『もしもシリーズ 絳攸→有紀』
その小さな微笑みが好きなんだ。
「あ……」
後宮の一郭、離れのような庭園で美しく咲いた椿を指先で撫でていた有紀は、突如かかった声にゆったりと振り返った。
目立たないように挿した簪がしゃらりと音を立てた。
「李侍郎……?」
「だからそう呼ぶなとっ!……っ」
反射的に言葉を返す癖でもついているのか怒鳴り声に近い声で返した絳攸は罰が悪そうに黙り込んだ。
思わず居住まいを正し、首を傾げてしまう。やはりしゃらりと簪の装飾が鳴った。
音につられて絳攸の視線はそちらに向かった。
「絳攸?」
「……その……ソレはどうしたんだ」
「え、どれ?」
何か変な場所でもあるのかと有紀が手を彷徨わせる。
けれど絳攸の視線は一直線にそれを見つめていた。
彼女の養い親、戸部尚書かと思いもしたが、見る限りあの人の趣味ではないだろう。
彼女が後宮にあがってからは過保護ぶりに磨きが掛かったと黎深から有紀から聞かされていた絳攸は同時に送られてくる装飾品も見ていた。
あの簪は彼の方の趣味ではない。
では誰が。絳攸は見たことのない簪に胸がもやもやしてきていることに気づかずに考え込んでいた。
基本的に彼女は装飾品には興味がないのだ。
数少ないものを大切に使う。それは彼女の美点だった。同時に彼女の養い親は一抹の寂しさを覚えているらしい。
考え込む絳攸を見て有紀は少し困ったように笑うとするりと簪を迷うことなく引き抜いた。
まだ複雑なようで簡素な結い方をしてある黒髪は滑り降りてこない。
「これはさっき藍将軍に……」
「そっ速攻突き返せ!」
「……簪で突けって言われている気がするのは気のせい?」
「なんだ、珍しく理解が早いな」
正しい解釈だったらしい。
掌で転がすとしゃらりと綺麗な音をたてながら日の光を浴びて輝く簪はとても見事なものだった。
「朱翠殿にと持ってきたら文字通り突き返されてしまったそうで」
「っどうせ『あなたの髪を飾ることができれば哀れなこの簪も喜びます』なようなことでも言って押しつけていったんだろう!」
似てるようで似ていない声色で絳攸が言い吐き捨てると、有紀は珍しいものでも見るようにきょとんと絳攸を見上げていた。
――……いつの間にか俺が見上げられるようになったんだな。
いつもは意識しない有紀との身長差に気づき、不意に目の前の幼なじみが自分よりも小さい存在だったことを認識した。
「凄いね、さすが絳攸。腐れ縁って言うだけあるね」
「っ腐りかけてるがな」
「腐りかけるほど一緒に居たんだよね」
ころころと楽しそうに笑う有紀には一生勝てない気がする絳攸は、諦めたように苦笑を浮かべた。
「あそこで自分も簪を送ると言うだけの甲斐性がないところが絳攸か」
「…藍家の若造め……だが人にやるものだったのを誤魔化して贈るようではまだまだだな」
「あんなものに負けないようなものを作らせて贈ってやる」
「っな!ふざけるな黎深。私でさえ有紀がなんとも言えん顔をするから贈るのは自粛しているんだぞ……!」
「ふん。そんなんは知らん。贈れば喜ぶからな」
「くそっ…!」
「どうでもいいけど君たちはお仕事はいいのかい?」
「「そんなことよりもこっちの方が一大事です!」」
仲良く府庫の一室から養い子を観察する養い親に邵可は呆れたようにため息をついた。
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
お題の解釈に一月以上苦しみました。幸福な情景。満たされた平和な光景。みたいな感じで。
もしもシリーズ。絳攸→有紀
[13回]
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