長い年月を経て、京に伝わる龍神の神子は白龍の神子と呼ばれ、対の神子は黒龍の神子と呼ばれた。
白龍の神子は、封印を司り、黒龍の神子は鎮めを司るらしい。
華織は龍神に関する書物を弁慶に返すべく六条堀川を訪ねていた。ついこの間まで木曽の残党が居るから出歩くなと止められていたために返すのが遅くなってしまった。ついでに新たに何かを借りる算段でもあるが。
訪ねた邸には尋ね人は居らず邸の主になる源九郎義経が居た。弁慶が秘密の小部屋から九郎の賜った堀川の邸に物を移すときに会ったのだが華織の知る“源義経”とは全く違った。
「弁慶ならまだしばらくかかるぞ」
「そうですか……」
書物を胸に抱え直すと華織は困ったように笑う。
ならばこの書物を九郎に預けてぶらぶら出歩こうかと思うがこの九郎に話せば駄目だと即座に言われてしまう。
「どうした?」
困った顔をしたまま虚空を見続ける華織に不安を思ったのか九郎が華織の目をのぞき込む。
「いえ、なら弁慶殿が戻るまでこの書物を九郎殿に預けてちょっと桜を見に行きたいなと」
「なっ、女人の一人歩きは危険だと前にも」
「って言われるのでどうしようかと思いまして」
へらりと笑うと九郎は恥ずかしそうに咳をすると決まり悪そうに目を逸らした。
「……ならば、弁慶が戻るまで邸で待てばいい」
「いいんですか?」
それなら延々と悩まなくても済む。そう思った時背後に気配を感じ肩にそっと手を置かれた。
「おや九郎が女人を邸にあげるなんて珍しい」
「……帰ってくるならばもっと早く戻れ」
「おやおや」
振り返ると華織の探し人である武蔵坊弁慶がいつもの読めない微笑を浮かべて立っていた。さりげなく置かれた手をさりげなく振り払う。
「華織さんお久しぶりですね」
「お久しぶりです弁慶殿。早く他の書物を読みたかったので来てしまいました」
「連れない人だ。僕に会いたくて来てくださったわけではないんですね……」
「弁慶殿に合わないと書物を貸していただけませんから」
軽く笑むと弁慶は艶やかに笑うと色素の薄い前髪をきれいな指先でそっと払った。
「そういえば望美さん達が京を散策に出たそうですよ?」
「何?誰か供はついているのか?」
「朔殿が断ったそうです。この辺りはもう大丈夫ですよ、九郎」
勝手に華織を置いて始まった話に退屈を弄びながら高い空を見上げる。
清めたはずの京の町並み。けれど歳月は無常にもあの時の痕跡を消していく。
「……おや」
弁慶がおもしろそうに笑う気配がした。ああ、ろくなことがないに違いない。そう華織が思った瞬間。
「っ華織!!」
懐かしい声に名前を呼ばれた。
振り返ると薄桃色の柔らかい髪を風に舞わせ、優しげな瞳は歓喜に濡れ、見慣れぬ陣羽織をスカートの上に着ている幼なじみが華織に向かってかけだしていた。
長年の習慣が染み着いている華織の体は何年ものブランクを物ともせずにそっと両腕を広げて飛びついてきた幼なじみを受け止めた。
「望美、久しぶり」
淡く微笑むと大切な幼なじみは可愛らしくて抱き止める腕に力がこもる。
「よかった!華織にも会えてっ」
泣き笑いに近い笑みを浮かべる望美に華織はやはり自分から会いに行くべきだったかという考えが脳裏をよぎった。
「とりあえずお二人とも、邸に入りませんか?」
弁慶の声に二人でうなずくと華織の腰あたりに軽い衝撃が当たり、驚いて下を見た。
「会えた」
そこには満面の笑みを浮かべた白い子供がいた。
弁慶の言葉と九郎の好意により邸にあがらせてもらった華織と望美達。望美の後ろには幼なじみの譲も居て、望美の対である黒龍の神子である梶原朔もいた。
自己紹介をすませると望美は強い瞳で九郎を見つめた。
「私も戦います」
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「始まりの35題」(追憶の苑)
お久しぶりです。小ネタ日記再開です。
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