次男は最近、保育園で色々な言葉を覚えて帰ってくる。
「あねうえ! あねうえ!」
「ん?」
夕飯を作っていると、お隣さんで遊んでいたはずの次男がパタパタと駆けてくる。包丁を置き、手をエプロンで拭いながら足下に立った幸村と目線を合わせる。
口をはくはくと開閉させながら何かを言おうとするが、恥ずかしいのか照れているのかはたまた興奮しているのか(おそらく前者)丸い頬を赤く染めている。
「それがしは!」
「うん」
「こ、こよいの、でぃなぁのすいーつは、あんにんどうふがたべたいでござる!!」
「……うん?」
言っていることがよく分からなかった麻都は軽く首を傾げた。通じなかったことに、多大なるショックを受けたらしい次男はまたも口をはくはくと開いたり閉じたりと大忙しである。
「んと?」
「こよいのでぃなぁのすいーつはあんにんどうふがいいでござる!」
若干涙目になりつつある幸村の言葉を自らの口の中で繰り返してみる。
こよいのでぃなぁのすいーつはあんにんどうふがいいでござる。
「今宵のディナーのスイーツは杏仁豆腐がいいの?」
「うむ!!」
漸く通じたことがうれしかったのか、満面の笑みを浮かべて麻都に抱きついてくる幸村の髪に指でかき回しながら、麻都は冷蔵庫の中を思い浮かべる。まあ、寝る前のデザートには間に合うだろう。
「ゆっきー、あのね?」
「む?」
「スイーツっていうのは、チョコとかのお菓子のことだから、杏仁豆腐はデザートでいいんだよ」
「そうなのであるか?!」
「うん」
しょんぼりとしながら幸村が呟いたのはやはり保育園のライバルの名前。
幸村と同じ年にして英語を達者に使う少年だ。
徐々に今日の発言の経緯を聞いてみると、数日前にかの少年に「そうやって言えば、好きなものを作って貰える」と言われてどうしようか考えていたらしい。
「うーん、だから最近リクエスト聞いてももじもじしてたのかぁ」
「あ、あねうえぇ……」
「杏仁豆腐ねー。食後には間に合わないけど、寝る前でもいい?」
「まことでござるか!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるのはそんなに嬉しいのか、思わず笑ってそれを見る。
「たっだいま~麻ちゃん、今日の夕飯なーに?」
「おかえりでござる! あんにんどうふでござるよ!!」
「えぇ?! 夕飯が杏仁豆腐?!」
帰ってきてそのまま台所にやってきた兄に飛び跳ねていた幸村が飛びつく。しっかりと受け止めたのだが、驚愕の夕飯のメニューにがっくりと肩を落とす。
「兄さんお帰り。夕飯は麻婆豆腐です」
「……はぁよかった」
「ちょうどいいからゆっきーとお風呂入ってきて」
「はーい。じゃあ幸、お風呂の用意!」
「しょうち!!」
兄の腕から飛び出ると、そのまま台所から飛び出ていく弟の姿を見送ると、佐助は状況説明を求めるように麻都を振り返った。
「幸、何にはしゃいでるの?」
「前から杏仁豆腐が食べたいって言いたかったんだって」
「あぁ、だから杏仁豆腐ね。んー了解」
「お風呂あがる頃には出来上がるから」
立ち去る背中に向かって言うと、一度立ち止まって振り返り佐助は優しく笑った。
「食器出したり片づけとかは俺様やるからおいといてねー」
「はーい」
そう言いつつも、片づけと平行して作り続ける妹に佐助は苦笑を浮かべた。
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
杏仁豆腐ってどうやって作るんでしょうか?案外食後にも間に合うのかな?
にしても夫婦みたいな会話だなぁと今更ながら。
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