※試験的にヒノエ夢を書いてみよう企画(もどき)
デフォルト名
・ヒノエ幼なじみ(烏を兼ねるかも)→瑞音(たまね)、烏名:ミズネ
【春の風の匂いに包まれて】
風が暖かい。
鼻腔を擽る風は淡い潮風を含み、冷たくて暖かかった。
少し強い風にあおられた髪を手でそっと押さえると彼女は岬から先を見渡した。
どこまで見ても青い景色が広がり、遙か彼方で海の青と空の蒼が混ざっている。
岩にたたきつけられる風の音と、寄せる波の音が混ざる。
ここでは何もかもが一つとなるのだ。
「また、この季節がきたね」
彼女はこの季節の訪ないが好きだった。全てが母なる海へと流れゆき、新たな芽吹きを感じるとき。
強い風が瑞音の顔に叩きつけられた。全身で磯の香りを感じ、風に煽られた髪が我をはるように舞う。
目を閉じたまま、手で髪を押さえると背後に誰かの気配を感じた。
「いい風だな」
「……そうだね」
見なくても誰なのかわかる。気配と声で彼女には十分なのだ。
「瑞音、俺についてくるかい?」
不意に髪を絡め取られた気がした。だが気のせいだろう。
女と見れば見境なく口説くこの背後の相手は瑞音だけはそれはしないのだから。
「あたしはついてくるなと言われない限り“ヒノエ”にでも“頭領”にでもついていきますよ」
「っふふ、そうかい」
その言葉に彼は笑った。見ていなくとも気配でわかる。
「じゃあ、ヒノエについてこいよ。軽く六波羅へ行くぜ」
「それは“瑞音”に?“ミズネ”に?」
彼はにやりと笑うと彼女の前に身を乗り出した。
「勿論、瑞音に決まってるだろう?」
是と答える代わりに瑞音は、口の端をあげて目を細めて笑った。
【青葉の木の下でうたたねを】
風が心地よいが、不快であった。
長年当たり慣れた潮を含む風ではなくて、土埃の強い大陸の風。邪気にあてられた強い陰の気を含む風。
ふらりとたどり着いたのは、蚕ノ社だったが、京にあまり詳しくない瑞音は深く息を吸い込むとあまり頓着せずに木陰に座り込んだ。
すぐに抜刀できるように刀を抱え込み膝を立てると、すぐに寝息をたて始めた。
同時刻。
龍神の神子、春日望美と探索にでていたヒノエは立ち寄った六波羅の拠点に瑞音がいないことに気づき、望美を送り届けるとふらりとどこへともなく足を運んだ。
烏の情報に頼らずに己の勘を頼りに。
「見つけた……」
心地よさそうに眠る瑞音を見つけると安堵のため息がでた。
傍に膝をつき、そっと指を伸ばすと彼女の柔らかな髪を絡めとる。そのまま優しく唇で触れた。
真っ正面からは絶対に触れない瑞音の髪。
いつか堂々と触れることのできる日が来るよう祈りを込めて。
【冷たい雨に頬を打たれて】
三草山で源氏と平氏が討ちあった。
互いに勢力を保たんと、京を狙い、守るのだ。
それらの意地のために己等が守らねばならぬ者達を傷つけて。
生臭いにおいがした。同時に湿っぽい風も吹いていた。
「瑞音」
呼ばれ、振り向くとそこにはヒノエがいた。
彼は苦笑いを浮かべると、つと指を伸ばし、瑞音の額に指先を押しあてた。
そうされてはじめて眉間に皺が寄っていることに気づいたのだ。
「……雨が降ります」
「ああ。そうだな」
全てを洗い流せばいいのに。
功罪も、悪夢も希望も穢れも。なにもかも。
そうすれば優しくて大きくて、厳しくて荒い海が何もかもを受け入れ流してくれる。
「瑞音の空は雨模様だな」
頬を伝う滴は、雨に紛れてしまう。それでいい。
【虹の麓には宝物が】
長い梅雨が明け、夏が来る兆しが見え始めた。
雨上がり、ふと神子が零した言葉をヒノエ偶然耳に拾った。その時抱いた想いと言葉をそのままに勘に従って屋根へと躍り出た。
塗れた屋根など気にせずに真っ直ぐと立つ瑞音の後ろに立つと、まばゆい太陽に手で目を覆うとその背中へと声を投げた。
「神子姫の世界では『虹』というらしいぜ」
返答はなかった。けれど、相槌を受けずとも会話の調子は分かるのだ。
「同じものを見ても、俺と姫君では感じるものも想うものも違うんだな」
思わず笑いが零れる。
何を当たり前のことを言っていると言われても仕方ないことだった。
けれど、改めて想ったのだ。
『虹の根本にはね、宝物があるんだよ?』
ヒノエ君は何があると思う?
答えるまでもない。
目の前の応え(いらえ)を望むまでじっと話を聞き続ける、細い肩と小さな背中があの地で立っている。
それが自分の『宝』だった。
「な、瑞音」
腕を伸ばして肩を抱き寄せようとすると気配を察して逃げられる。
「『なっ』。と言われても困るんですけど?」
君が自覚していなくてもいいんだ。
【目を眇めたのは眩い太陽のせい】
雄大で厳しい故郷の風はやはり心地よい。
潮風を肌に感じながら目を閉じる瑞音の耳には神子達の驚嘆の言葉が飛び込む。
「ようこそ熊野へ、姫君」
照れたような笑うその花の笑顔を見ると、瑞音は誼の深い二人に目配せをすると静かに林に消えた。
「あれ? 瑞音さんは?」
「ん? あいつ…勝手に居なくなったな」
眉をしかめるヒノエの名を目配せを受けて頷きを返した敦盛が呼んだ。
「瑞音殿は用ができたといって抜けていった」
「自分には気にせず先に行って欲しいとも仰ってましたよ」
「おまえたちはいつ瑞音殿と言葉を交わしたんだ?」
先ほどのやりとりを目撃していた九郎は首を傾げた。
「僕は彼女とはつきあいが長いので、それで」
「わ、わたしはその……唇の動きで」
「敦盛は読心術ができるのか?」
譲の驚嘆の言葉に反応を返さずにヒノエはじっと虚空を睨んでいた。
「……半刻、か?」
「おそらくそれぐらいでしょうね」
首肯した弁慶に嫌そうな顔をすると小さくため息をついた。
瑞音は小さな合図で呼び出された用件対して烏に指示を出すと先に行ってもらった一行の後を追いかけた。が途中で立ち止まり、木の上を見上げた。
「遅かったな」
じっと見上げると、見慣れた艶笑みが瑞音を見下ろしていた。
「神子姫たちには先に行ってもらった」
「……よろしいので?」
「八葉はオレ以外にもいるしね。……で?」
あくまでも木の上から降りる気のないヒノエにため息を吐きたくなるのをこらえて瑞音は指示を出すに至った内容をヒノエに告げた。
「ふーん……」
「どうしますか? 頭領」
「おまえに任せるよミズネ。それにしても……」
言葉を切ったヒノエは表情を一瞬消し去ると、普段ヒノエとしてはあまり見られることのない鋭く不敵な笑みを浮かべた。
瑞音は瞬きそっと目を伏せた。
「このオレの膝元で勝手な真似はさせねぇ」
【海辺で君とロマンチック】
夜。勝浦の宿を抜け出し砂浜へ向かうとそこにはヒノエの探していた姿がいた。
単の上から薄い着物を羽織っただけの無防備な姿で彼女は柔らかな微笑みを浮かべて波と戯れていた。
「瑞音」
その名を乗せた己の声は想像以上に甘くて、内心戸惑いながらも無防備なあいつが悪いと責任を押しつけた。
「ヒノエ……?」
彼女も声の甘さに驚いたのだろう。振り向いた顔(かんばせ)は、驚きに染まり月明かりの元淡く光る髪が風に揺れた。
【踊る落ち葉の風に隠されて】
ひらりひらりと落ち葉が何かを描き、降りていく。
つい先ほどまでこの場所で怨霊と一悶着合ったなどと誰が思うだろうか。
「見る度に思うけど、封印とは清々しいものだね」
穢れたものが浄化され、あるべき姿場所へと流されていく様は美しく哀しい。
ひらりひらりと舞い散る落ち葉が、何ともいえない瑞音の表情を隠した。
【紅葉の並木道で繋がる指先】
怨霊の大量復活の計画を阻止し、京屋敷に腰を落ち着けると急に何かが落ち着かない。
そんなときにヒノエは瑞音を嵐山へと誘った。
「……綺麗だね」
「そうだな。自然の美しさは何ものにも勝る」
瑞音。と真剣な声で名を呼ぶ自分が仕え、すべてを捧げる人。
すっと指先を絡めとられ、鼓動を刻む場所へと押しつけられ、振り解こうとしても振り解けない。
「春が来て、すべてが片づいたら……」
その先の言葉は風に飲まれて消えて欲しい。
【雪の舞う中、消えそうな背中】
出かかった言葉は喉の奥に消え、吐き出されたのは白い吐息のみだった。
「ヒノエ、いいのですか?」
「……よくないに決まってんだろ」
裏切った彼と血の繋がりを持つ者を思い瑞音は静かに頭を振った。
そして目の前の背中を引き留めるため、肩を力強く掴んだ。
【静寂の雪解け道を】
すべてに決着が付き、ようやく肩の力を抜くことができた。
後は帰路を行くのみである。
「瑞音さん」
「望美殿?」
白龍の神子たる望美はにっこりと清々しい笑みを浮かべた。
「雪道に気をつけてくださいね」
「え、はい」
言われるまでもなく気をつけるつもりだが。
しかし瑞音は気づかなかった。望美の視線の先には悪戯な笑みを浮かべたヒノエが居ることに。
『雪道のヒノエ君に気をつけてくださいね』
【桜の花びら舞う下で】
怒濤の一年が過ぎ、まさかこのように穏やかな心地で京の桜を眺めることができるとは露とも思わなかった。
白龍の神子としての役目を終えた彼女は京で薬師見習いとして励んでいるそうだが、持ち前の不器用さを考えると彼女の腕はあまり期待できないだろう。
そう告げると彼女は頬を膨らませて怒るのだ。
「そういう瑞音さんは、どうなったんですか?」
「望美の期待することは何もないけど…」
「え、だってヒノエ君。私の世界の……もがっ」
言いかけた彼女の言葉を後ろから現れた誰かが大きな手でそっと遮る。
「部外者はよけいなことを言ってはいけませんよ」
「もがっ!」
「瑞音、そろそろ行くぜ」
待ち人の声が聞こえたため楽しそうに戯れる二人に会釈を送ると瑞音はそっとその場を離れた。
瑞音、ともう一度名を呼ばれたのは桜並木の下だった。そのまま無言で前を歩く背中を追うとかつて顕身した龍神が好んだ寺院にたどり着いた。神が好んだこの桜は美しかった。
「瑞音」
もう一度名を呼ばれ、そっと声の持ち主を伺い見る。
「……和歌に託すのもいいけど面白味に欠けるしな」
「なにが?」
「かといって慣習に従うのも癪だ」
彼は瑞音の相づちを求めていなかった。五歩と離れていた距離を一歩ずつ足を踏み出して縮めていく。
どこか真剣でけれど楽しさを含ませた優しい笑顔で。
不意に胸の奥が苦しくなる。
「瑞音、左手出しな?」
「左手?」
「そう」
差し出した手を取られ、彼は懐からキラリと光る何かを取り出し、まるで何かの儀式のように瑞音の左の指にはめた。
そのまま強い力で左手を引かれ、突然のことに抵抗もせずに瑞音はおとなしくヒノエの腕の中に収まっていた。
「神子姫に聞いたんだ。あっちの世界の慣習を」
何の慣習なのか。そう問おうとした言葉は、囁かれた言葉に虚空へと消えた。
「三夜通い詰めるよりもこっちの方が情緒があると思わないかい?」
【季節は巡って、僕はここにいる】
風が吹いている。
波を、木々を誰かの髪を揺らす悪戯な風。
それは芳しい花の香りも運び、柔らかく、荒く、楽のような調べをももたらす。
「またここにいたのか?」
「もう、一年(ひととせ)経ったのかと思って」
風が波を岩に叩きつけるのを眺めているとき、ヒノエから京に共に行くかと聞かれた。
あの日から一年経ったのだ。
「感慨に浸ってる暇なんてないぜ?」
「分かってるよ」
言葉ではせかしつつも指先に触れるものは温かかった。
*
気づくと無印の弁望のヒノエとのハッピーエンド。……なぜ?
書くのは楽しかったです。
ひとつだけ長いのはなんとなくです。
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