藤丸ゆりえ
『お前も視えるのか?』
雨上がりのCDショップで一枚のCDを手に取った時だった。
被写体である人間から目映い光が放たれているのを見つけて思わず見入っていた。羽が光り輝き、人物から光が放たれているように見える。
『“愛故に、”……凄い。何年も前のジャケットなのに未だこんなにも』
眩しい。その呟きにならなかった小さな言葉は誰かの耳に入ったのか後ろに立った誰かに肩を捕まれた。
『お前も視えるのか? 一部の人間から放たれる力が』
『羽が……。貴方は……』
その人物の背中には、ゆりえの手の中にあるCDのジャケットの中にいる人物の背から生える羽と同じものがうっすらとであるが生えていた。
『貴方が……?』
神々しいようで禍々しく、優美でいて粗悪な多種な色を放つ羽がそこにはあった。背後が透けて見えるとても薄いものだったが、これは意図して薄くしてあるものだとゆりえは知っていた。薄いものであっても目を奪われ、ゆりえの意識がそこに集中していく。
目の前の人物は、がたいがよく見るものに威圧感を与える外見をしていた。何かを意図しているとしか思えない髪型や顔の印象を隠すサングラス。誰もがその外見に目を奪われる中、ゆりえはただひたすらに羽だけを見続けていた。
『――か?』
『――――はい?』
何かを問いかけられたが、夢見心地で何も聞いていなかったゆりえは反射的に頷いていた。何かの問いかけだった為に条件反射のようでもあった。
『よし。ならついてこい』
言われた言葉と、握りしめられた手首に気付き、意識が現実に帰ってきたときにはゆりえは見知らぬ場所に居た。
『愛故に、』と大きな額縁が飾られた部屋は高級品で溢れているが素人目にもよく分かった。誰かの執務室であろうことは家具の配置で想像はつく。
誰の執務室なのか、それは考えるまもなくゆりえの前に示された。
『名は?』
『藤丸ゆりえです』
『……単刀直入に言おう。――』
その後のやり取りは今でも鮮明に思い出せる。言われるがままに何枚かの書類に記入を済ませていく。けれど全てを言われるがままに行うことはなく、ゆりえの望む最低のラインは守りながらであったが。
「っとーいうわーけでぃ! リューヤさーん! 今日からユーの部下でーす!」
「アルバイトで入らせて頂きます藤丸ゆりえと申します。精一杯頑張りますので、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します」
困惑の眼差しだけを身に受けながらゆりえは静かに頭を下げた。
たっぷり時間を空けてから頭をあげて、目前に立つ人を見上げる。
とてつもなく背が高く、短く刈り上げたような髪型に眼光は鋭い。
「日向龍也だ。――でだ、社長。俺は何も聞いてないんだが」
「ノンノン怒っちゃヤーですよ。日頃から補佐が欲しいと言ってたのはリュウヤさーんです。そこでー、ミーが! 相応しい人をつれてきたのでーす! 仲良くしてネ」
立てた指を顔の前で素早く振ると、彼は短い言葉を叫び突如部屋中に現れた煙幕に体を溶かして姿を消していた。
呆気に取られたゆりえと龍也を部屋に取り残したまま。
「あー……で、とりあえず履歴書か何かあるか?」
「はい。ここにあります」
龍也に促され、ゆりえは応接セットのソファに腰掛けると手元のファイルから履歴書を机の上に乗せ、龍也に向ける。
履歴書を手に取りゆりえを一瞥しながら目を通していく。
「藤丸ゆりえ……大学三年、いや四年か」
「はい」
「うちの社長とはどこで?」
「先程駅前のCDショップで」
龍也は履歴書から顔を上げてゆりえの顔をまじまじと眺める。何か聞き間違えたのように再び履歴書へと視線を落とす。
「……CDショップって言ったか?」
「はい。シャイニング早乙女さんのCDを手に取っていたら声をかけて頂いて、気付いたらこちらに」
「……あんのバカ社長め……!」
心なしか履歴書に皺が寄った。
幾ばくかの呼吸をおいて龍也は元の落ち着きを取り戻すと履歴書を机の上に放った。数枚が放射状を描いて広がる。
「……社長命令だ。俺にもアンタにも拒否権はない。ここは芸能事務所だ。そのことは?」
「はい。社長さんともお話しました」
「……まあ、俺の補佐として仕事を覚えてもらいながら色々と教えていく。補佐が欲しいと言ったのは俺だが、なにも用意していないんだ、悪いな」
組んだ足の上に立てた肘についた険しげな顔からは心遣いが覗いていて、ゆりえはそっと首を振った。
「こちらこそ、突然押し掛ける形になってしまいご迷惑をおかけしました。ただ、雇用契約を結んだ以上、不要と言われないよう精一杯勤めさせて頂きたいので、ご指導をお願い致します」
「……ああ。一人前にしてやる。しっかりついてこい」
しっかりと握り締めた手からは互いの熱意が伝わるようであった。
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シャイニング事務所に勤めることになったきっかけ編でした。
オチが見つからず迷走していました
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