勘弁してくれ。
それは真実、ここ数日の彼の心の叫びだった。
絳攸は、廊下ですれ違った一人の部下を気遣わしげに見遣った。
その視線に気づいた楸瑛は、笑みを貼り付けてじっと絳攸を見た。
「絳攸、どうかしたのかい?」
「・・・いや、何でもない」
言いつつも、気になっているようだった。言葉を濁す絳攸が見遣った進士を見た楸瑛は彼の名前を思い出す。
「碧珀明君、だったかな? 君が目をかけている新人だよね。彼がどうかしたのかい?」
楸瑛の問いかけに絳攸は「いや」と首を横に振るが、思案顔から変わることはなかった。
「ここ数日様子がおかしい」
「吏部に入ったものの運命だろう?」
入った者の何割かが性格強制されてしまうという悪鬼巣窟の吏部。魔の戸部と並ぶ、悪夢の朝廷の代名詞である。
言い返さない絳攸に笑いをこらえつつも、楸瑛は何気ない口調で切り出す。
「そういえば、今の彼。流石『碧家」だけあって、いい趣味しているね」
「お前はいったいどこに目をつけているんだ・・・」
呆れたような絳攸の様子に、楸瑛は心外だとばかりに手を軽く振る。
「あの帯飾りは多分、アレだよ。あまり市場に出回っていないのだけど、一部の人間にとっては涎ものだよ?」
「お前でも入手困難なのか?」
「数も少ないみたいでね。私も気に入ったから目をつけているんだけどね。まだ、これしかないんだ」
そういって剣につけてある一つの玉を手に取り、絳攸へと渡す。受け取った絳攸は、それを空へと透かした。
淡い藍色は、光を受けて濃く、美しく輝きを増す。楕円の形をした美しい玉には細かで見事な細工が彫られていた。
「まだ出始めの職人なんだけどね、『玉嘩』というんだ」
「玉嘩か・・・。聞いたことはないな」
絳攸の手のひらで、一つの玉がキラリと光った。
黄金色の髪が日に当たりガラス球のように光っている。が、どこか艶がなく、持ち主は整った顔立ちをこれ異常ないくらい歪めていた。
手に持つ全てをそこかしこに投げつけたいのを堪えている様な様子ではあるが、どこか疲れた感が漂っている。
だが、彼の手には不釣合いなものが握られていた。それを投げつけるわけにはいかないらしく、ぐっと握り締めて堪えている。
最大限に飾りを抑えた、けれど強烈な存在感を放つ銀の簪。何の飾りっけのないように見えて、よくよく見てみると煩くない程度に精巧な模様が彫られている。
男は簪を使用しない。けれど、何故彼がこれを握り締めているのか。
疑問に思った、彼の先輩は疑問を解決することにした。
「碧、何で簪なんか持ってるんだ?」
「呼び出し状です」
唖然とする先輩官吏に略礼をすると、珀明はさっさと自分の仕事を終えることにした。
彼のたった一言に首を捻る先輩官吏は、考えても答えは出なかった。
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あまりにも間をあけすぎたせいで何を書こうとしたのか忘れてしまった作品です。
ヒロインは碧珀明の従姉妹で、『玉嘩』という『名』を持つ細工職人です。
名前は「碧凰琳」(おうりん)
珀を呼び出すときはその時の渾身の作品である簪を送りつけます。
それはとても唐突でしかも、ちゃんと珀が訪ねないと拗ねて仕事を放棄するという厄介な人で、珀姉上のように女の子大好きで、秀麗ちゃんに感銘を受けて彼女に似合う簪やら装飾品やらを貢ぎ始める変わった女の子。
っていう設定でまた話の導入部分だったのですが、肝心の続きを忘れてしまいました……。
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