この青空の下に自分の居場所がある
猛暑により、夏バテした官吏がバタバタと手折れ外朝は人手不足に喘いでいた。
そんな中、人事を司る吏部の侍郎であり今上帝の補佐官でもある李絳攸は今後無理矢理通す法案への布石として紅秀麗を侍童として外朝、戸部へと派遣した。
紅秀麗、もとい『紅秀』の提案により、魔の戸部では昼時過ぎに休憩と称して茶の時間を設けることになった。
そして魔の戸部の尚書である黄戸部尚書は瑠川有紀の義家族である。(養い親のような義理の父のような義理の兄のような)
今現在有紀は後宮の女官として今上帝に仕えていた。
のだが、彼が休憩をとると聞き付け主上の許しを得て休憩時に戸部へと訪う様になっていた。
「…え、私ですか?」
「そうそう。有紀さんだったら何に使いますか?」
そんな時黄戸部尚書(黄奇人)が余った予算についての使い方について秀麗に訪ねたのだが、隣に居た有紀が聞かれなかった為秀麗が尋ねたのだった。
「そうね、理想論だけど……」
視線で黄奇人――黄鳳珠――で尋ねると彼は頷いた。
「まず国営の学校―学舎を作りますね」
「学舎?」
「ええ。まず5歳くらいから10歳くらいまでの子どもを通わせるところと、18歳までのところ」
「二種類に分けるのですか?」
魔の戸部の癒し系景侍朗が首を傾げると有紀は頷き、この世界に来てからずっと考えていたことを話し始めた。
彩雲国には公立私立問わず学校というものが存在しなかった。
「小さな子が通うものを小学、もう一つを上学としますね。小学では読み書き、簡単な歴史や礼儀作法、勉強――一般教養を教えて上学ではそれらを高度にしたものを教えます。勿論身分の区別なしでね。勿論国が運営して、貧しい人には補償金を、貴族には授業料を払ってもらいます。それで小学に通うこと、通わせる事を義務化します。そうすれば国民の質が向上でき、国試、州試に受かる庶民が増えます」
「……義務化したところで貴族は通わせるのを拒否するだろう。庶民は働き頭の子どもを手放すわけにはいかん」
「貴族は彩七家が全面協力してくれれば成り立ちます」
「あー、貴族の奴ら見栄っ張りだもんなー。確かに彩七家が使うなら便乗するかもな」
「それに上学の他に専門職を学べる学舎もあれば、職人達の閉鎖的弊害が防げて全面的に技術進歩が望めると思うんです。上学の成績優秀者には優先的に国試、州試を受けさせれば合格者も増えるでしょうね」
まだ言い足りない部分もあるが有紀はそこで口をつぐみ、苦笑した。
「ですが現在では無理な事はわかっています。人材不足に彩七家がのらないこと、法の整備も必要ですし……」
「予算が足りんな」
仮面のせいで声がくぐもっているが鳳珠が頷いた。
「これは理想論です。現実的に早くできそうなのは、専門職人達を掌握して技術革新を狙うことと……全く別の事ですが、国試や州試の内容見直しですね」
詩歌がいくらできても仕事ができなくては意味がないのである。
そこまで言わなくとも伝わったのがわかった為に、有紀は持ってきた茶団子(自家製)を各々に配った。
**
原作ネタから。「青空~」はちょっと気が滅入りそうなのでこっちを。
私だったらどう答えるのかというのを勢いのみで書いたので意味不明です。
でも彩雲国には学校がないんですよねー。だからやっぱり提案するなら学校です。
勢いなので情景描写が泣きに等しいです。
[5回]
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瑠川有紀は特にこれといった特徴のある人間ではなかった。否、あったのかもしれなかったが本人はあまり気付いていないので、ないと言っても支障はなかった。
そんな彼女は18になった高校三年生の初冬に大学合格を果たした。
真面目に通い、真面目に過ごした結果の中の中というレベルの高校で上の中という成績を納め推薦を取り、合格を果たしたのだった。
そんな矢先、彼女は帰り道の階段から落下。
気がつくと体が縮んでいた。名探偵さながらの激体験であった。
手を伸ばし、起きあがると体に違和感を感じた。
髪をかきあげようと額へと伸ばした手が視界に入り、手を目前にやったまま彼女は硬直した。
記憶に新しい有紀の手は身長の割に小さいのが悩みの種であった。
その手がいつの間にか若干小さくなっていた。よくよく見てみると腕も短いような。
「…なんで……っ?!」
思わず声にだすと更に衝撃は続く。声が明らかに高くなっている。
手でペタペタと顔を触ってみるが生憎と全くわからない。
鏡がないかと胸ポケットがあった辺りを探ってみるが何もなかった。その時ようやく自分が見覚えのない服を着て見知らぬ部屋に居ることに気付いた有紀であった。
呆然としたまま部屋を見渡す。わかったことは随分と外国趣味なのだろうということだけであった。
置いてある箪笥や卓子は素人目でも趣味のよいものであり明らかに和風ではない。床や壁も品のよい雰囲気である。
「……ここ、どこ?」
聞こえるのは違和感を覚える若干高い声ではあるが有紀は呟かずにはいられなかった。着ている服は昔の人が着ていた単(ひとえ)に似ているような似ていないような服だった。
「目が覚めたか」
聞こえてきた声に有紀は思わずビシリと硬直した。セリフにではない。あまりにも美し過ぎる声に、だ。
若さを思わせる低過ぎず高すぎない程よい音程。言われたこと全てに従ってしまいたくなる程の美声というのを有紀は生まれて初めて聞いたのだった。
「どこか不都合な点でもあったか?」
そして部屋に入ってきた人間の顔を見て更に驚愕した。
陶器の様に白く滑らかな肌。計算されたように有り得ない程調った顔立ち。そして肩でなびく美しい黒髪はサラサラなのがよくわかり艶めかしかった。
まさに「絵にも描けない美しさ」であった。これがあの声の持ち主。
その顔を見て硬直し、更におとぎ話の歌の一節が脳裏を過ぎるも有紀は慌てて首を横に振った。
何がなんだかよくわからないが階段から落ちたことは覚えているので恐らく助けてくれた人なのだろう。そんな人を目の前に茫然自失となるのは礼儀に反する。
「い、いえ…!」
何と返せばいいのかわからない有紀は寝ていた寝台の傍の椅子に腰掛けたその人をじっと見た。
あまりの美しさに女性かと思うがガッシリとした体つきや声から察するに男だった。
そして彼は無表情を一転、驚いたように有紀を見た。
「道端で倒れていたので私が連れ帰ったのだが、どこか体で痛い所があれば教えてほしい」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
お礼を言ったが相手の名前を知らなかった。そして自分も名乗っていないことに気付いた有紀は慌てて頭を下げた。
「私は瑠川有紀といいます。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
そして彼は驚きの表情から更に難しい顔へと変えた。美形は何をしても様になる。
「私は黄鳳珠だ」
そこで改めて有紀は黄鳳珠の服装を見た。
全くもって見覚えのない服で、中華風ともとれなくはない形。
なんとなく「国に一体の神獣が一人の王を選ぶ」話の中の服装に似ている。
そうか、中華風ファンタジーだ。
内心テンパっている有紀を見ながら鳳珠は寝台の脇に畳んでおいてある有紀が着ていた奇妙な服に目をやった。
「見慣れぬ形の大き過ぎる服を着ていたが、あれは一体どこの服装だ? しかも二色もの準禁色を使っている」
鳳珠の視線の先に制服が置いてあるのを見て有紀はほっとしながら「学校の制服です」と答えながら、先程の鳳珠の言葉に聞き慣れない言葉があることに気付き凍りついた。
「……準禁色、ですか?……紫とか?」
昔は日本も紫等の高貴な色は禁色であった。
だが鳳珠は少し首を傾げ、一瞬の後に首を振った。
「紫は禁色だ。準禁色というのは『藍』『紅』『黄』『碧』『黒』『白』『茶』の七色だ。……まさか、知らないのか?」
彼の様子から察するに一般常識らしい。
ようやく準禁色というのがブラウスとブレザーの白と紺色を指していることがわかった。
そんなことを言われても、そんな色は今日本では大量に使われている。
恐らく日本ではないのだろう。けれど日本語が通じている。
異世界だろうと何だろうと言葉が通じるのだから意志疎通は可能だろう。
現に今、有紀と鳳珠は掠れあいながら会話が成立している。
女は度胸だ! 有紀はそう心で叫び、腹を括った。
「私は日本から来ました。この国の名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「……ここは彩雲国。王都貴陽にある彩七区のうち黄東区だ」
冬休みを目前にして瑠川有紀は漫画や小説によくある異世界トリップというものを経験してしまった。
季節は初冬。
木の葉が緑から紅や黄に染まり、散っていった後。そろそろ雪が舞い始める時であった。
自分のことを洗いざらい鳳珠に告白し、気の毒に思われた彼に引き取ってもらうことになるとはその時の有紀には思いもよらなかったのだった。
**
絵にも描けない美しさってどんなんでしょうねー。
ちなみに数年後。彼はやけくそになり、仮面をつけ始めるのです。
[1回]
デフォルト名:瑠川有紀
最後に目前に映ったのは広大に広がる青空だった。
見上げれば、電柱や家屋の屋根に阻まれて狭い青空がこんなに広いとは彼女は知らなかったので、自分を襲った事象を一瞬だけでも忘れる威力がそこにはあった。
固く握り締められた片手の内にはわがままを言って買ってもらった皮の鞄。たとえ重たくても、決して離さない様に手に力を込める。
耳に届く、甲高い悲鳴は他人事にしか聞こえなくて、有紀はそっと意識を手放した。
**
その日、黄鳳珠は珍しく軒(くるま)を使わずに黄家別邸への帰り道を歩いていた。
さらさらと風に攫われる艶めかしい黒髪の間からは憮然たる面持ちが覗いていた。
すれ違う人は、そんな彼に眼を奪われ、行動不能に陥っているのだがそんなことは彼には知ったことではない。
心のうちに宿るのはあの天上天下唯我独尊男の不愉快きわまりない行動と、無能上司の数々の所業。
思い出すだけで腹がたってくるのだが、さすが彩七家出身だけあり、腹のうちがどんなに煮え繰り返っていようと、それが思い切り顔に出ていようと足裁きや身のこなしは優雅であった。
そんな黄鳳珠は意外や意外、気功の達人であり人の気配には敏感であった。
そして住宅街の隙間から一瞬だけ不思議な気配を感じて足を止めた。
気にするにはあまりにも小さすぎる一瞬の出来事。
例えるならば、部屋の蔵書の中に突然一冊の違う本が現れたような違和感。本が増えるならばやはり気にするべきなのだが。
一瞬の逡巡の後、鳳珠は気まぐれに住宅街の隙間に入り込んだ。
そこにいたのは見たこともないへんてこりんなものであった。
準禁色である藍色に近い黒の上着や準禁色である白い服。それらは鳳珠が全く見たこともないような意匠であり、何よりその服らしきものに包まっていたのは服と全く大きさのあわない子供だった。
大きすぎる服に包まった子供(恐らく女児)が道端に倒れていた。
思わず近くに膝をつき、少女の首元に長く美しい指を添える。指先に伝わる温かさと脈動にホッと息をつく。とりあえずは生きているらしい。
伏せられている瞼から覗く瞳の色は分からないが、その顔を覆っているのは少し哀れに思うほど短い髪でそれは艶々と美しい黒髪であった。
鳳珠は一瞬の逡巡の後、肩にかけてあった上着を脱ぎ少女を包んだ。そして、幼子を抱き上げるようにして腕に抱え、立ち上がった。
その時、ドサリと何かが落ちる音がした。
やけに重そうな音で、鳳珠はついと視線を下に向けた。そこには茶色の大分使い込んでありそうな不思議な形をしたものが落ちていた。
「・・・・・・この娘のものか」
不思議な形つながりで鳳珠は軽く屈んでそれも持つと、その場から立ち去った。
黄家別邸では歳若い主人が見慣れぬ少女を拾ってきたことに困惑しつつも、よく分からないままに腕を振るい少女を迎え入れた。
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[3回]