TOS・TOA・彩雲国物語等の名前変換小説の小ネタを載せております。
感想・意見・質問ございましたら各記事のコメント、もしくはサイトにてどうぞ。
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それ以外のなにものも含まない眼差しに有紀は言葉に窮した。その双眸は宝石のように輝き、光りの矢のように撃ち抜く。
話のついでのようなものだった。いつものようにお互いに意見を交換しあう一時の合間。
「有紀はなにがしたいんだ?」
話のついでのような問い掛け。ささやかな好奇心よりもその場の流れにより自然と出た言葉だった。
だが、口に出した途端に絳攸はしまった、と思い顔を曇らせた。
目の前で茶を飲んでいた有紀が絶句していたのだ。自分と一つしか違わないこの少女は、年の割に聡明である。
“オレは官吏になって、あの人のおそばに”
会うたびに猛勉強していた彼に理由を尋ねた有紀に絳攸の夢を話すと彼女は柔らかく微笑んだのだ。
“じゃあ、わたしもいっしょにやる”
付き合わなくてもいいと言ったものの、女官になるにはこれぐらいの勉強が必要だから気にしなくてもいいと言われ 気がつくと会うたびに自分の進み具合いを互いに報告している。
有紀は数少ない選択肢から“女官”という選択肢があることに気付いている。《なるもの》の一つは女官。
だが、絳攸は“なりたい”ものは官吏だが、“したいこと”は《黎深の役に立つこと》
したいことが限られている有紀は今はただひたすらに知識を吸収するしかなかった。
「あー……有紀?」
「……うん」
「気にしないでくれ」
絳攸の言葉に、目を反らしていた現実に気付かされた有紀は今更その言葉は聞けなかった。
「ううん。考えなきゃいけないもんね……“したいこと”」
まだ10歳にもなっていない子供の戯言。そう思うには彼の言葉は少しだけ重かった。
この国で《瑠川有紀》ではなくて、《黄有紀》として生きていくには、まず恥をかかない程度には教養が必要である。自分の『家族』となってくれた鳳珠に恥をかかせない為に、そして自分の為に。
勉学以外にしたいこと。それは音楽を抜きにすると、具体的には見つからなかった。官吏になって鳳珠の手足とまでいかずとも指先ぐらいになれたら、と思わないことはない。けれど、それを実現するには男にならないといけない。
考え込んでしまった有紀は悩みを浮かべた顔のまま帰宅し、鳳珠や家令を筆頭とする家人達に大いに心配された。
悩みに悩み抜き、鳳珠に相談すると彼は優しく微笑み、そっと指で有紀の髪を梳いた。
鳳珠には劣るが艶やかな黒い髪がさらさらと流れ落ち、優しく有紀の頬を撫でる。
「私に気にすることなく有紀のしたいことをすればいい」
「私の、したいこと……」
何がしたいのか、思いつかない有紀は流れる髪の感触に瞼を下ろした。
ゆったりとした空気が室内に流れていた。気を利かせた 家人が焚いた香は気を落ち着かせる優しげな薫りで、もやもやとしていた有紀の心の中を静かに晴らせていく。
「今、お前がやりたいことはなんだ?」
ゆったりと優しく、けれど答えをそっと引き出すような鳳珠の声に有紀はいくつかのものを脳裏に描いた。
「……楽器をもっと上手に鳴らしたいです」
「それならば時間をかけて、ゆっくりやればいい」
眸を開いて顔を上げると 、鳳珠の視線とかち合った。優しげな穏やかな微笑みを浮かべている彼はこれ以上ないくらい麗しく暖かかった。
とりあえずは落ち着いたが、《答え》がでていないことに、有紀は見て見ぬ振りができなかった。
だからとりあえず日々考え続けた。
皆に心配されようと考え続けた。
考え続ける姿に鳳珠が悩み、悠舜が心配し、黎深が馬鹿にしていようと。
黎深の何気ない言葉に絳攸が怯えていようとも。
そんな日々が続いて何日か経った、鳳珠の公休日。やってきた黎深は無言で有紀に何かを包みごと押しつけた。
いつものように家人を押し退けて自分の屋敷のように振る舞う黎深は、有紀に包みを押しつけるといつものように客室へとさっさと歩いていった。
勿論透視能力なんか持っていない有紀は何なのかわからずに包みを持ち上げてみるが、包みの中で何かがゴロリと転がったのを感じ取り、あわてて包みを両手でしっかりと持った。
あわてて追いかけて彼の顔を見上げるが、角度的に黎深の表情は扇に隠れて見えなかった。
「れ、黎深さま?」
無言で室内に入る彼に問いかけたところで返事は期待していなかったが、やはりないものは寂しい。
椅子に腰掛ける黎深を追いかけたが、彼はいつもしていたように卓子をぺしぺしと扇で叩いた。
それは黎深の「お茶」という無言の催促であることを知っている(というよりも教えられた)有紀は、包みを丁寧に置くとお茶を淹れはじめた。
湯呑みの中で茶葉が美しく開く様を見ていると、ペシリという痛そうな痛くなさそうな音がした。
いったいなにを叩いたのだろうかと思い、有紀が振り向くと想像だにしなかった光景が繰り広げられていて有紀は空いた口が塞がらなかった。
「お茶を淹れていただくのに言葉もなしとは失礼にも程があるでしょう」
「だが、こいつは怒っていないぞ」
「そういう問題ではありません」
後からゆっくりと来た悠舜が黎深の扇を奪い、彼の頭をポコポコと叩いていた。
黎深に渡された包みが気になり、悠舜に気づいていなかったことに思い当たった有紀はあわてた。
ついでに自分のことで黎深を怒っている悠舜を止めなければいけない。
「悠舜さま、私は気にしていませんから黎深さまを怒らないでください」
椅子から立ち上がりかけていた彼をいさめるためにのばした手を取った人物がいた。それは悠舜ではなくて、傍観に徹している鳳珠であった。
「鳳珠さま?」
「止めなくていい」
「…でも」
なおも言い募ろうとした有紀は黎深の顔を見て口を噤んだ。
黎深の顔が、『この上なくうれしい』と語っていた。
邵可の屋敷で見る黎深の表情と酷似している。
しばらく二人で悠舜と黎深のやりとりを見ていたが、何気なく手に取ったお茶が冷めていることに気づいた。
「……お茶を淹れなおしてきます」
「茶請けを持ってくるように言っておいてくれるか?」
「はい」
ついでに黎深から貰った包みの検分をしてしまえ。と思い当たると有紀は喧嘩の仲裁をやめ包みを手に室外へとでた。
廊下に控えていた家人に包みを預け、お茶の淹れ直しを頼む。
すぐに廊下は冷えるから室内へと後戻りさせられた。そのとき包みの中身を一つ持たせて、背を押す家人の言葉が有紀の心を惹いた。
「鳳珠さま」
手ぶらですぐに戻ってきた有紀に目をやった鳳珠は、説教を始めている悠舜とうれしそうに怒られている黎深から離れた位置に移動した。
鳳珠の元に移動した有紀は手に持つ橙色の丸いものをきゅっと握りしめた。
ふわりと柑橘の香りが漂う。
鳳珠はきゅっと眉を寄せる有紀を見下ろした。どこか見覚えのある表情に彼も麗しい顔を心配そうに歪める。
小さな体で何かを精一杯受け止め、一生懸命前に進もうとしている。
鳳珠は身を屈めるとゆっくり有紀の前髪を浚った。
細い指先から黒髪がサラサラとこぼれ落ちる様を見るのがここ最近の彼の癒しでもあった。
「どうした」
「黎深さまと邵可さまの生まれ育った紅州の名産は、みかんなんですか?」
「……みかんになりそうだな」
意味深な彼の言葉に有紀は首を捻った。
「それがどうした?」
「八州にはその土地独自のものがたくさんあるんですよね」
鳳珠は小さく頷いた。
有紀は言葉を紡ごうと口を開くが一瞬躊躇った。これを口にすれば、彼らに呆れられるに決まっている。
路頭に迷うのを確実だった自分を拾ってくれた優しい彼に対する裏切りのようにも感じた。
言葉にするのを躊躇する有紀を見て説教をしていた悠舜もされていた黎深も先ほどまでのやりとりをやめていた。
鳳珠は髪をいじっていた指を有紀の頬に静かに添えた。
そうしていつの間にかうつむいていた有紀の顔をゆっくりと上げ、鳳珠の視線と合わせた。
「何でもいい。思ったことを言いなさい。私は、お前を見捨てようなどと思わん」
「鳳珠さま…」
「私たちは『家族』だろう?」
いつも以上に優しい微笑をたたえる鳳珠に有紀は迷いながらも言葉を続けた。
自分が"したい"と思ったことに鳳珠がその麗しい顔を歪めることのないようにと。
「実は……」
美しい景色が見える室で、有紀は絳攸と恒例の勉強会のようなものをしていた。
暖かな日差しに眠りの世界に行く誘いを賢明に断っていた有紀は、先日の話を絳攸に打ち明けてみた。
「全国津々浦々天心修行をしたい、だって?!」
絳攸の反応が一番普通であった。
その驚き方に有紀はその日のまどろみ行きの片道切符を落としてしまった。
彼が本気かと問わんばかりに有紀を見るので有紀は小さく頷いた。
「本気だよ」
「……お前の養い親はなんて言った?」
「『本気で考えているならば、身を守る術を得てからにしなさい。私を倒せるときが来たら許そう』」
「…本気か?」
有紀はそのとき知ったが鳳珠はなんと気功の達人だったらしい。
前の自分は運動神経に優れているとはいえなかったで、武術が覚えられてお得な気持ちになったのだった。
「黎深さまはね、『おいしい天心を邵可さまたちにも食べさせて差し上げたいです』って言ったら」
「……『今すぐにでも行ってこい』…か?」
一字一句違わずに言った絳攸に有紀は思わず拍手を送った。
だが、絳攸は心配そうな面もちでじっと有紀をみた。
思えばこの小さな友人は自分の何気ない一言でこんな無謀なことを考えてしまった。しかも、普通は周りは止めなければ行けないのに誰一人として止めていないようだった。
さすが黎深さまのご友人たちだと心の片隅では心配しつつも、どこかおかしくないだろうかとつっこみをいれていた。
やはり、ここは自分が止めるべきだろうと深く深呼吸をして有紀を改めて見ると、彼女はこの上なく穏やかな微笑を浮かべていた。
思わず絳攸は口を噤む。
「でもね、本当はね。彩雲国中を見てみたいの。軒の中からではなくて、自分の足で。この美しい国を自分の目に焼き付けたいの」
「……」
その言葉にどう返せばよいのか絳攸はわからなかった。
確実に予想できたのは、二人で武術の修行に励むときが来るかもしれないということだけだった。
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字数足らず!結構メールの字数ぎりぎりまで書きました。
[2回]
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それは楸瑛にとっては全く耳に馴染まないものだった。
だが、穏やかな旋律はそっと心に沁み入り、静かに目を閉じる気分にさせる。真っ白な空間に閉じこめられ、けれど波風を立てることのない静かな空間。
聞き入っていた楸瑛は静かに拍子を叩いた。
「とても美しい曲ですね」
「ありがとうございます」
「まるで貴女の心のようだ。繊細で、けれど芯があり凛としている」
それは若干お世辞が入ってはいたが、ほぼ楸瑛が思った通りの賛辞だった。
「題名をお聞きしても?」
「『主よ、人の望みの喜びを』だったと思います。のだったか、よだったか覚えがないんですけどね」
「『主よ』ですか…?」
首を傾げる楸瑛に有紀は苦笑した。神という概念があまりなさそうな彩雲国では、『主』といって思いつくのは『主上』ぐらいではないか。
「主上ではないですよ」
「では、あなたの言う主とは…?」
「…人々が祈りを捧げて、救いを求める存在。…のことかもしれません」
彩雲国では神に変わる存在はなんなのだろうか。
「とても美しい音のかけ合いで私はとても好きです」
「かけ合い……」
「演奏者が一人よりも二人の方が私は好きです」
それを聞いて楸瑛が若干青ざめたのを見て彼が何を想像したのかすぐにわかった。
「龍蓮は聞いてくれるだけですよ?」
「そうではないかとは思ったけどね、まあ…」
今の有紀に特に願いはない。ただ、心優しい彼らが穏やかにあれとただそれだけである。
だが……。
「楸瑛様は、願うとしたら」
何を願いますか。
その問いかけに彼は曖昧に笑っただけであった。
**
特に意味はない散文です。それはいつものことですが…
楸瑛のキャラがいまいちつかめない…
[1回]

柔らかい薄紅色の花びらがひらひらと風に舞う。静かな風は、あまやかな薫りを運び、ゆったりとした気持ちにさせる。
白や薄紅の花たちに混ざり、我こそはと主張するように咲き誇る、薄桃色の五つの花びら。
立花の舞う季節は過ぎ去り、荒々しい風が季節が移ろったことを皆に伝える。冬は遠くへと走り去り、芽吹きの季節がやってきた。
遠くで鶯が鳴いている。
見事な庭院で強制的に持たされた二胡を手に有紀はぼんやりと、高級料亭を思い浮かべた。
この時期、耳にするのは小さな頃歌っていた曲。
独特な音程が少しだけ気に入っていた。
手探りで音を思い浮かべながら、弓を弾く。興味深そうな視線が集中しているのに気づきながらも、思い浮かぶ音を逃さないように慎重に。けれどこれ以上ないほどに急いて。
きっちりと最後まで弾ききると、二人分の拍手の音が聞こえた。
「見事な曲じゃの」
「ねー」
手放しの賛辞に有紀は、視線をさまよわせた。
公休日ではないためにいつもの三人はいない。この屋敷の主も出仕中で留守である。
最近有紀はふらりと貴陽の街を出歩いている。理由はあまり明らかにされていないが、理由を知る鳳珠は勿論彼女が出歩いていることを知っているし、心配性の家人はひっそりと後を付けている。おそらく黎深も影(彼らには迷惑なことだが)達を放っているからまず万が一は起こらないだろうと邵可は思っている。だが、弟とその友人達の心配様から邵可は無口な家人にとあるお願い事をしていた。
その『お願い』の内容を聞いた家人は困惑し、邵可の奥方は面白がり煽った。
そのせいか、有紀は最近では必ずといってもいいほど予期せぬ場所で静蘭に出会い、そのまま邵可邸につれていかれて秀麗と遊んでいる。
静蘭が困惑しつつも有紀を探しに行くのは、有紀の知っている一人遊び――あやとり、折り紙などや、二胡や横笛を使って演奏する曲を秀麗と薔君がいたく気に入ったためでもある。
今日は調子がいいらしく起きあがっていた秀麗は、笑顔で二胡の弓をもって有紀の演奏を見ていた。
「有紀ねえさま、きょうのは?」
「今日のはあのお花の曲なの」
「『櫻』か」
「また一段と、独特な曲ですね」
同じ年とは思えない程落ち着いている静蘭の感想に有紀は乾いた笑みをこぼした。
「私は詳しくないんですけど、確か、独特の音階のようなものがあるんです」
「そうですか」
決して会話が得意というわけではない有紀とあまり自分からは話さない静蘭とはいつもここで会話が途切れる。
気まずい空気が流れるが、薔君は完璧に傍観者に徹し、秀麗はまだ小さいからよくわかっていない。
「有紀と静蘭はよう似とるの。のう、秀麗」
「にてるねー」
反論するにも言葉が思い浮かばない有紀は静蘭をちらりと見るが、彼はあまり関心がないのか動じていない。だが、少しだけ肩が揺れたのを見ると動揺していたのかもしれなかったが、どっちにしろ反論しないのだから有紀にとっては同じことであった。
くいくいと服の裾を引かれ、下を見ると満面の笑みで秀麗が有紀を見上げていた。
「秀麗も次は弾きたいようだの?」
「有紀ねえさま、おしえてください」
有紀は座り込み微笑み返すと、そっと秀麗の頭をなでた。
弓をそっと弾き、互いに調弦する。
紅邵可邸の、新たな春の催しは三人による二胡の演奏だった。
[1回]

悪夢を視る。
悪夢、と名付けるにはあまりにも名にそぐわない夢ではあるが、彼女にとってはその夢を見たあとの気分は最悪なのであるからして、悪夢と呼ぶべきものだと思っている。
「――っ」
声にならない叫び声で目が覚めた彼女は汗ばむ手で褥を握り締めた。
荒い呼吸を整えると、徐々に瞼を押し上げた。恐怖に打ち勝つためにそっと、勇気を持ってゆっくり。
予想では目の前にあるのは時間帯を現す、窓越しに見える空模様のはずだった。
けれど目の前にあったのは黒くてモコモコした、毛むくじゃらのもの。
ゆっくりと上下に動くそれは生きている証。
よくよく地面を、辺りを見渡してみれば臥室ではなくて体を休めるために腰を降ろした地面で背後には里木。そして目の前に居るのは異様に大きい熊。
褥だと思い掴んだそれは、見慣れぬ誰かの上着。大きさと形から考察するに男ものだった。どう考えても香寧が忠誠を誓った者の上着ではない。
質素で、けれどとても丈夫な生地。しっかりとした作り。
「……起きたか?」
心地よい低くくなりかけ声が聞こえた。香寧は思わず回りを見渡すが熊しか居ない。
じっと熊を凝視すると、相手も香寧を凝視していた。
しばしの間、互いに見合っていた。瞬きの間か、又は数刻か。長い時にも感じられたが、飽きもせずに見続けると香寧はふっと笑った。
呆気に取られたように熊が瞬く。
「この上着の主がお前か」
「……」
返事がなかった。香寧は尚も続けた。
「お前、半獣だろう?」
熊は答えなかった。だが、あからさまに体を強張らせた熊の様子から答えは明白だった。
香寧がうっかりと林で眠っていたのは雁の隣国である慶東国。
変わり者の"延"がいる雁とは違い(雁でもないとはいいきれないが)、慶では半獣は白眼視されている。
そもそも十二国中で半獣が堂々と獣の姿で手歩いても侮蔑の視線を集めない国はない。
だから熊の反応は当たり前だった。
香寧は今度はクツクツと体をよじらせて笑った。不思議そうにする熊の気配に香寧は笑い交じりの声で「すまない」と謝した。
「名乗らなくてすまん。私は香寧という。雁の者だ」
「……桓タイだ」
「そうか桓タイか。半獣かと聞いたのに特に意味はない。気にするな」
名乗り返す熊……桓タイの性格に感心しながら香寧は桓タイへと近づき、膝をついた。
おもむろに手を伸ばすと何をされるのかと、じっと見られる。
手負いの獣のような反応に苦笑を浮かべながら香寧はそっと頭の毛並みを撫でた。
「上着、すまなかったな」
「……」
気持ちよさそうに目を細める桓タイに香寧も珍しく優しく笑う。それは雁の香寧を知るものならば我が目を疑うものではあるが。
「ここは慶のどこに当たるんだ?」
「……麦州だ」
「そうか」
西の空は茜色へと変わっている。別段里木の下で過ごしたところで困るわけではないがここは、偶然出会った熊こと桓タイに礼でもするかと思い当たった。
「宿に案内してもらえないか?」
「…宿?」
「騎獣も泊まれると尚のこといい。今は居ないが、そろそろ戻ってくるからな」
「……わかった」
礼を重ねて上着を返すと熊はのっそりと起き上がり、木の影へと向かった。暫くしてさっぱりとした顔立ちの少年が表れた。
改めて香寧は右手を差し出した。握り返された手のひらは見かけの小綺麗さに反してごつごつとなりかけてた。この手のひらには覚えがある。
「桓タイ、私はこう見えても雁で、下っ端だが剣を持っているんだが」
「……道理で」
桓タイも香寧の手のひらの堅さに少し気づいていたようだ。香寧はほんの少し気まぐれを起こした。この少年はよい青年へと育つだろうと思ったからかもしれないし、柄にもなく見た悪夢から温もりを与えてくれた少年だからか。
「強くなりたいなら少し教えてやるぞ?」
その時に少し躊躇した少年は、暫くして真剣な表情で二本の木刀を手に戻ってきた。
香寧は珍しく気を回し、旅で慶に寄るときは麦州を立ち寄るようになった。
桓タイがやがて麦州州師へと入隊するまで二人のこの関係は続いたが、その後互いに見えることはなくなる人間。再会するのは、赤楽二年。和州にて、であった。
(熊の親切)
熊といえばやっぱり桓タイ?
[0回]

戦い抜くには、長い髪なんかいらない。
昨日の敵は今日の友。そんな言葉なんか通用しない。
あの戦争が終わるまでは、ずっとそう思っていた。
ヒョコヒョコとゆれる橙色の髪を見つけて、シャルロッテはため息をついた。人物にではない。勿論、その髪の持ち主である彼とは幼馴染で、かつての戦友でこれ以上ないくらいの親友だ。
ただ、彼には問題点が一つだけあった。
声をかけようかと戸惑っていたシャルロッテの気配に気づいたのか、前方を歩いていた“彼”は振り向き、そして満面の笑みをその顔へと広げていった。
「いやだ~、シャールじゃないのぉ。居たんなら声かけてよねぇ~?」
「・・・ヨザ」
しなを作ってかけられた声。ジャジーな声で、普通にしゃべれば結構かっこいいのにと思っているのに、その口調でしゃべられると脱力してしまう。
(いつものこといつものこと・・・!!)
シャルロッテは心の中で暗示をかけて、力の抜けた肩に再び力を入れようとした。ゆっくりと顔を上げると見ないように努力していたソレが目に入り、完全に力が抜けた。
思わず地面に座り込むシャルロッテにあわせるようにヨザ、と呼ばれた“彼”も座り込む。
手で顔を覆うシャルロッテの視界の端には、白のフリフリのレースの前掛けが。
「・・・ねぇ、ヨザ」
「なーに、シャールちゃん」
「今は何のお仕事中なの?」
諜報だと答えてほしい。そう願いつつも、ここは彼とシャルロッテが使える主、フォンヴォルテール卿グウェンダルの有するヴォルテール城。
特に不穏な噂を聞くわけではない今この時期に、諜報活動を行う必要性は感じられない。
「いやぁねぇ。今はグリ江の趣味の時間よぉ」
「グリエ・ヨザック・・・!!」
「はい!」
思わず名前を叫び、立ち上がると反射的に“彼”もシャルロッテの行動に倣ってしまう。
「何で、お前はそんな趣味に走るんだ!!!」
「え、だって・・・。なぁ?」
「なぁ? じゃない!」
シャルロッテの前で、居心地悪そうに頬をかく彼。ヨザ、自称グリ江こと、グリエ・ヨザックは剣を持つものなら誰でもあこがれる体格の持ち主である。
見事な上腕二等筋に、あのルッテンベルクの激戦を生き残った所謂『ルッテンベルクの英雄』でもあり、何よりも大シマロン時代からのシャルロッテの大切な幼馴染である。
だが、その戦争が終わった後、ヨザックは配属先が今のフォンヴォルテール卿貴下へと移り変な趣味が増えた。
「でも、似合うだろ?」
そういって、くるりと回るとふわふわとしたラインの服のすそがゆれる。不気味なはずなのに、何故か見過ごしてしまうほどの違和感のなさ。
グリエ・ヨザックは女装の趣味が増えてしまった。
もう一人の幼馴染である、ウェラー卿コンラートはその趣味を苦笑いで受け入れているが、シャルロッテはどうしても受け入れられなかった。
別に、反対しているわけではない。でも、どうしても見たくないのだ。
こぶしを握り締めると、シャルロッテは思わず踵を返し、走り出した。
もう、先程までの予定など気にしない。
「あ、おい。シャール! どこいくんだ?」
「閣下の所よ!! 今日こそは配属先をここから向こうに変えてもらうんだからーーー!!!」
「なっ! おい、待て!」
ヨザックが慌てて追いかけるが、追いつく頃にはもう既に彼女は閣下の部屋へと飛び込んでいた。
ノックと同時に飛び込み、シャルロッテは目当ての椅子に目当ての人物が座っているのを見て、目を輝かせた。
「閣下!!」
「・・・入る前に、了承ぐらい取れ」
「今はそんなのどうでもいいんです!」
泣く子も黙る重低音に窘められるも、今のシャルロッテには糠に釘。
グウェンダルが誰かに応対中だろうと、もう関係ないのだ。
誰かがシャルロッテを落ち着けようと肩に手を置くが思わず彼女は振り払う。
「・・・用件はなんだ」
「今日こそ言わせていただきます! あの男の所業は許せますが、もう見ていられません! 配属先を変えていただきたく存じます!!」
「シャール!! ちょっと待て!」
懐から出した、前から出そうと思っていた願書を机に叩きつけると、先程開け放したままだった扉からヨザックが飛び込んできた。
「うるさいわね! もう、アンタのそんな格好見たくないのよ!!」
「な、俺様の麗しい女装をそんな呼ばわりとはいただけないな。って、んなことよりもどこに行くってんだよ! お前みたいなじゃじゃ馬、受け取ってくれるのは閣下ぐらいなものだろ!」
「何よ、じゃじゃ馬って! ええ、じゃじゃ馬ですよ! それがどうしたってんのよ! 警備兵ぐらいならこれぐらいが上等でしょ!?」
ギャーギャーとわめき始めた二人を見てグウェンダルはため息をつき、眉間のしわを指で押した。
ヨザックの提案にのったせいで、いらない兵士達の面倒を見ているが何故か彼らはそこらの兵士達よりも使えるから助かっているのが現状である。
しかも、その兵士達を纏め上げているのはヨザックとシャルロッテ。
ヨザックは奇行に目を瞑れば、どんな場所にも赴く諜報員として今メキメキと腕を伸ばしつつある。
そして、シャルロッテは小さくてチョコチョコ動く割に、剣はかなり腕が立つ。何より、小さい。
グウェンダルが隣に立つと、胸元に届かない程小さい。
肩元でゆれる淡い緑色の髪と、少し大きめの瞳。
容姿はばっちりとグウェンダルの好きな「小さくて可愛いもの」の分類に入る。
手放したくない人材である。(私情入りまくり)
「あー・・・。グウェンダル? お話を戻してもよろしいでしょうか?」
「・・・後にしろ」
やかましい喧嘩の内容だが、少しだけ興味のある話題へと移っていた。
「んだよ、向こうに行きたいってお前、抜け駆けするつもりかよ!」
「誰がよ! 抜け駆けするも何もコンラートは所属部隊持ってないんだから部下になれるわけないでしょ!? そもそもわたしはコンラート目当てじゃないわよ!」
「じゃあ、何でここから離れたいんだよ!」
「だから言ってるでしょ!? アンタのその奇行を見たくないからよ! やりたいなら好きにすればいいわ。わたしは止めないから! でも、見たくないのよ!」
話題がコンラートからまた戻ってしまった。
また深くため息をつくと、グウェンダルは低い声で二人の名を呼んだ。
だが、聞こえていないようだった。
シャルロッテの説得は諦めたグウェンダルは、接客していた相手を椅子に座りながら見上げた。
すみれ色の瞳を、楽しそうに和ませている彼はグウェンダルの視線に気づき、喧嘩の二人から彼へと視線を戻す。
「で、お話を続きをしても?」
「・・・・・・ああ」
「続きというか別件なのですけどね。実は、コンラートがしばらく旅に出るから自分の代わりに誰かを頼むと言い残していまして」
「待て、旅にだと?」
お兄ちゃんは聞いていない。
眉間にしわを寄せたグウェンダルに笑いつつも彼は話を進める。
「そこでいい人材なら貴方がご存知だと思いましてね」
「・・・奴の代わりになる者か・・・」
「そもそもなんでルッテンベルクの生き残りって、ヨザもコンラッドも含めて変人が多いのよ!」
「お前、自分がその中に入っているってーこと忘れてねぇか?」
「うるさいわね! わかってるわよ! ・・・て、わたし変人? 閣下、閣下。わたしって変人ですか? ヨザよりも?」
持ってきた話と全く違うが、答えにくい内容にグウェンダルは言葉につまった。
しかも、上目遣いで見られると「変人」だと思っていても「変人」とは答えられない。
「・・・・・・っ」
「閣下!」
しかもシャルロッテは今はまだ数少ないグウェンダルの『こども』たちの里親である。機嫌を損ねることは言えない。しかも、嘘を簡単に見抜く彼女を騙すことは難しい。
答えを待ち続ける彼女から懸命に視線をそらすとグウェンダルは助けを求めるように来客を見た。
それとなく婉曲した答えを言ってほしい。
グウェンダルの意図を読んだ彼は、微笑んで床に膝をつくとそっとシャルロッテの肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。貴方は彼ほど変人ではありません」
「おい、ギュンター!」
婉曲どころか、直接的である。
「おや、ですがシャルロッテは嘘は嫌うと聞きましたよ?」
「う、だが・・・」
心配そうにぐうぇんだるがシャルロッテを見ると、何故か彼女はほっとしていた。
変人であるのは認めてもヨザックよりはマシという言葉に心底安堵しているようだった。
「閣下、ありがとうございます」
「いえいえ」
ほっとしたシャルロッテは今更ながらにグウェンダルの客を見た。
美しい艶を放っている銀髪。知的そうなすみれ色の瞳。全てにおいて整っている顔立ちを引き立てるように、さらさらと流れ落ちる髪。
全体的に白を貴重として仕立ててある僧服。
フォンクライスト卿ギュンターであった。
そういえば、と。彼女は思い出す。
幼馴染の教官はギュンター閣下だと。
「そうです、グウェンダル」
「・・・なんだ」
返事をするも、なんとなくギュンターが言い出すことに予想がつくグウェンダルは嫌そうな顔をした。
立て続けに降って沸いてくる苦労ごとに、彼の美しい農灰色の髪と瞳は光を失っている。
ギュンターは輝かんばかりの笑みを浮かべて、シャルロッテの肩に手を回し、前へと押した。
「・・・閣下?」
「彼女を回してください。貴方の部下なのでしょう?」
「・・・・・・勝手にしろ」
「ありがとうございます」
「あ、あの閣下・・・?」
見えないところで進んでいる話にシャルロッテが救いを求めるように、グウェンダルとギュンターを見るが、答えたのはギュンターだった。
「実はコンラートがしばらく旅で留守にするので、後見にあなたを指名したんです」
「え、はい? コンラッドが? 旅?」
「ええ。引き受けてくださいますか?」
ゆったりと微笑まれたシャルロッテはサッと顔を伏せた。
後日血盟城へと向かうことを約束したシャルロッテはヨザックの腹の部分の服をつかんで勢いよく振った。
「なんで、あの閣下はあんなに美形なの!?」
「そりゃ・・。新眞国美形投票かなんかで、一位だったって前に隊長から聞いたような・・・」
「なにそれ!? わたし聞いてない!」
「覚えてないだけだろ・・・」
無理やり彼女の手を外すと、ヨザックは首を回した。コキコキといい音がなるが、どこかやるせない。
ついに彼女までが自分のそばから消えてしまう。
「シャルロッテも王都勤めねぇ・・・」
「閣下の補佐役だってさ。アレ、でもコンラッドって補佐じゃなかったよね?」
「そういやそうだな」
コンラートの後釜にという話だったのに、承諾した話は何故かギュンターの補佐である。
「・・・・・・・ま、いっか」
***
ギュンターヒロインは名前しか決めていなかったので、試作品的に書いて見ました。ギュンはユーリに会う前は、仕事も剣も魔術もできる魔族で、美形ランキング一位だったんだから、多分こんな感じかなぁと。
でも、あそこまで壊れるんだよね・・・。
原作沿いで書くと、ヨザが悲しすぎるからマニメ沿いで行きたいです。
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