柔らかい薄紅色の花びらがひらひらと風に舞う。静かな風は、あまやかな薫りを運び、ゆったりとした気持ちにさせる。
白や薄紅の花たちに混ざり、我こそはと主張するように咲き誇る、薄桃色の五つの花びら。
立花の舞う季節は過ぎ去り、荒々しい風が季節が移ろったことを皆に伝える。冬は遠くへと走り去り、芽吹きの季節がやってきた。
遠くで鶯が鳴いている。
見事な庭院で強制的に持たされた二胡を手に有紀はぼんやりと、高級料亭を思い浮かべた。
この時期、耳にするのは小さな頃歌っていた曲。
独特な音程が少しだけ気に入っていた。
手探りで音を思い浮かべながら、弓を弾く。興味深そうな視線が集中しているのに気づきながらも、思い浮かぶ音を逃さないように慎重に。けれどこれ以上ないほどに急いて。
きっちりと最後まで弾ききると、二人分の拍手の音が聞こえた。
「見事な曲じゃの」
「ねー」
手放しの賛辞に有紀は、視線をさまよわせた。
公休日ではないためにいつもの三人はいない。この屋敷の主も出仕中で留守である。
最近有紀はふらりと貴陽の街を出歩いている。理由はあまり明らかにされていないが、理由を知る鳳珠は勿論彼女が出歩いていることを知っているし、心配性の家人はひっそりと後を付けている。おそらく黎深も影(彼らには迷惑なことだが)達を放っているからまず万が一は起こらないだろうと邵可は思っている。だが、弟とその友人達の心配様から邵可は無口な家人にとあるお願い事をしていた。
その『お願い』の内容を聞いた家人は困惑し、邵可の奥方は面白がり煽った。
そのせいか、有紀は最近では必ずといってもいいほど予期せぬ場所で静蘭に出会い、そのまま邵可邸につれていかれて秀麗と遊んでいる。
静蘭が困惑しつつも有紀を探しに行くのは、有紀の知っている一人遊び――あやとり、折り紙などや、二胡や横笛を使って演奏する曲を秀麗と薔君がいたく気に入ったためでもある。
今日は調子がいいらしく起きあがっていた秀麗は、笑顔で二胡の弓をもって有紀の演奏を見ていた。
「有紀ねえさま、きょうのは?」
「今日のはあのお花の曲なの」
「『櫻』か」
「また一段と、独特な曲ですね」
同じ年とは思えない程落ち着いている静蘭の感想に有紀は乾いた笑みをこぼした。
「私は詳しくないんですけど、確か、独特の音階のようなものがあるんです」
「そうですか」
決して会話が得意というわけではない有紀とあまり自分からは話さない静蘭とはいつもここで会話が途切れる。
気まずい空気が流れるが、薔君は完璧に傍観者に徹し、秀麗はまだ小さいからよくわかっていない。
「有紀と静蘭はよう似とるの。のう、秀麗」
「にてるねー」
反論するにも言葉が思い浮かばない有紀は静蘭をちらりと見るが、彼はあまり関心がないのか動じていない。だが、少しだけ肩が揺れたのを見ると動揺していたのかもしれなかったが、どっちにしろ反論しないのだから有紀にとっては同じことであった。
くいくいと服の裾を引かれ、下を見ると満面の笑みで秀麗が有紀を見上げていた。
「秀麗も次は弾きたいようだの?」
「有紀ねえさま、おしえてください」
有紀は座り込み微笑み返すと、そっと秀麗の頭をなでた。
弓をそっと弾き、互いに調弦する。
紅邵可邸の、新たな春の催しは三人による二胡の演奏だった。
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