デフォルト名:藤丸 ゆりえ
木々を揺らす風は、冷たくもありながらどこか優しさを感じさせる。満開に咲き誇る薄紅色の並木をそんな風が吹き抜けていく。
突然の風の悪戯に思い思いに会話をしていた制服姿の者達は会話を止め空を見上げる。
「いい天気!」
こじゃれたスーツに身を包んだ藤丸ゆりえも同じように空を見上げる。
早めの開花に、保たないかとはらはらしていたが、制服姿の彼らの華々しい始まりの日に間に合って胸をなで下ろしていた。
「ゆりえちゃーん!」
「林檎さん」
振り返った先には華やかなスーツに身を包んだ月宮林檎が大げさな動作で手を振っていた。彼、月宮林檎は、男性ではあるが、女装アイドルとして名を馳せており、ーー自分よりも余程女性らしいとゆりえは常々思っているーー彼が身を包むのはパンツスーツではなく、スカートとスーツの組み合わせである。 林檎はゆりえの勤めるシャイニング事務所の売れっ子アイドルの一人であり、同時に本日入学式が執り行われる早乙女学園の教師の一人でもある。年の頃はゆりえと同じであるが社会人としても事務所の人間としても先輩である。
「龍也が探してたわよ~。またシャイニーが無茶苦茶言い出したのかしら?」
「分かりました、日向さんですね。林檎さんは式まではお手透きですか?」
「任せて! 誰一人として遅刻させないから!」
ゆりえはシャイニング事務所の社員であるが、アイドルやマネージャーなどではなく、ただの事務職である。しかし、事務所の人間はアイドルなどの忙しい者が多いためゆりえのような純粋な事務員は貴重な雑用係として学園の雑務にも引っ張り出されるのである。
雨の日のCDショップで社長であるシャイニング早乙女に事務員としてスカウトされ、事務所にアルバイトとして転がり込みそのまま正社員として働き始め一年程。今ではアイドルであり、取締役でもある日向龍也のマネージャーのような補佐のような位置にいた。
社長の思い付きに毎度振り回される龍也のサポートとして走り回っていたらいつの間にか定着してしまった役割でもある。
「日向さん、お呼びと聞きましたが」
「ああ、ゆりえか。悪りぃな、また社長が無茶苦茶言い出してな……。」
入学式の為臨時でもうけられた特設事務所に向かうと書類の山に囲まれながら険しい顔をした龍也に声をかける。
「いえ、林檎さんが変わってくださいましたので。で今回は何を?」
「ダイビングで登場するそうだ。ヘリは手配済みでもう間もなく離陸するそうだ」
「……講堂も開放する時間ですね……」
「講堂の構造には言及しないとして、俺は式の構成変更に手一杯でな……」
常に冷静沈着でどんな難題をもこなしてきた龍也といえども社長の破天荒振りには毎度頭を悩ませているようだった。しかし、社長が思いついてしまったことは仕方がない。ゆりえが動ける範囲で龍也の負担を減らすのみである。
「では、私は講堂の席割りを変更して、開放時間をずらします。手の空いている人総出で行えば開式時間は間に合うはずです。社長の挨拶はサプライズで入りますとだけ来賓に伝えておきますね。皆さんご存じですし」
「そうだな。スカイダイビングして登場ならタイミングが完璧には分からん。天井かどっかが開くだろうからそれを合図にすっか」
「あとヘリの同乗の方に目安にしてもらいたいタイムテーブルだけ連絡できるように手配しておきますね」
「ああ、任せた」
眉間のしわが和らいだ龍也の声にゆりえは満面の笑みで頷き、携帯を手に取ると踵を返した。
シャイニング早乙女が社長を務めるシャイニング事務所の年度始めの一大イベント、早乙女学園の入学式は波乱と共に幕を開けた。
「さーて、やるぞ!」
駆け出しながら拳を掲げると、通りがかった他の事務所の人間が呼応するように次々と拳を振り上げ、ゆりえを見送った。
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更新再開詐欺のお詫びというか、こんなノリでうたペンはやっていこうかなと思っております。
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