を刺す。じりじりと林へと近づくと、幸村は林から目を離さずにゆっくりと口を開いた。二槍を握る手に力が篭もる。
「お館様にお伝えしろ」
「……無茶すんなよ旦那!」
路頭に迷うのは嫌だからね!! そう一言残すと佐助は一瞬で姿を消した。
一人残された幸村は二槍を地面に突き刺し、深く息を吸い込んだ。赤い鉢巻をまき直し、深く息を吐き出す。再び固く二槍を握ると、空へ向かって哮った。
「いざ、参る!!!」
勢いよく落ちる滝を背に、滝壺で刃を交える。水に足を取られ、動きが鈍ってもそれも一興。そんな考えを双方抱きながら互いに刃を向けていた。
巨大な戦斧を振り、神速の刀をかいくぐる。反動で反った腹を狙われるも、勢いよく斧を取って返し、防ぐ。
かち合った眼(まなこ)は覇気に満ちており、互いににやりと口角をあげて笑い合った。
「やりおるな」
「あなたさまこそ」
打ち合わせたように同時に後退し、武器を収める。そして、見計らったように双方の後方に忍が舞い降りた。
「みなのようすはどうですか」
「双方犠牲は同等です」
忍とは思えぬ程大胆な装束に身を包んだくのいち、かすがが静かに報告する。
「大将、林の奥から妙な気配が。今旦那が確認に向かってます」
「なに?妙な気配だと?」
双方報告にしばし黙考すると、目を合わせた。含みのない笑みを浮かべ互いに頷きあった。
此の戦はこれで終わり。そう告げようとした時、上空から凄まじい絶叫が響いた。
「ぃやぁぁぁーーー!!!」
その悲鳴の声量に誰もが驚いて滝を仰ぎ見た時、滝から何かが飛び出して落ちてきた。
誰もが驚いて、ぽかんと見上げる中、落下物の着地点にいた謙信が慌てず騒がず、受け止めた。
信玄に比べれば痩身であるが、落下物を平然と受け止める様は流石武将と言うべきか。
「むすめ……ですね」
「天ではなく、滝から娘御が落ちてくるとはの」
謙信が受け止めたのはずぶ濡れの人間の娘であった。滝から落ちてきたのだから当然だろう。
信玄も近寄り謙信の腕の中にいる娘を覗き込む。
水にしっとりと濡れた黒髪は、頬、肩に張り付き、気を失っているのか瞼はしっかりと閉じられていた。
纏っている着物は、少し風変わりだが癖の強いものが蔓延るこの戦乱の世では珍しくはなかった。
白い手には、弓が固く握られていた。
「って大将も軍神も空から降ってきた娘さんに関心持ってないで」
珍しいのは分かるけど明らかに不審人物なんだから!と声なき叫びが聞こえたのか、娘をじっと見ていた二人は視線をそれぞれの忍びへと遣った。
「そらではなく、たきですよ」
「そうだ! 間違えるな! ですが謙信様、その者は何者か分からないので私がお預かりします…!!」
謙信の腕に抱かれている娘に対する嫉妬が丸見えな目で言い募るかすがに、謙信は優しく微笑みかけた。
「きになることがあるので、わたくしのつるぎにはやってもらわねばならないことがあります。それにこのむすめは、だいじょうぶでしょう」
「……分かりました」
がっくりとかすががうなだれた時、謙信の腕の中で娘がぴくりと身じろぎをした。
その場にいた全員の視線が集中する。
唇が震え、ゆっくりと音を作り出す。
「……はくりゅうのばか」
呟かれた言葉に全員が首を傾げる。はくりゅうって誰?
そのままもごもごと呟き、音が消えるとゆっくりと瞼が動き、静かに開かれる。覗いた黒い瞳と目があった謙信は微笑みかけた。
「むすめ、だいじはないですか」
「……? ……あ、はい。大丈夫です」
「たてますか?」
「え、はい」
そっと地面に降ろされたことにより、彼女はずっと目の前の美麗な人に抱き上げられていたことを知った。
全身ずぶ濡れな自分の姿に苦笑を浮かべると彼女は謙信に向かって深く頭を下げた。
「見ず知らずの方に助けていただきましてありがとうございます。助かりました」
「だいじがないようでなによりです」
彼女は、頭を上げると辺りを見渡した。きょろきょろとしていたが、きょとんと首を傾げ持っていた弓を強く握った。
次第に険しくなるその表情に控える忍が己の得物に手を伸ばす。
「あの……ここってどこですか?」
五行の流れが滞っている。という呟きを耳にして、謙信は驚きに目を見張るが、他の者は分からなかったのか怪訝な目で彼女を見た。
「此処は川中島じゃ」
「かわなかじま?……ってどこですか?」
これにはさらに驚く。だが信玄は呵々と笑い、傍らの地面に突き刺さっていた斧を叩いた。
「川中島を知らぬか!越後と甲斐の間にある地よ」
「越後と甲斐……? ……えっと、京ってどっちに進めばいいですか?」
「うむ。……佐助ぇぃ!」
名指しされた佐助は、戸惑いに渦巻く胸の内をおくびにも出さずひょいとある方向を指差した。
「あっちですよ」
「ご親切にありがとうございます」
再びぺこりと頭を下げると、彼女は微笑み先ほど佐助が示した方向に歩きだした。滝壺から出た全身ずぶ濡れな彼女が歩いた地面には巨大な水たまりができていた。
ぎょっとしたのは佐助とかすがであった。指した方向は間違ってはいないが、今のそのままの格好で歩いていける距離ではないのだ。そんな二人の心など知らぬ彼女は「うわーべたべただぁ」と暢気に呟いて歩きながら袖を絞っている。
「のう、しばし待たぬか娘よ」
「え、はい」
信玄の声に立ち止まるとくるりと振り返る。思わず佐助とかすがはほっと息をついた。呼び止めるのは当たり前だろう。それなのに彼女は不思議そうな顔で信玄を見ていた。
「おぬし、そのまま京に向かうつもりか」
彼女は困ったように笑った。
「流れた際に、荷も仲間も置いてきてしまったので……歩きながら考えます」
「ですが、そのままではかぜをひきますよ」
「歩いてたら乾きますよ。お天気もいいですし」
では。と会話を終了させて会釈すると再び背を向けて歩きだした。
思わず地団太を踏みそうになるのを堪えて無表情を装っていると、佐助。と短く名を呼ばれた。それだけで用件を理解した佐助は一瞬で彼女の前に姿を現す。
「わっ、ビックリしました」
あまり驚いたように見えない顔でそう言う彼女にため息をつきそうになるのを堪え佐助は手で額を覆った。
「アンタ、名前は?」
「華織です。お兄さんは?」
「お兄さんは猿飛佐助さんです」
「佐助さんですか」
ふわりと微笑みを浮かべる華織に思わず乗せられそうになるが今はそれどころではないと自分に言い聞かせる。
「年頃の娘さんが身体冷やしちゃダメでしょう。火にあたらせてあげるからついて―――」
ついておいで。そう続けようとした佐助の言葉は、遠く離れていない林から聞こえた咆哮によって途切れた。
遠くだろうと聞き間違えることはない。
「―――旦那?!」
佐助の主、真田幸村の声は絶対に聞き間違えたりしない。
佐助が幸村の声に気を取られた瞬間、華織もまた同じ方向を見て何かを感じ取った。
忘れもしない。この数年間向き合ってきた、悲しき存在達。
なぜ、ここにいるのか。そんなことが頭をよぎりながらも手は無意識に懐にある四枚の札の存在を探っていた。
着物はずぶ濡れでもその紙は皺一つなく、湿り気もなく、僅かに暖かさを伝えてくるのを確認し、弓を強く握ると華織は佐助の手を取った。
「佐助さん、今の声の方が居るところを教えてください」
途端に痛い程手を握り返され、ぎらついた目でじっと見られる。思わず振り払って逃げたいが、そんなことよりも今は現状打破が大切である。
「なにをしに?」
「私が私である責を果たすために。教えていただけなくても、私は行きますけどね!」
哀しい存在……怨霊が大量にいる。目を瞑っても場所は分かる。けれど離れしている人が居た方が早くたどり着けるのも事実だ。
咆哮を聞いた瞬間に尖った目の前の佐助の気配。知った人間であることは確実である。
「佐助! その娘を連れて参れ!」
信玄の声に佐助の手が華織の胴に周り、ひょいと抱え上げられる。
視界が高くなった。そう想った瞬間には景色が流れていた。
「……ねぇ、華織ちゃんって言ったっけ?」
「はい」
「…あの妙な気配の原因が分かるの?」
問いにしばし悩み、華織は小さく頷いた。妙な気配、というのは分からないがおそらく怨霊のことだろう。
力の伴った武人となれば、気配で尋常ではない存在が分かってもおかしくはないだろうと想ったからだ。
流れいく景色を見ながら、そういえばと思い出したように華織は佐助に言った。
「佐助さんって、忍者?」
「え、今更?」
なるほど。今居る場所は『忍び』が忍者として認識されているのか。今居る場所がどの辺りなのか全く分からないが、とりあえずは目の前のことを片づけよう。
そう決意すると華織は弓を強く握りしめた。
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いったん終了です。
幸村落ちを目指そうかと。
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だけど、一撃したかもー。