真田家の周りには、少し変わった人が多い。
まず、垣根を挟んだお隣の家だ。
隣の家は、とても広い庭を持っていて、古くから剣道の道場を開いている。住み込みの弟子もいるらしく、近づけば賑やかな掛け声がするのだが、土地が広すぎて往来まではその声は届かない。
その家の主は武田信玄という。
なぜか周りからは「お館様」と呼ばれているが、気にする人間は一人もいない。
丸めた頭が眩しく、年を感じさせない力強さと猛々しさ。腹の底からの声は隣町まで届くとの噂である。
真田家の両親と昔からのつき合いらしく、子供だけで過ごす隣家に常に気を張ってくれている。
ちなみに幸村がとても懐いていて、垣根を潜ってはよく敷地に潜り込んで遊んで貰っているらしい。本人曰く「たんれんでござる!!」らしい。
幸村が時代錯誤なしゃべり方をする原因の10割がこの老人である。
お向かいさんは、とても美麗な男性が一人で暮らしている。
秀麗な顔立ちと穏やかな物腰、柔らかいしゃべり口調は近所の奥様にも人気である。たとえ年齢不詳であったとしても。
その人は上杉謙信という。
その昔、武田信玄と剣道の腕を競い合い日の本一の座をかけて何度も雌雄を決したらしい。
今ではご近所でも評判なお料理教室を開いていて、余分に作ったおかずをよくお裾分けで貰う。
「おお、麻都ではないか!!」
「さなだのむすめよ、なにかふじゆうなことはありますか?」
保育園の帰り道。疲れて歩きながら眠る弟を背負いながら帰り道を歩いていた麻都は、そんなご近所さんに遭遇した。
帰り道に買い物をしようと思っていたが、さすがにそこまで力持ちではないので先ほど兄に連絡を取ったばかりだった。
「こんばんは、お館様、謙信公」
「その背中におるのは幸村じゃな」
「そなたにはおもたいのではないですか?」
「どれ、儂が負ぶってやろうか?」
「いえ。ところでお二人は揃ってどちらへ?」
忘れていたと言わんばかりに笑いだした信玄の声に背中の幸村が反応した。
「おお、忘れておった。今から、儂等の昔の友に会いに行くところでな」
「まちあわせのじかんをまちがえ、いまからむかうところです」
「うむ。手伝ってやれんですまんの」
心底心配そうな顔をする二人に笑いながら幸村を背負い直す。もごもごとおやかたさまとつぶやいているのが聞こえる。
「ありがとうございます。もうすぐ兄が来てくれるらしいので大丈夫です。お二人とも、楽しんでいらしてくださいね」
「そなたも。ああ、もんかのものにやさいづくりのめいじんがいるときいたのでみやげにそなたにもってきましょう」
「おお、そう言えばそう言っておったな。どれ、みやげを楽しみにしておれ」
豪快に笑いながら反対方向へと歩いていく二人を見送って軽い会釈を送ると、軽いクラクションの音がした。
慌てて振り返ると兄の愛車が後ろに停まっている。
「ごめんね、やっぱり今日は俺が行けば良かったね」
「ううん。私が行った方が早いから。それに拾って貰えるだけで助かる」
運転席から降りて、麻都の背中から幸村を受け取ると、チャイルドシートに寝かせる。
そのまま流れるように助手席の扉を開く兄に思わず笑い、乗り込む。
「今日は車で行って正解だったねぇ。どうせだから夕飯外で済ませちゃう?」
「うーん。さっき、どて煮が食べたいって言われたばっかりなんだよね」
「どて煮? 幸って相変わらず、年に似合わないのが好きだねぇ。まあ、いいじゃんいいじゃん。今日さ、片倉の旦那に伊達グループのレストランの割引券貰ったんだ。だから行こうよ」
そのまま車を走らせる兄の横顔を見て、後ろを見る。
幸せそうな顔で寝ている幸村は、夕飯の内容が変わったところで怒る子ではない。
「なら行く前に制服は着替えたいなぁ」
「了解ってね~」
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
佐助は基本は電車通学なのですが、たまに車で行きます。
麻都の高校の帰り道に幸村の保育園があるもよう。
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