退屈で窮屈で。責任と重圧に押し潰されそうな毎日。
だからその檻からこっそりと抜け出してみた。
変わり映えのない毎日。上司にこき使われ、仲間と馬鹿なことをして騒ぐ。
そんないつもと同じような夜に、変わった拾い物をした。
春先とはいえ夜風は冷たい。
「また、一日が終わっちまったなぁ……」
スーツのポケットに手を入れ、首をすぼめる。
明日は訪問中の大国の姫君の記者会見が入っている。寝坊すれば上司に何をいわれるやら。
大通に出て、タクシーが通り掛かるのを待つ。
腰掛けようとベンチをよく見るとそこには誰かが寝ていた。
「……酔っ払いか?」
とても気持ちよさそうに寝ている人間は、一見しただけでわかるほど身なりがよかった。
小さく寝返りをうつ姿はとても幸せそうで、けれど時折寝言が聞こえる。
何をいっているのか少し興味を持ち、耳をすませてみた。
「ん……光栄です」
「……は?」
夜の静かな石畳に呆気に取られた彼の声が響いた。
「……ありがとう、光栄です」
繰り返された言葉は寝言にしてはやけにはっきりしていた。
酔っ払いは放っておくに限る。そう結論づけた彼は他人の振りをした。
元から他人ではあるが。
だが、世話好きといわれる彼はやはり見知らぬ女性であっても気になって仕方がなかった。
ごまかすように空を見上げてみたり明日の予定をそらんじてみたりするものの、結局は女性の肩を揺り動かしていた。
「…こんなところで寝るもんじゃないぞ」
「……ん、光栄です」
寝たまま微笑まれる。
「…それはどうも。じゃなくて、起きないと警察に引っ張られるぞ」
「…ありがとう」
「だから、起きろー」
無理矢理肩を掴み、起き上がらせると流石に目を開けた。
「どなたでしたかしら?」
「…初対面です」
「それはどうもご親切に」
ペコリと頭を下げるが、そのまま彼へともたれかかる。
慌てて支え、顔を覗き込むともう目は閉じられていた。
「だから起きろ」
再び揺すると彼女はうっすらと目をもう一度開き微笑んだ。
「若者はもっと世界へと羽ばたくべきです。これからは彼等の活躍に期待したいものですわ」
「……そうだな」
その時、ちょうどよく通りがかったタクシーを呼び止めた。
「じゃあオレは帰るけど娘さんはどこに行くんだい?」
立ち上がると彼女は再び微笑み、そしてつっぷした。
助けを求めてタクシーの運転手をみるが目を反らされた。
深々と息を吐くと白くなり空へと消えた。
「家はどこだい?」
「ん……」
「……しょうがない」
世話好きと言われ、困ったものには手を伸ばさずにはいられない性質の彼はまたため息をつくと女性を抱き抱え、タクシーへと乗り込んだ。
深く眠って起きない女性を不服ながら部屋へとつれていき、ベッドに腰掛けさせる。
肩を揺すると、女性の瞼はゆっくりと上げられた。
「……ここはクローゼットですか?」
一体どこで育ったのか。と疑問に思いつつも、ネクタイを緩めながら彼は苦笑した。
「狭くて悪かったな。ここはオレの部屋だ」
「まあ、それは失礼しました」
そして自分が座っているのを手で探り首を傾げた。
「では、この硬くて小さいのがベッドですわね?」
「……硬くて小さくて悪かったな」
箪笥から新品のパジャマを取り出して女性に持たせる。
「わたくしのガウンはどこに?」
「悪いがそのパジャマで我慢してくれ。オレは少し出るから、そこのベッドを使ってくれて構わないから」
彼の言う事を聞いていないのか彼女はパジャマを見て眠たそうだが目を輝かせていた。
翌朝、寝坊した彼は隣に女性が寝ていることに驚きながら慌てて出社した。
「ガイ、遅い出勤ね」
受付の女性にそう微笑まれ、慌てて編集室の扉を開ける。
「すみません。お探しと聞きましたが」
「おや、ガイ。君が珍しく寝坊ですね」
上司は眼鏡の奥で怪しげな笑みを浮かべた。
そして手元にあった新聞を彼に投げつけた。
難なく受け取った彼はその一面記事を見て驚愕した。
「『ルニア王女急病
訪問中のルニア王女が急病のため全ての予定が中止に。王女は明後日次の訪問国に発つ予定………』ってことは記者会見は」
「よかったですねぇ。寝坊しても問題はなかったですよ。ですが、出社時間から遅れているのでそこのところはお忘れなく」
上司の楽しげな言葉を背中で聞きながらガイは席に座ると呆然と記事を見つめた。
…記事に大きく掲載されている王女の写真を。
そこには昨晩拾った女性が着飾って写っていた。
「……俺、とんでもないものを拾ったのか…!?」
「なんだ? ガイ、猫でも拾ったのかぁ?」
「……いっそ猫の方がよかったな」
とりあえず彼は慌てて早退した。
**
父が某映画を見ていたので私も最初の方のみ見ていました。
ネタを考えているときはすごく面白そうだと思うのに、いざ書いてみると面白くない方が多いようなきがします。
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箪笥で寝返りとか、狭くてパジャマとかネクタイなどを早退しなかった。