「今日は【夫婦】の日だ」
そんな事を言われて、本日がどういう日なのか思い出した彼女は部下として失格なのか、本気で悩んでいた。
カリカリとペン先が紙を引っかく音が響く。時折、思い出したように紙同士の擦れあう音もした。
マルクト帝国軍第三師団師団長であり、マルクト帝国皇帝の懐刀であり、死霊使いとして恐れられているジェイド・カーティス大佐の執務室には部屋の持ち主しかいなかった。
彼一人が、大量に積まれた書類と向き合い、着々とその量を減らしていく。
それは、比較的静かであった一日の終わりがけのこと。
比較的静か。
その言葉が意味するとおり、何度言っても執務を抜け出してくる君主や、仕事詰めの上司である彼を心配してさりげなくお茶の時間を作る部下がいつものよりも静かであったために、彼の周りは閑散としていた。
相変わらず部屋の一角は彼の人の所有区と化してはいるが。
「・・・・・・ふむ」
添削のために俯いていた結果、若干落ちた眼鏡を直し、横髪を書き上げると、独り言が出てしまった。
そんな自分に少し笑い、ジェイドは机に手をついた。
仕事がはかどったのは事実であった。
だが、休憩なしに仕事を続けた体は少しの休憩を要求しているようだった。
若干顔を上げて、壁にかけてある時計を見るとそろそろジェイドの本日の仕事終了の時刻であった。
本日は久しぶりの定時帰宅。
といっても家には誰も待っては居ないのだけれど。
まあ、日頃君主のお守りをしているのだから、早めに帰ったところで面と向かって文句を言う勇気のある人間はこの中に数人しかいないので、さっさと帰る事にしよう。
そう決めたジェイドは未処理の書類を手に、席を立った。
執務室の音素灯を消すことを忘れずに。向かうは部下の執務室。
◆ ◆ ◆
ノックをしても、いつもならばすぐに開く扉が今日は開かなかった。
誰もいないのだろうか。だが、彼女も今日は定時組だが、終了時刻まできっちり残るはずだろう。
「ラシュディ?」
取っ手に手をかけ、力を加えるとそれはあっけなく回り、鍵が掛かっていないことを知らせた。
「はっ、これは大佐。失礼致しました!」
室内に入ると、慌てた様子でこの部屋のもう一人の主が駆け寄ってきた。その人物はジェイドの手元の書類を見るとすぐさま受け取り、片手で敬礼した。
「フォルツォーネ中佐はどこに?」
「は、中佐は先ほど陛下の元へ行かれました。この書類は」
「ああ、君にお任せしよう」
そういうと、彼女は敬礼し真面目な顔で「お疲れ様でした」と告げた。
さすがラシュディの部下だ。と自分の部下でもあるのにジェイドは頭の片隅で感想を述べると、部屋から出た。
陛下の下に呼ばれているのなら、そのまま帰宅するのだろう。
いつもの場所で久しぶりに酒でも。そう思い、ジェイドも帰宅するため、コートを羽織ると軍部を後にした。
城の前の広場を通ると聞きなれた声にジェイドは呼び止められた。
振り返ると、同じ様に、コートを羽織ったラシュディが二人と共に立っていた。
似ているようで全く違う銀色の髪を持つ困った顔をしている軍人と、悪戯が成功したような笑みを浮かべた金色の髪を持つ青年と共に。
思わずジェイドは溜息をつき、手を額に当てた。
「全く、陛下。一体どういうおつもりですか?」
「そんな言い方はないだろう。俺達はお前を待っていてやったんだぞ?」
「勝手に抜け出されては困ります。貴方は参謀総長に説教をされるだけですが、ラシュディとフリングス将軍までその迷惑をこうむるんですよ」
「心配するな。今回はあいつらも丸め込んである」
楽しそうに笑うピオニーの斜め後ろでラシュディとアスランが顔を見合わせて苦笑していた。
「陛下、少し違いますよ。丸め込んだのではなくて、黙認してくださっただけですよ」
「そうです。我々がきっちりとお部屋までお送りすることを条件に、です」
そんな部下の苦労も気にも留めないのか、ピオニーはジェイドの肩を軽く叩いた。
「まあ、細かいことは気にするな。行くぞ」
「はいはい、不本意ながらお供させていただきますよ」
◆ ◆ ◆
連れて行かれた先は、グランコクマでも、指折りのレストラン。
そして、通されたのはVIPルーム。
「一体、どちら様がここの料金を払うんでしょうねぇ?」
くだらないことに税金を使わないで下さい。そう意味を込めてピオニーを見るが、彼はただ笑うだけであった。
部下を見ると、彼女も笑ってけれど首を横に振った。
「ここは、マクガヴァン元帥が抑えてくださったんです」
「俺が、やりたいことを話したら快く応じてくれたぞ」
「・・・元帥もくだらないことに・・・。で、一体何を始めるつもりですか?」
すると、ピオニーは驚いたように眼を見開いた。そして、ラシュディとアスランと顔を見合わせる。
「大佐、今日が何の日か分かりますか?」
「シルフリデーカンの22ですが?」
はあ、と大きな溜息が聞こえた。
呆れた顔をした、ピオニーが無理矢理ジェイドを席に座らせた。
そして、無理矢理ワイングラスを持たせる。
ワインを注ごうとするピオニーの手からアスランがとり、ジェイドへと注ぐ。
「大佐、お誕生日おめでとう御座います」
「お前、ついに自分の誕生日まで忘れたか」
「おめでとう御座います、大佐」
一瞬、眼を見開いたジェイドは、また俯いて溜息をついていた。
「寂しいお前のために、じいさんが大枚はたいたんだ。ありがたくうけとっとけ」
「はいはい、ありがとうございます」
余談ではあるが、嫌がらせのように用意されていた甘いケーキをジェイドは平気な顔をして食し、ピオニーは翌日胸焼けがすると、ラシュディやアスランに零していた。
お誕生日おめでとうございます。
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いい夫婦の日だね、といわれて「ジェイド誕生日じゃん!」と思いだしました。(変な覚え方)
慌てて書いたために、オチもなにもありませんが、ジェイド誕生日おめでとう!(アゲハ蝶で書く時間が足りませんでした!)
またいつか加筆修正します。
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