「香寧。舞え」
「……は?」
突拍子もない主の要求に香寧は困惑ではなく、嘲笑を浮かべた。
堯天にある宿屋。
慶を視た後に雁に帰る予定であった香寧に青鳥が届いた。
送り主は雁にて国を支えている立派な官吏達で内容は香寧にとっては厭なものだった。
曰く、非公式にけれど約があった範国国王と麒麟が雁を訪れた。
けれどいつの間にか雁の麒麟も王もいない。暫く経つと慶から延主従がいるがどうするべきかとの言が届けられた。
ならば香寧が慶に居るので主従を連れて戻るように鳥を飛ばそうということになったが、それを聞いた範国国王がならば自分が伝えに行くと言い出国してしまった。のであるから、早急に範国国王と麒麟、延主従を連れ、慶に謝罪を述べ雁に戻るように。
厭ではあるが、鳥の運んだ文面の言葉は悲壮感帯びており、そして怒りを押し殺しているようであった為に、日頃勝手を許して貰っている身としては引き受ける以外に道はなく、香寧はもう一泊の予定を早め宿を出た。
「そもそも氾がわざわざ来るのか解らん。自身が重鎮だと理解しているのか?」
少しずつだが明るさを取り戻している慶国。先の内乱が王自らの手で終結を迎え、政の顔ぶれもかなり変わった。
その中には見覚えのある顔もいくつかあり、思わず嬉しさと一抹の寂しさを覚えた。
彼らを統べるしっかりとした顔つきのまだまだ経験浅い女王の姿を思い浮かべ香寧は知らずにその顔(かんばせ)に微笑を浮かべた。
「おや。今日のそなたは一段と機嫌がよいのかえ」
不意に背後から聞き慣れた妙に艶のある声が聞こえた。
気づいてはいたが、本当に来ているとは思っていなかった香寧はため息を隠しもせずにゆっくりと後ろを振り返った。
見慣れた襦袢姿の長身の美人が立っていた。
一見すると女性のようだがよく見れば体躯も男性のそれとわかるし、声も高くなく落ち着いた低音である。
女装趣味の範国国主、氾こと呉藍滌である。
「そなたを迎えに来たのだよ」
「主上と延麒はまだ迎えに上がっておりませんが」
「あんな野蛮な奴らはどうでもよい。私はそなたを迎えに来たのだよ」
彼の趣味の一端に女性(香寧)に睦言を囁くものがある。(と香寧は思っている)
藍滌は優美な動作で手を伸ばすと香寧の顎を取り目線を自分に合わせさせた。
銀色(しろがねいろ)の双眸に自分の姿だけが映るのは心を満たさせる。
顎をとらえた指をそっと頬に滑らせると彼女は柳眉をつりあげて不快の意を表した。
「お戯れを」
その意は「どうでもいいが首が痛い」である。それを正確に汲み取った藍滌は笑みを深くすると香寧の耳に唇を寄せてそっと囁いた。
「さっさとうちの武官を放してもらおうか」
囁きが香寧の耳を打ったのと同時に低い機嫌の悪い声が二人に降り注がれた。
声の主が誰かなどと考えなくとも気配と声で察した二人はそれぞれの反応を示した。
香寧は面倒が増えたとばかりにため息をつき、藍滌は邪魔が入ったとばかりに渋面になった。
「香寧、おまえは俺と馬鹿を迎えに来たのではないのか?」
「……正確にはお詫びを景王に申し上げて、首根っこを捕まえてこいと言われたのですが」
珍しく不機嫌なのはなぜなのだろうかと思いながら香寧は首を傾げるが、答えは見えそうになかった。
にらみ合いを始めてしまった猿と犬を放り出し香寧はさっさと金波宮に向かった。正式な訪問ではないし、ただの謝罪ではあるが一応非公式ながらにも形式は則り景王景麒、馴染みの浩瀚に非礼をわび、二国の主とその僕を連れて雁へと帰国した。
ようやく約を果たし、珍しく恙無く終えた談の後、いつものように宴が始まった。
後に冒頭に返るわけであるが、王の命を一蹴した香寧に不満を隠さずに延は傍らの部下を見た。
けれど誰も延の視線を受け止めるものは居なく、彼は賓客であり天敵でもある氾を見た。
「お主も見たくはないか」
「こような場所で舞わせるのは、どうかと思うがね」
「……ふむ。だが香寧の舞は見事だぞ」
(不思議な言葉でいくつかのお題)
だらだらしてしまいました。のでとりあえず掲載だけして後で書き直しをさらに掲載します。
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