1.うたかた
ずっと変わらないと信じていたかった穏やかな日常。けれどいつかは崩壊を迎えるのだと理解はしていた。その日が来たとき少女はあっさりとその事実を受け入れたのだから。
早朝特有の頬を刺激するピリピリとした風を無抵抗で受けた少女はすべての混沌を写し取ったかのような深い灰色の瞳で徐々に燃えゆく東の空を睨み見た。
青灰色の空は朝日に浸食され次第に少女の燃えるように紅い髪と同じように染まっていく。
太陽がでるまで見届けるかと思われた少女はしかし太陽が半分まで顔を出した時点でそれらに背を向けた。
「アディシェス、新しい家族だよ。ご挨拶なさい」
その柔和な微笑と共に紹介された少年は彼女が今までに見てきたどんな人間よりも鮮やかな色を放つ髪を持っていた。
けれど瞳は、生命を象徴する色とは相反する無気力を宿していた。
「イオンというんだ。君が任につく時は私ではなくてこの子を守るんだよ」
イヤです。不意に口をついて出そうになった言葉を飲み込み、アディシェスは堅い表情で小さく頷いた。
その仕草を満足げに見た彼は優しい微笑を浮かべてアディシェスの頭をそっと叩いた。
「いい子だね君は」
さすが私の義娘だよ。
言葉にされなくてもこの人が言わんとすることはアディシェスにはわかるのだ。
「じゃあ私はちょっと出かけてくるからイオンの面倒をみていてくれるかい?」
「……はい、エベノス様」
行かないで。その言葉は音になることはなかった。けれどそれは彼には伝わったのか少し困った表情を浮かべて静かに腰を落とすとアディシェスをそっと抱きしめた。
「せめて教団の皆がいないときぐらいは『父さん』と呼んでほしいな」
じゃあ、行ってきます。その言葉と共に彼は部屋を出ていった。
けれど次に会うときにはこのささやかな距離でさえ許されなくなるのだろう。
アディシェスの存在が気に入らない者は教団にはごまんと居るのだ。アディシェスを庇護するのはエベノスただ一人だけ。
その彼は教団を背負って立つたった一人の存在。そして彼はこれからアディシェスに構う暇などなくなるのだ。これを機にアディシェスは彼から引き離される。おそらく今終わった時が彼と近くで触れあえた最期だった。
連れてこられた幼い少年を見れば答えは一目瞭然だ。
彼――イオンが次期導師であり、エベノスはこれから彼の指導に入る。
それがわかっていながらもアディシェスにはあのような態度しかとれなかった。
取れなかったのではない。あのような態度しか取り方がわからなかった。
夢幻の泡に包まれた日常は、弾けて消えた。
(失われる10のお題)
教団主で連作です。過去編…というか。ねつ造です(きっぱり)
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