ふと、北風が吹く季節になったのだと気がついた。
熱さを孕んだ風は形を潜め、肌寒さを感じさせる冷たい風が吹き下りる。
食卓に並ぶものは湯気が立ち上るものが増え、羽織る服装もだんだんと分厚いものに変わっていく。
そろそろ毛糸で暖かな防寒具を編んでもいい頃合いだろう。
そこまで思い至りそういえば、と有紀は記憶の引き出しを引っ張り出した。
随分前に旅先で購入したものがどこかにあった気がする。
読みかけの本を机に置いて有紀はがさがさと部屋を探し始めた。瞬く間に家人が飛んできて、共に捜索を開始した。
「なんだ、絳攸。その布っきれは」
珍しく自邸で迷子になっていない義息を見つけた黎深はその腕にかかっているものを見て目を潜めた。
そもそも今日は朝からどこかに出ていた気がしたが、そこで買ってきたのだろうか。
「れ、黎深様。今日は百合姫様はどちらに……?」
「百合か? どこかの室にいるだろう」
その返答に絳攸はあからさまにホッとしたようだった。その様子に眉根を寄せる。
何か面白くない。
「で、そのちんけな布はどうしたというんだ絳攸」
「あ、ええ。その…有紀に会ってきたのですが」
「知っている。其れがなんだ」
どう言ったものかと悩んで絳攸が言葉に詰まる。
そもそもなぜ自分の行動を把握しているのか。いや、それは黎深だから置いておくとして。
素直に言ったとしてもこの方に通じるだろうかと。
あからさまにいらいらし始めた黎深にびくつきながら絳攸は心の中で幼なじみに助けを求めた。
(だから自分で渡してくれと言っただろう!!)
「何やってんの? 廊下で立ってると寒いでしょう」
痺れを切らした黎深がそっぽを向いたその瞬間に、百合姫が天の助けとばかりに現れた。
自分が居る室内に招く仕草をする百合に素直に従う黎深を見送り、絳攸はほっと息を吐いた。
「絳攸、それなんだい?」
「あ、有紀に今日渡されたんです。『これから寒くなるから、よければ』と。百合姫様と黎深様の分も預かってきました」
「わ、膝掛けだね。黎深。ほら、黎深。拗ねてないで受け取りなよ。有紀さんが君のために編んでくれたんだから」
絳攸から自分と夫の分を受け取ると、百合姫は室内にいる黎深に手渡した。案外素直に受け取ることを意外に思いながら自分の手にあるものをじっくりと触った。
「変わった依り方がしてある糸だね。市場に出回っていない奴かな?」
「どうせまた放浪しているときにでも見つけたんだろう。……まあ、悪くない作りだから使ってやる」
不遜な言い方だが頬は緩んでいる。そんな黎深に若干頬をひきつらせながら百合姫は絳攸に向き直る。やはり浮かべた笑顔はひきつっている。
「絳攸からお礼を言っておいてもらえるかな? 君も貰ったようだし、後でお礼を用意しようか」
「はい」
内心どうしてみんなして自分に頼むのだと思いながら、絳攸は頷いた。
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
不完全燃焼!!しばらくアウトプットはお休みかな。
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