移り往く季節を君と
鬱蒼と繁る神気の漂う熊野の森は息を吐くと、悠久の時を生きてきたものたちに抱かれているような安堵と畏怖に包まれる。
土器が焼けるまでは待機となった紀の村で、二ノ姫と呼ばれる千尋は意気込みながら日の光の下拳を握った。
その姿に那岐は呆れたような息を吐き、遠夜と布都彦は首を傾げ、風早と柊は訳知り顔で微笑んだ。
「姫、本日はどのような策に出るので?」
「策って、そんな仰々しい程のものでもないだろ」
「いいえ! これは戦よ!!」
「千尋とアシュヴィンの、ね」
端的に状況を示した風早の言葉に千尋は激しく頷いた。
「姫とアシュヴィン殿との戦とはなんでありますか?」
「見てて分かんないの?」
小馬鹿に嗤う那岐にむっとした布都彦が何かを言い募ろうとしたのを千尋が遮った。
「今日こそは、朔夜姉様とお話しするわ!!」
紀に滞在初めて数日。敬愛する従姉を彼女の夫に独占され続けた千尋は、我慢の限界だった。
「だいたいアシュヴィンに朔夜姉様を独占する権利なんてないのに、いつもいつも見せつけるようにベタベタして!!」
「千尋、千尋」
「私だって朔夜姉様とたくさんお話したいのに!!」
「私も千尋とお話したいわ」
耳に聞こえた声に千尋は瞬時に振り返った。視線の先に敬愛する従姉の姿を見つけると先ほどまでの剣幕はどこへやら、勢いよく駆け寄るとその細い手を握った。
「おはよう、朔夜姉様!」
「おはよう千尋、朝から元気ね」
「朔夜、今のは元気ではなく『騒がしい』というんだ」
「朔夜姉様、あのね、今日は」
「二ノ姫、我が妃と語らうなとは言わんがその手は離してもらおうか」
「いいじゃない! 朔夜姉様はアシュヴィンのものじゃないわ!」
一人を間に挟んで互いに牽制し合う。もうすでに周囲は「また始まった」と言わんばかりにあきれたような苦笑をこぼすと踵を返していく。
二人の間に挟まれている朔夜は熱くなっている夫と従妹の言い合いを聞きながら助けを求めて辺りを見渡すがいつの間にか野次馬はいなくなっている。
早く朝食の席につきたいとため息を吐くと、聞き慣れた低音が朔夜の名を呼んだ。
「朔夜姫? 何をしているんだ?」
「忍人殿」
竹馬の友ともいえた友人を見つけると朔夜は朝の挨拶を述べた。
「ああ、おはよう。君たちは朝餉はいらないのか? ……いや、すまない愚問だったな。君だけでも食べないかないか」
「え、ええ」
呆れたように息を吐いた忍人は片手を伸ばす。
その自然な動作に朔夜も違和感なく当たり前のようにその手に重ね合わせた。
「二人は放って置いてもいいだろう」
「ふふ、そうね」
「何がおかしい?」
忍人に手を引かれ足を踏み出した朔夜は懐かしさに目を瞬き微笑んだ。訝しげにした忍人に、悪戯でも告げるように囁く。
「昔もよくこうして師匠(せんせい)のお説教から逃げたことを思い出して」
「……そうだったな」
厳密に言えば叱られていたのは俺達ではなかったがな。その言葉を心内で呟くと、忍人はそっと髪をかきあげた。
その切れ長な面差しは穏やかになっていることに本人は気づかず、気配で気付いた朔夜だけが嬉しそうに笑った。
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
忍人の一人勝ちでした。
逆ハーレムに近いことになっていますが、複数人動かすのは苦手な人間なので頑張りましたが、微妙でしたな。
幼なじみの微妙な距離感が近づいたときのひととき。
いい加減夫婦の話を進めたいです。
[1回]
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