戦い抜くには、長い髪なんかいらない。
昨日の敵は今日の友。そんな言葉なんか通用しない。
あの戦争が終わるまでは、ずっとそう思っていた。
ヒョコヒョコとゆれる橙色の髪を見つけて、シャルロッテはため息をついた。人物にではない。勿論、その髪の持ち主である彼とは幼馴染で、かつての戦友でこれ以上ないくらいの親友だ。
ただ、彼には問題点が一つだけあった。
声をかけようかと戸惑っていたシャルロッテの気配に気づいたのか、前方を歩いていた“彼”は振り向き、そして満面の笑みをその顔へと広げていった。
「いやだ~、シャールじゃないのぉ。居たんなら声かけてよねぇ~?」
「・・・ヨザ」
しなを作ってかけられた声。ジャジーな声で、普通にしゃべれば結構かっこいいのにと思っているのに、その口調でしゃべられると脱力してしまう。
(いつものこといつものこと・・・!!)
シャルロッテは心の中で暗示をかけて、力の抜けた肩に再び力を入れようとした。ゆっくりと顔を上げると見ないように努力していたソレが目に入り、完全に力が抜けた。
思わず地面に座り込むシャルロッテにあわせるようにヨザ、と呼ばれた“彼”も座り込む。
手で顔を覆うシャルロッテの視界の端には、白のフリフリのレースの前掛けが。
「・・・ねぇ、ヨザ」
「なーに、シャールちゃん」
「今は何のお仕事中なの?」
諜報だと答えてほしい。そう願いつつも、ここは彼とシャルロッテが使える主、フォンヴォルテール卿グウェンダルの有するヴォルテール城。
特に不穏な噂を聞くわけではない今この時期に、諜報活動を行う必要性は感じられない。
「いやぁねぇ。今はグリ江の趣味の時間よぉ」
「グリエ・ヨザック・・・!!」
「はい!」
思わず名前を叫び、立ち上がると反射的に“彼”もシャルロッテの行動に倣ってしまう。
「何で、お前はそんな趣味に走るんだ!!!」
「え、だって・・・。なぁ?」
「なぁ? じゃない!」
シャルロッテの前で、居心地悪そうに頬をかく彼。ヨザ、自称グリ江こと、グリエ・ヨザックは剣を持つものなら誰でもあこがれる体格の持ち主である。
見事な上腕二等筋に、あのルッテンベルクの激戦を生き残った所謂『ルッテンベルクの英雄』でもあり、何よりも大シマロン時代からのシャルロッテの大切な幼馴染である。
だが、その戦争が終わった後、ヨザックは配属先が今のフォンヴォルテール卿貴下へと移り変な趣味が増えた。
「でも、似合うだろ?」
そういって、くるりと回るとふわふわとしたラインの服のすそがゆれる。不気味なはずなのに、何故か見過ごしてしまうほどの違和感のなさ。
グリエ・ヨザックは女装の趣味が増えてしまった。
もう一人の幼馴染である、ウェラー卿コンラートはその趣味を苦笑いで受け入れているが、シャルロッテはどうしても受け入れられなかった。
別に、反対しているわけではない。でも、どうしても見たくないのだ。
こぶしを握り締めると、シャルロッテは思わず踵を返し、走り出した。
もう、先程までの予定など気にしない。
「あ、おい。シャール! どこいくんだ?」
「閣下の所よ!! 今日こそは配属先をここから向こうに変えてもらうんだからーーー!!!」
「なっ! おい、待て!」
ヨザックが慌てて追いかけるが、追いつく頃にはもう既に彼女は閣下の部屋へと飛び込んでいた。
ノックと同時に飛び込み、シャルロッテは目当ての椅子に目当ての人物が座っているのを見て、目を輝かせた。
「閣下!!」
「・・・入る前に、了承ぐらい取れ」
「今はそんなのどうでもいいんです!」
泣く子も黙る重低音に窘められるも、今のシャルロッテには糠に釘。
グウェンダルが誰かに応対中だろうと、もう関係ないのだ。
誰かがシャルロッテを落ち着けようと肩に手を置くが思わず彼女は振り払う。
「・・・用件はなんだ」
「今日こそ言わせていただきます! あの男の所業は許せますが、もう見ていられません! 配属先を変えていただきたく存じます!!」
「シャール!! ちょっと待て!」
懐から出した、前から出そうと思っていた願書を机に叩きつけると、先程開け放したままだった扉からヨザックが飛び込んできた。
「うるさいわね! もう、アンタのそんな格好見たくないのよ!!」
「な、俺様の麗しい女装をそんな呼ばわりとはいただけないな。って、んなことよりもどこに行くってんだよ! お前みたいなじゃじゃ馬、受け取ってくれるのは閣下ぐらいなものだろ!」
「何よ、じゃじゃ馬って! ええ、じゃじゃ馬ですよ! それがどうしたってんのよ! 警備兵ぐらいならこれぐらいが上等でしょ!?」
ギャーギャーとわめき始めた二人を見てグウェンダルはため息をつき、眉間のしわを指で押した。
ヨザックの提案にのったせいで、いらない兵士達の面倒を見ているが何故か彼らはそこらの兵士達よりも使えるから助かっているのが現状である。
しかも、その兵士達を纏め上げているのはヨザックとシャルロッテ。
ヨザックは奇行に目を瞑れば、どんな場所にも赴く諜報員として今メキメキと腕を伸ばしつつある。
そして、シャルロッテは小さくてチョコチョコ動く割に、剣はかなり腕が立つ。何より、小さい。
グウェンダルが隣に立つと、胸元に届かない程小さい。
肩元でゆれる淡い緑色の髪と、少し大きめの瞳。
容姿はばっちりとグウェンダルの好きな「小さくて可愛いもの」の分類に入る。
手放したくない人材である。(私情入りまくり)
「あー・・・。グウェンダル? お話を戻してもよろしいでしょうか?」
「・・・後にしろ」
やかましい喧嘩の内容だが、少しだけ興味のある話題へと移っていた。
「んだよ、向こうに行きたいってお前、抜け駆けするつもりかよ!」
「誰がよ! 抜け駆けするも何もコンラートは所属部隊持ってないんだから部下になれるわけないでしょ!? そもそもわたしはコンラート目当てじゃないわよ!」
「じゃあ、何でここから離れたいんだよ!」
「だから言ってるでしょ!? アンタのその奇行を見たくないからよ! やりたいなら好きにすればいいわ。わたしは止めないから! でも、見たくないのよ!」
話題がコンラートからまた戻ってしまった。
また深くため息をつくと、グウェンダルは低い声で二人の名を呼んだ。
だが、聞こえていないようだった。
シャルロッテの説得は諦めたグウェンダルは、接客していた相手を椅子に座りながら見上げた。
すみれ色の瞳を、楽しそうに和ませている彼はグウェンダルの視線に気づき、喧嘩の二人から彼へと視線を戻す。
「で、お話を続きをしても?」
「・・・・・・ああ」
「続きというか別件なのですけどね。実は、コンラートがしばらく旅に出るから自分の代わりに誰かを頼むと言い残していまして」
「待て、旅にだと?」
お兄ちゃんは聞いていない。
眉間にしわを寄せたグウェンダルに笑いつつも彼は話を進める。
「そこでいい人材なら貴方がご存知だと思いましてね」
「・・・奴の代わりになる者か・・・」
「そもそもなんでルッテンベルクの生き残りって、ヨザもコンラッドも含めて変人が多いのよ!」
「お前、自分がその中に入っているってーこと忘れてねぇか?」
「うるさいわね! わかってるわよ! ・・・て、わたし変人? 閣下、閣下。わたしって変人ですか? ヨザよりも?」
持ってきた話と全く違うが、答えにくい内容にグウェンダルは言葉につまった。
しかも、上目遣いで見られると「変人」だと思っていても「変人」とは答えられない。
「・・・・・・っ」
「閣下!」
しかもシャルロッテは今はまだ数少ないグウェンダルの『こども』たちの里親である。機嫌を損ねることは言えない。しかも、嘘を簡単に見抜く彼女を騙すことは難しい。
答えを待ち続ける彼女から懸命に視線をそらすとグウェンダルは助けを求めるように来客を見た。
それとなく婉曲した答えを言ってほしい。
グウェンダルの意図を読んだ彼は、微笑んで床に膝をつくとそっとシャルロッテの肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。貴方は彼ほど変人ではありません」
「おい、ギュンター!」
婉曲どころか、直接的である。
「おや、ですがシャルロッテは嘘は嫌うと聞きましたよ?」
「う、だが・・・」
心配そうにぐうぇんだるがシャルロッテを見ると、何故か彼女はほっとしていた。
変人であるのは認めてもヨザックよりはマシという言葉に心底安堵しているようだった。
「閣下、ありがとうございます」
「いえいえ」
ほっとしたシャルロッテは今更ながらにグウェンダルの客を見た。
美しい艶を放っている銀髪。知的そうなすみれ色の瞳。全てにおいて整っている顔立ちを引き立てるように、さらさらと流れ落ちる髪。
全体的に白を貴重として仕立ててある僧服。
フォンクライスト卿ギュンターであった。
そういえば、と。彼女は思い出す。
幼馴染の教官はギュンター閣下だと。
「そうです、グウェンダル」
「・・・なんだ」
返事をするも、なんとなくギュンターが言い出すことに予想がつくグウェンダルは嫌そうな顔をした。
立て続けに降って沸いてくる苦労ごとに、彼の美しい農灰色の髪と瞳は光を失っている。
ギュンターは輝かんばかりの笑みを浮かべて、シャルロッテの肩に手を回し、前へと押した。
「・・・閣下?」
「彼女を回してください。貴方の部下なのでしょう?」
「・・・・・・勝手にしろ」
「ありがとうございます」
「あ、あの閣下・・・?」
見えないところで進んでいる話にシャルロッテが救いを求めるように、グウェンダルとギュンターを見るが、答えたのはギュンターだった。
「実はコンラートがしばらく旅で留守にするので、後見にあなたを指名したんです」
「え、はい? コンラッドが? 旅?」
「ええ。引き受けてくださいますか?」
ゆったりと微笑まれたシャルロッテはサッと顔を伏せた。
後日血盟城へと向かうことを約束したシャルロッテはヨザックの腹の部分の服をつかんで勢いよく振った。
「なんで、あの閣下はあんなに美形なの!?」
「そりゃ・・。新眞国美形投票かなんかで、一位だったって前に隊長から聞いたような・・・」
「なにそれ!? わたし聞いてない!」
「覚えてないだけだろ・・・」
無理やり彼女の手を外すと、ヨザックは首を回した。コキコキといい音がなるが、どこかやるせない。
ついに彼女までが自分のそばから消えてしまう。
「シャルロッテも王都勤めねぇ・・・」
「閣下の補佐役だってさ。アレ、でもコンラッドって補佐じゃなかったよね?」
「そういやそうだな」
コンラートの後釜にという話だったのに、承諾した話は何故かギュンターの補佐である。
「・・・・・・・ま、いっか」
***
ギュンターヒロインは名前しか決めていなかったので、試作品的に書いて見ました。ギュンはユーリに会う前は、仕事も剣も魔術もできる魔族で、美形ランキング一位だったんだから、多分こんな感じかなぁと。
でも、あそこまで壊れるんだよね・・・。
原作沿いで書くと、ヨザが悲しすぎるからマニメ沿いで行きたいです。
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