~移り往く季節を君と~
君がいなければ。もう、一人ではいられない。
日差しが熱く茹だるような暑さが消え去ると、若干肌寒さを誘う風が紅葉と共に秋を運んできた。
この時期になると収穫を迎えた集落のあちこちで豊作を祝う祭りが行われる。
黄金色に踊る稲穂や、化粧を施した木々や草原。その中で踊り舞う、少女達。
共に豊作を喜びたくて舞に紛れる度に必ず見つけてくる同い年の生真面目な融通の効かない剣士。
今、彼は何をしているだろうか。
おそらく二度と会うことはないであろう彼の名前を胸中で呟くと、朔夜はそっと湖に足を浸した。
真夏と違い気温も低くなった今の時期に水に身体の部位を浸すなど禊ぎ以来だとぼんやりと思いながら、そのまま足を動かして水面に波紋を作る。
波紋が湖の中心までたどり着くのを見ると、その傍に新たな波紋が生まれていることに気づき視界をあげる。
「で、我が妃は夫を放り投げて一人で逃避か?」
残念そうな声音とは別に楽しそうな笑みを浮かべながら、湖の上に夫が立っていた。
否、水面黒き麒麟が降り立ち、その上に腰掛けていた。
慌てて立ち上がろうと腰を上げると湖につけていた足を湖底の泥濘に取られ身体の均衡を崩した。
「っ馬鹿!!」
この時期ならばずぶ濡れになっても風邪はひかないだろうかとどうでもいいことが脳裏によぎる。が、いつまでたっても予想できうる水飛沫は立ち上がらなかった。
暫くぼんやりとしていたが、頭上から呆れたような気の抜けた声がして、同時に自分が抱きかかえられていることにようやく気づいた。
「全く、俺の寿命を縮める気か。久々に焦ったぞ」
「ご、ごめんなさい…」
「それなら別の言葉の方が嬉しいな」
黒麒麟から身体を乗り出すように朔夜をかかえているアシュヴィンからそっと離れて、黒麒麟に額をつける。
身体に染み渡るように不思議な響きが朔夜を満たす。
「ありがとう」
「……おい、俺には何もないのか?」
「まずはこの子にお礼を言わなければと思って」
そっと湖から足を引き抜き、草地に置いた布で足を拭うと履き物に足を通す。
アシュヴィンは黒麒麟から降りて同じく地面に降り立ち朔夜に肩を貸していた。
「ありがとうアシュ。でも、何故ここに?」
確か黒雷様は午後から国境まで視察の予定が入っていた筈だ。そしてその視察に朔夜はついて行かなくてもよいと義兄に言われていたのでそれならばと勝手に散歩に繰り出していたのだが。
「それはサティが勝手に決めただけだろう。俺がお前を連れて行かない訳ないだろうが」
むくれたように腕を組んで見下ろしてくるアシュヴィンと視線を合わせると、朔夜は思わず笑う。
今頃、臣下達で必死にこの第二皇子を捜しているのだろう。このまま城に戻れば義兄からこってり絞られることは間違いない(アシュヴィンが)。
「ほら、帰るぞ」
「ええ……」
ふと耳が風のざわめきを拾う。そのざわめきは、何故だろう郷愁を朔夜の胸に運んだ。
アシュヴィンに手を引かれ、黒麒麟の誘導の元その背に横向きに乗せられ、後ろに跨った夫の腕が支えるように腰へと回る。
一言、飛翔することを告げられると、地面から離れ風となる。
「さっきは、何を考えていたんだ?」
「え?」
突然の言葉に夫を見るが、逞しい胸板しか見えず、顔を見上げてもそっぽを向かれ、表情が見えなかった。
拗ねているような動作に心当たりのない朔夜は首を傾げながら、先ほどの自分をゆっくりと思い起こした。
「さっき…というと?」
「寂しそうにしていただろう? お前のことだ視察において行かれることに寂しさを感じていたわけではあるまい」
寂しそう。寂しいと思っただろうか。
もう参加する事が叶わない民草の祭り事。もう見(まみ)えることはないだろう幼なじみのような彼。
このすべてを思い起こさせたのは。
「秋が、哀愁を誘ったのよ」
そっと瞳を閉じて、懐かしい光景に身を委ねる。
明らかに色々な言葉をひとまとめにした妻を見下ろして、アシュヴィンは困ったように笑い、深く息を吐いた。
深く胸に巣くっているだろう色々な感情をなかなか吐露しないこの妻をどのように白状させようか。いつもそればかり思うというのに、いざそれを目の当たりにするとその考えが挫けてしまうのは、入れ込んでいる証拠か。
「まあいい。さっさと戻って二人揃ってサティに説教されるとするか」
「えっ私も?」
「当たり前だろう。そもそもお前が俺に黙って散歩に行くから悪いんだ」
「(そんなむちゃくちゃな)」
「何か言ったか?」
「なんにも」
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
うちの中で1、2を争うバカップル(?)です。
最近お題に添えていない気がビシバシします。
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