その報告は、彼女にとってはただの文字の羅列であった。
「……そう」
書類と共に口答で告げられた言葉にアディシェスはそれだけ返した。
面食らったのはそれを告げた彼等の方であった。
くしゃり、と紙が握り締められる音がした。彼女はただそれを無機質に眺める。
「なんでだよっ、あんたの上司だったんだろ?!」
怒鳴るその姿は、アッシュとよく似ていて、けれど瞳に宿す力は全く違っていた。
そのことがとても愉快だった。
そんな感情が見透かされたのか、マルクトのいけすかない大佐が眼鏡をくい、と指で押し上げた。
「ダメだよ、ルーク。アディシェスはシンクと仲が悪いことで有名なんだから。ね、イオン様?」
「……そう、ですね」
「……けど、俺は」
「ところで」
無理矢理割り込むかのように(実際割り込んだのだが)、アディシェスの苦手な彼は会話を転換させた。
「あなたは、被験者のイオン様と親しかった、と伺いましたが?」
「それが、何か?」
びくりとあからさまに肩を揺らす二人。
そういえば彼もレプリカだったと今更ながらに思ったアディシェスは深く息を吐き、大佐を見上げて笑った。
顔は笑っているが完全に目は据わっている。
「それと、シンクが落ちたこととどういう?」
「いえ、何も関係はありません。ですが、ご存知だったのかと思いまして」
「ジェイド」
咎めるような男性の声に大佐は肩をすくめた。
アディシェスもなんとなく彼が言いたいことは理解していた。
「何故――」
「『何故、レプリカを嫌悪したならば止めなかったのか』ですか?」
「――っ」
「その通りです」
大佐を睨みつけるアニスを見て、何故か微笑みが浮かぶ。憎しみに染まった瞳を細める。
――…そんなの、一つに決まっている。
「『イオン』が望んだからに決まっているじゃない」
「ですが、レプリカ情報を抜けば数日後には」
「それぐらい、何? ……どっちにしてもあの子は苦しんでいたのよ。どっかの誰かが余計なことを吹き込んで……」
ティアの肩が揺れた。
「あの子は世界に、全て絶望して、憎んで消えていったの。私にはどうすることもできない。ただ、望みを叶えただけ」
「アディシェス……」
「『イオン様』が大事なアニスなら、わかるでしょう? ……アリエッタも理解できていたらきっとそうしていた。……でも教えなかったのはあの子の優しさ」
先程の憎しみはどこへ消えたのか、彼女の瞳には慈しみしか浮かんでいなかった。
「…素直じゃなくて、優しくないのに優しい。ぶっきらぼうで、でも暖かい。とてもよく似ているアイツは嫌いだった。何より許せないことが、生きていることを憎んでいたことよ。シンクという名前を持っているのに、卑屈なところが嫌いだった」
そこまで言い切ると、これ以上は言うことはないとでも言うように踵を返した。
後を追うように、背中に流れる銀色の髪が黒い団服の上で跳ねた。
「……ホントだったんだ」
つい数日前に自由にどこにでも行けといわれた。
一割方は信じてはいなかったが、真実であったらしい。
上を見ても無機質な室内の天井しか目に入らない。
「……止めるべきだったのかな」
今となってはあの選択が正しかったかわからない。
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久々の……。最近ブログペットを置いてみて、面白い発言やコメントに笑っています。
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