穏やかな落ち着いたもう一人の憧れの女の人。
秀麗にとって黄有紀とはそういう存在だった。
「ねえ、有紀さん」
秀麗の目の前で刺繍をしていた有紀は顔を上げた。
「有紀さんは龍蓮のこと『大切な人』って言ってたけど……」
秀麗のその言葉に隣でお茶を飲んでいた影月と珀明がギョッとした。
その反応が特に珍しくないのか有紀は動じずに針から手を離し、布を膝に置いた。
「うん。龍蓮は私の大切な人」
「それは″そういう意味″で?」
けれど秀麗の予想とは反し、有紀は首を振った。その表情はどこか寂しげで、闇夜の三日月のような危うさがしていた。
「龍蓮はね、私を甘やかさないでくれるの」
「甘やかさない……?」
珀明と影月は龍蓮と有紀が顔を合わせていたときの事を思い出してみた。
獄舎に放り込まれた四人にイヤな顔一つせず、むしろ楽しそうに食事を持って来てくれた有紀。
龍蓮は有紀に欝陶しい程べたべたとひっついていた。彼女は彼女で嬉しそうに龍蓮の世話を焼いていた。
「龍蓮が有紀さんに甘えていましたよねー?」
「僕にもそう見えた」
不本意そうに秀麗も頷く。
「私の周りにいる人は優しいから、甘やかしてくれるの。甘えさせてもくれる」
「甘やかすと甘えさせる?」
有紀は頷くと不意に外を見た。
新月のために白い月は浮かんでいない。
「龍蓮は甘えさせてくれる。でも絶対甘やかさない」
人の輪に入るのが苦手。人に自分から話し掛けるのも苦手。優しいから手を引いてくれる。
甘えたくないのに、甘えてしまう。それは『甘やかされている』
自律しなければと思えば思う程深みに嵌まる。それは底無しの泥沼の様で……。
けれど、龍蓮は甘やかす事なく立っていてくれる。
彼から手を掴むことはない。でも、手を伸ばせば掴み取ってくれる。
待っていてくれる。それは『甘やかしている』のかもしれない。
けれど有紀はそれを『優しさ』だと思っている。
手を伸ばし、掴み、引いても嫌がらないでいてくれる。喜んで受けてくれる。
ダメな事はきっぱりと「No」と。
鳳珠が他の人と別格にいるように、龍蓮も有紀の中では別格にいる。その中に今では劉輝も含まれているのだが。
「大切な人……それは、絳攸様よりも?」
「李絳攸様?!」
驚く珀明に「幼なじみよ」と告げると有紀は困ったように微笑みを浮かべた。
「大切な人達に順列はつけられないわ。……でも」
「でも……?」
「秀麗ちゃんも大切な友達よ」
うまくごまかせていないと知りつつも有紀は敢えてそれ以上は言わなかった。
(世界に光を灯す一滴)
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龍蓮が好きだー!
[2回]
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