デフォルト名:瑠川有紀
最後に目前に映ったのは広大に広がる青空だった。
見上げれば、電柱や家屋の屋根に阻まれて狭い青空がこんなに広いとは彼女は知らなかったので、自分を襲った事象を一瞬だけでも忘れる威力がそこにはあった。
固く握り締められた片手の内にはわがままを言って買ってもらった皮の鞄。たとえ重たくても、決して離さない様に手に力を込める。
耳に届く、甲高い悲鳴は他人事にしか聞こえなくて、有紀はそっと意識を手放した。
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その日、黄鳳珠は珍しく軒(くるま)を使わずに黄家別邸への帰り道を歩いていた。
さらさらと風に攫われる艶めかしい黒髪の間からは憮然たる面持ちが覗いていた。
すれ違う人は、そんな彼に眼を奪われ、行動不能に陥っているのだがそんなことは彼には知ったことではない。
心のうちに宿るのはあの天上天下唯我独尊男の不愉快きわまりない行動と、無能上司の数々の所業。
思い出すだけで腹がたってくるのだが、さすが彩七家出身だけあり、腹のうちがどんなに煮え繰り返っていようと、それが思い切り顔に出ていようと足裁きや身のこなしは優雅であった。
そんな黄鳳珠は意外や意外、気功の達人であり人の気配には敏感であった。
そして住宅街の隙間から一瞬だけ不思議な気配を感じて足を止めた。
気にするにはあまりにも小さすぎる一瞬の出来事。
例えるならば、部屋の蔵書の中に突然一冊の違う本が現れたような違和感。本が増えるならばやはり気にするべきなのだが。
一瞬の逡巡の後、鳳珠は気まぐれに住宅街の隙間に入り込んだ。
そこにいたのは見たこともないへんてこりんなものであった。
準禁色である藍色に近い黒の上着や準禁色である白い服。それらは鳳珠が全く見たこともないような意匠であり、何よりその服らしきものに包まっていたのは服と全く大きさのあわない子供だった。
大きすぎる服に包まった子供(恐らく女児)が道端に倒れていた。
思わず近くに膝をつき、少女の首元に長く美しい指を添える。指先に伝わる温かさと脈動にホッと息をつく。とりあえずは生きているらしい。
伏せられている瞼から覗く瞳の色は分からないが、その顔を覆っているのは少し哀れに思うほど短い髪でそれは艶々と美しい黒髪であった。
鳳珠は一瞬の逡巡の後、肩にかけてあった上着を脱ぎ少女を包んだ。そして、幼子を抱き上げるようにして腕に抱え、立ち上がった。
その時、ドサリと何かが落ちる音がした。
やけに重そうな音で、鳳珠はついと視線を下に向けた。そこには茶色の大分使い込んでありそうな不思議な形をしたものが落ちていた。
「・・・・・・この娘のものか」
不思議な形つながりで鳳珠は軽く屈んでそれも持つと、その場から立ち去った。
黄家別邸では歳若い主人が見慣れぬ少女を拾ってきたことに困惑しつつも、よく分からないままに腕を振るい少女を迎え入れた。
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[3回]
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そしてここへサリの幼子とか逡巡したの?
そしてここまで屋根とか蔵書すればよかった?