瑠川有紀は特にこれといった特徴のある人間ではなかった。否、あったのかもしれなかったが本人はあまり気付いていないので、ないと言っても支障はなかった。
そんな彼女は18になった高校三年生の初冬に大学合格を果たした。
真面目に通い、真面目に過ごした結果の中の中というレベルの高校で上の中という成績を納め推薦を取り、合格を果たしたのだった。
そんな矢先、彼女は帰り道の階段から落下。
気がつくと体が縮んでいた。名探偵さながらの激体験であった。
手を伸ばし、起きあがると体に違和感を感じた。
髪をかきあげようと額へと伸ばした手が視界に入り、手を目前にやったまま彼女は硬直した。
記憶に新しい有紀の手は身長の割に小さいのが悩みの種であった。
その手がいつの間にか若干小さくなっていた。よくよく見てみると腕も短いような。
「…なんで……っ?!」
思わず声にだすと更に衝撃は続く。声が明らかに高くなっている。
手でペタペタと顔を触ってみるが生憎と全くわからない。
鏡がないかと胸ポケットがあった辺りを探ってみるが何もなかった。その時ようやく自分が見覚えのない服を着て見知らぬ部屋に居ることに気付いた有紀であった。
呆然としたまま部屋を見渡す。わかったことは随分と外国趣味なのだろうということだけであった。
置いてある箪笥や卓子は素人目でも趣味のよいものであり明らかに和風ではない。床や壁も品のよい雰囲気である。
「……ここ、どこ?」
聞こえるのは違和感を覚える若干高い声ではあるが有紀は呟かずにはいられなかった。着ている服は昔の人が着ていた単(ひとえ)に似ているような似ていないような服だった。
「目が覚めたか」
聞こえてきた声に有紀は思わずビシリと硬直した。セリフにではない。あまりにも美し過ぎる声に、だ。
若さを思わせる低過ぎず高すぎない程よい音程。言われたこと全てに従ってしまいたくなる程の美声というのを有紀は生まれて初めて聞いたのだった。
「どこか不都合な点でもあったか?」
そして部屋に入ってきた人間の顔を見て更に驚愕した。
陶器の様に白く滑らかな肌。計算されたように有り得ない程調った顔立ち。そして肩でなびく美しい黒髪はサラサラなのがよくわかり艶めかしかった。
まさに「絵にも描けない美しさ」であった。これがあの声の持ち主。
その顔を見て硬直し、更におとぎ話の歌の一節が脳裏を過ぎるも有紀は慌てて首を横に振った。
何がなんだかよくわからないが階段から落ちたことは覚えているので恐らく助けてくれた人なのだろう。そんな人を目の前に茫然自失となるのは礼儀に反する。
「い、いえ…!」
何と返せばいいのかわからない有紀は寝ていた寝台の傍の椅子に腰掛けたその人をじっと見た。
あまりの美しさに女性かと思うがガッシリとした体つきや声から察するに男だった。
そして彼は無表情を一転、驚いたように有紀を見た。
「道端で倒れていたので私が連れ帰ったのだが、どこか体で痛い所があれば教えてほしい」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
お礼を言ったが相手の名前を知らなかった。そして自分も名乗っていないことに気付いた有紀は慌てて頭を下げた。
「私は瑠川有紀といいます。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
そして彼は驚きの表情から更に難しい顔へと変えた。美形は何をしても様になる。
「私は黄鳳珠だ」
そこで改めて有紀は黄鳳珠の服装を見た。
全くもって見覚えのない服で、中華風ともとれなくはない形。
なんとなく「国に一体の神獣が一人の王を選ぶ」話の中の服装に似ている。
そうか、中華風ファンタジーだ。
内心テンパっている有紀を見ながら鳳珠は寝台の脇に畳んでおいてある有紀が着ていた奇妙な服に目をやった。
「見慣れぬ形の大き過ぎる服を着ていたが、あれは一体どこの服装だ? しかも二色もの準禁色を使っている」
鳳珠の視線の先に制服が置いてあるのを見て有紀はほっとしながら「学校の制服です」と答えながら、先程の鳳珠の言葉に聞き慣れない言葉があることに気付き凍りついた。
「……準禁色、ですか?……紫とか?」
昔は日本も紫等の高貴な色は禁色であった。
だが鳳珠は少し首を傾げ、一瞬の後に首を振った。
「紫は禁色だ。準禁色というのは『藍』『紅』『黄』『碧』『黒』『白』『茶』の七色だ。……まさか、知らないのか?」
彼の様子から察するに一般常識らしい。
ようやく準禁色というのがブラウスとブレザーの白と紺色を指していることがわかった。
そんなことを言われても、そんな色は今日本では大量に使われている。
恐らく日本ではないのだろう。けれど日本語が通じている。
異世界だろうと何だろうと言葉が通じるのだから意志疎通は可能だろう。
現に今、有紀と鳳珠は掠れあいながら会話が成立している。
女は度胸だ! 有紀はそう心で叫び、腹を括った。
「私は日本から来ました。この国の名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「……ここは彩雲国。王都貴陽にある彩七区のうち黄東区だ」
冬休みを目前にして瑠川有紀は漫画や小説によくある異世界トリップというものを経験してしまった。
季節は初冬。
木の葉が緑から紅や黄に染まり、散っていった後。そろそろ雪が舞い始める時であった。
自分のことを洗いざらい鳳珠に告白し、気の毒に思われた彼に引き取ってもらうことになるとはその時の有紀には思いもよらなかったのだった。
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絵にも描けない美しさってどんなんでしょうねー。
ちなみに数年後。彼はやけくそになり、仮面をつけ始めるのです。
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