あなたがいれば、わたしはなにもいらないのに
『のぞみちゃん、のぞみちゃんきいた?』
『なにを?』
『にじのねっこにはね、たからものがうまってるんだって!』
『ほんとう?』
『うん! だから、おっきくなったらゆずくんやおみくんたちとさがしにいこうね!』
『やくそくだよ!』
クリスマスが近づいて浮足立っていた12月半ば。
移動教室の為に廊下を歩いていた綾音は、視線の先に見知った姿を3つ見つけた。
共に居た友達に声を掛けて先に行って貰うと駆け足で一番近くにいた同級生の背中に声を投げかけた。
「ゆず君。どうしたの?」
「あ、綾音か…なんか、先輩が」
「お姉ちゃんが?」
言いよどんだ先を引き継いで、幼馴染有川譲の視線の先を見た。姉である春日望美が、不思議そうな顔をして渡り廊下の外で雨に濡れている子供に目線を合わせて話しかけていた。その後ろでは、有川将臣が退屈そうに欠伸を堪えている。
「子供?」
「そうなんだ。そこに急に現れて……」
「君、ひとり?」
望美の問いかけに異国風な服をまとった少年はにこりと笑った。その笑み子供が浮かべるような類ではなく、どこか静かな場所で見たことのあるような笑みだった。
どこだろうか。そんな風に逡巡する中、雨にかき消されない小さな声で少年が呟いた。
「貴女が……私の、神子」
そのことばを認識した瞬間、目の前の景色から学校が消えた。
代わりに自分たちを巻き込むように出現した大きな川に飲み込まれ、流れてしまう。
「っぷ、か、川!? な、なんで!?」
自慢ではないが泳げない綾音は濁流に飲み込まれることは死活問題であった。慌てて何かに縋ろうともがくが、あたりには何も見当たらず、人影すら見当たらない。
遠くから爆音にかき消されまいと叫ぶ幼馴染や姉の声が聞こえる。
お互いを探し合う声に混じって呼ばれる自分の名前に、どこか安堵をおぼえながら綾音は意識を手放した。
この時既に歯車は回りだしていた。
周り出した歯車は誰にもためられず、ただただ回り続けるのみで。
止まってほしいと望んだところで、それはただむなしくから回るだけであった。
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短いですが、小休止。
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