遠く離れた地にいる父から呼ばれたラシュディは興奮にわき起こる心を抱えて高級行楽地であり、父の逗留地たるケテルブルク行きの船に家の付き添いを連れて乗り込んだ。
次第に凍てつく空気に目は期待に輝く。
深い海の底を映したような瞳が、見慣れぬ氷の山に爛々と輝く様に付き添いは「やはり血は争えぬ」と笑った。
幾日の船旅の後たどり着いた土地に降り立つと、ラシュディは大きく息を吸い込むと伸びをした。
普段乗らない客船に揺られる日々は冒険をしているようで楽しかったが、やはり動き回れないことは退屈であったのだろう。動き回りたくてうずうずとしているようだった。
「お嬢様、旦那様がお迎えを使わせて下さっている筈ですので」
「迎え?」
告げられた言葉に目を瞬く。
あの父が迎えを寄越す?そのことが愉快なのかラシュディはくすくすと声を立てて笑い、遠くを指さした。港の出入り口には出入りする人々が大勢動き回っていた。
「父上が来てらっしゃるから、お迎えはないと思うわ」
驚く付き添いにまたクスリと笑うと、近づいてくる一人の男にラシュディは飛びついた。
長い外套に身を包み、深く帽子を被ったその人は飛びついたラシュディに驚くこともなく難なく受け止めると帽子を指で持ち上げた。
「おまえには通じんかったか」
「お久しぶりです、父上。母上が心配なさっていましたよ」
「ははは、母上は何と?」
「これ幸いと雪山に入り浸らないように、だそうです」
困ったように笑うと目尻に皺ができる。軍人でありながら、軍服を纏わず現れたのは、ラシュディの父であり、フォルツォーネ家の現当主である、ウォルト・ゲイツ・フォルツォーネその人であった。
領地の視察に出かけそのまま逗留することのある父が遠くに出かけるのは遠征以外では初めてな気がする、とラシュディは手を引かれながら思った。
昨年から父はケテルブルクの軍の指揮官を任され任官中であった。
その父から、ケテルブルクに来ないかと誘われたのは半月前である。片道の船の券が同封されており、母や兄に背中を押される形でラシュディはやってきたのだった。
連れて行かれた先は見知らぬ豪華な邸だった。
「父上?」
豪華で、けれど冷たさと寂しさを伴う室内に不安を覚え包み込む父の手を握る。
優しく握り返された。足は止まることなく、けれど蒼い眼差しが優しく細められたのを見て、安心したように手を握り返す。
「ラシュディ、今から会わせたい方がいる。遠くない未来にお前がお仕えすべき方だ」
「父上?」
「多くの者にかしづかれやがて尊き方になられる。だがな、その方は独りなのだよ」
「ひとり?」
「ああ、独りなんだ。独りというのはとても」
言葉を濁した父の想いをなんとなく察したのか、ラシュディは再び握られた手に小さく力を込めた。
いつの間にかたどり着いた扉の前で父は再び呟くと、手を離した。
開かれた扉の先に、ラシュディはグランコクマに昇る朝日をみた。
「お前が中将の娘か、ラシュディ・フォルツォーネ」
それが、出会い。
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
こんな感じで切ります。
このお題からは陛下しか思いつかなかったので。
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