かなしい文字
パサリ。そんな音に振り返るとそこには若干くたびれた手紙のようなものが床に落ちていた。
アニスは途端に興味を持ち、足速に駆け寄るとしゃがみ込みそれを拾い上げた。
手にした途端にわかる上質ではない、けれど丈夫そうな紙質。僅かだが、水を弾くように譜が刻んであった。
ひっくり返してもそこには何も書かれていない。
「誰の手紙ですの?」
「のわっ! なんだ、ナタリアかー。びっくりしたぁ!」
「あら、ご挨拶ですわね」
ホッと胸を撫で下ろし、振り返ると憮然とした顔を作ったナタリアが腕を組んで立っていた。
「で、誰のですの?」
「んー、名前が書いてないんだよねー私でもナタリアのでもないのなら」
「この部屋はあとティアとラシュディしかおりませんわ」
うーん。二人して首を捻っていると静かな音を立て部屋の扉が開いた。慌てて二人して振り返ると、驚いたティアが立っていた。
「どうかした?」
「ねー、これってティアの?」
アニスから手紙を受け取るとティアは一度ひっくり返し、眺めた。指の腹で表面をなぞる。
「いいえ、私のじゃないわ」
「うーん、なら中佐のってこと?」
「アニス、どこで見つけたの?」
そこ、と指差した床の方に視線をやったティアは「ああ」と頷いた。
すたすたとその場所、ベットの傍へと立ち傍ににあった青い上着を指で触った。
「ここにラシュディの上着があるからそこから落ちたんじゃないかしら」
上着の裾がほつれた為に彼女は予備のを羽織り、裁縫道具を取りに部屋を出ていたのだった。
手紙の持ち主が判明した途端にアニスは興味津々に手紙を眺めた。
「……何が書いてあるんだろう?」
「あ、ちょっと。ダメよ、勝手に見たら」
「そうですわ」
「誰も見る何て言ってないじゃん! ……でも二人は気にならないのぉ? 中佐がこんなによれよれになるまで大事に持ってる手紙」
指でつまみぴらぴらと降れば顔を反らしていた二人の目線はそれに集まり、きまりがわるそうな声を上げる。
「それは……」
「その……」
「ほらほら、白状しなされや」
「面白いことは何も書かれてはいませんよ?」
三人は動きを止めて、扉を見た。
苦笑を浮かべたラシュディが手に裁縫道具を持ち、扉を締めていた。
罰が悪そうに顔を反らす三人の前を通り上着が置いてあったベッドに腰掛ける。
「これ……、ラシュディのかしら」
「はい、私のです。随分と前のもののような気がしますけどね」
「中佐~ごめんなさい」
甘えるように膝をつき、ラシュディのズボンを掴むアニスの頭を軽く叩いた。
「気にしていませんよ。興味が湧くのは当たり前だと思いますし」
上司だったら勝手に見ていただろう。そう思いつつ、まだ視線をアニスが持つ手紙へと向ける三人に笑いが込み上げる。
「気になるんでしょう?」
「え、えへへ……」
アニスの手からそっと抜き出すと躊躇いもなく封筒の封を開ける。
戸惑う三人を気にせずに取り出した便宣に目を通す。
そこには彼女自身の字で、懐かしくも悲しい分が数行だけ書いてあった。
何とも言えぬ思いを抱き、便宣をたたむ。
「見ますか?」
「ぅえ?!」
「ですが、アニスが期待しているような内容でもないですし、見て不快になるかもしれません」
微笑みを浮かべ、便宣を目の前に出せばおずおずとアニスが手を伸ばした。
それが手から離れると、本来の目的であった繕いものを始めた。
顔を見なくても三人の反応は空気を通して伝わった。もとより予想済みであったが。
あの手紙を書いたのは何年前だろうか。考えなくてもわかる。
「中佐、これって……」
「ね、読んでもどうしようもないものでしたでしょう?」
渡されたものを懐へとしまう為に細かく畳んだ。
「ですが、これは……」
「遺書、よね」
ティアの呟きに頷いた。
そしてしまおうとして、ふと手を止める。
何かを探すように視線を部屋中へとやると目当てのものを見つけた。
針を仕舞い、手紙を持って立つと目の前にいた三人が慌てて横へとずれた。
三人は各々のベッドに腰掛ける。
ラシュディは目当てのもの、灰皿とマッチの置いてある机の前に立った。
手紙を指でつまみ、下に灰皿を置く。
カチリ、と時計の針が動いた音がした。そろそろ夕食の時刻だろうか。
そして何の躊躇もなく手紙に火をつけた。
息を呑む音がしたが敢えて聞こえない振りをしてあっという間に燃えた手紙の灰を灰皿へと入れた。
花瓶の水を軽く上にかける。
「燃やしてしまってよかったのですか?」
何もなかった様に繕いを始めたラシュディにおずおずとナタリアが呼びかけた。
「捨てなければと思って、ずっと忘れたままだったんです」
「でも、遺書だなんて…。中佐」
トクナガを腕に抱えてアニスは小さく呟いた。おそらくティアもナタリアも同じ様に思ったのだろう。
「随分と前に書いたものです。……軍属になったときは二国間はもっと険悪だったので…、全員書かされたんです」
「…大佐も?」
「それは知りません。私はまだ大佐の部下ではなかったので」
その昔書いたものが最近戻って来たのだと。ラシュディは苦笑いを浮かべた。
先程から彼女は苦笑いばかりだ。とティアは思った。
「――できました」
ぷつりと鋏で糸を切ると、ラシュディは上着を広げた。
長い時を物語る、少しくたびれた上着。
誇らしげに上着を見つめるラシュディはもう苦笑いではなかった。
「書いていませんよ」
今は。そう付け足すと、予備の上着を脱ぎ、着替えていた。
どこから出てくるのかと思うほどのいろいろなものを詰め替えるその作業をぼんやりと見つめていると、遠慮のないノック音が聞こえた。
一番近かったナタリアが扉を開くころにはラシュディは作業を終え、きっちりと軍服を来ていた。
「夕飯の時間だぜー」
「ありがとうございます、今行きますわ」
「先行ってるから」
のんびりとした足音を立てて去るルークの後ろ姿を見送り、部屋を出る準備をする。
「……いきましょうか」
先に部屋を出たラシュディの姿を見てナタリアは小さく自分に頷いた。
「わたくしは、自国の民にそのようなことを二度とさせたくありませんわ」
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勢いで書いた為にまとまりなし…。(それはいつものこと)
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