何億を見届けるよりも両手に乗せれるぐらいの数を
「・・・ルークが攫われた?」
「そうですのよ! 大変ですわ、お姉さまっ。ルークが、ルークが帰ってこれなくなってしまったら・・・」
珍しく取り乱す己の主にルニアは微笑ましいものを見るかのように目許を緩めた。ソレを見咎めたナタリアはジト目で睨みつける。
がそんな睨みなどどこ吹く風、ルニアは「それで?」と促した。
大好きな心地よいアルトに促されたナタリアは敗北感を味わいながらあの使用人から仕入れた情報を己の敬愛する従姉であり、己の護衛である彼女に伝えた。
「なんでもヴァン謡将に襲い掛かった侵入者とルークの間で何かが発生して飛ばされたらしいですわ」
「それは『攫われた』のではなくて、事故という扱いになるのではなくて?」
「そうですわよね。けれど、攫われたということで捜索隊を編成するらしですわよ」
普通なら王女であるナタリアに一般人の詳細な情報などは入ってこない。
それがたとえ己の許婚であっても。
なのに彼女がここまで細かい情報を仕入れているということは恐らくあの可哀想な病気持ちの彼に詰め寄って脅して仕入れたのだろう。
(・・・哀れ、ガイ)
それならば、このルニアに似ておてんばな王女はルニアの想像通りのことをガイに言っているだろう。
(・・・一応、釘。刺しとくか)
ルニアにしか使えない、秘儀を彼の為に使うことをルニアは面倒ながら決意した。
「王女殿下」
「嫌ですわ、お姉さま。いつものようにナタリアとお呼びになってくださいませ」
「王女殿下」
ルニアに呼称で呼ばれるのを厭うナタリアを知ってこそこの手に出る。
ナタリア本人は特に気づいていないようだが、この手を使われるとナタリアはルニアに買ったことは、残念ながらない。
「決して、ルーク殿捜索隊に加わるということはなさらないようにお願いします」
「・・・そ、そんなことは致しませんわ」
声が上ずっている。それでは嘘をついていると告白しているようなものだろう。ルニアは柔らかい笑みを浮かべた。
「お願いです、王女殿下。貴女は次代の為政者。ルーク殿がご心配なのは分かります。けれど、貴女は捜索隊を指揮する側のお方です。どうか、ご自分のお立場をお忘れになさらないで」
途端に寂しそうな笑みを浮かべるルニアにナタリアは言葉に詰まった。
ナタリアがいつもどおりの呼び方を条件に白旗を揚げたのは数分後のことであった。
「ということで、一応はナタリアの叱責は免れそうよ」
「助かったよ、ルーニャ」
夜。いつものようにファブレ公爵邸前の噴水で見かけたガイにルニアは声をかけた。
ナタリアを止めた経緯を説明するとガイは心底ホッとしたように胸をなでおろしていた。己の予想が当たっていたことをその動作で証明された。
「実を言うと、ルーニャに頼みに行こうと思ってたんだ」
「明日の早朝にあの子に黙っていくつもりだったんでしょ?」
「・・・君にはかなわないな」
クスクスと笑うと肩を竦められる。二人の頭上には優しい月が笑っていた。
ふと、よく考えたら彼が捜索に言ってしまうと、このような毎日の穏やかな会話もなくなってしまう。
それは寂しいな、と一人寂しく笑うとちょうど隣のガイも寂しそうな笑みを浮かべていた。
「明日から暫くはこうやってルーニャと話すこともできなくなるんだよなぁ。・・・少し、寂しいな」
「・・・再会してからずっと続けてきたからね」
歳をとり再会し、目で笑いあったあの時からどちらから示すわけでもなく
このように夜に会って話をしていた。ほぼ毎日のように。
「ルーニャは、寂しいって思ってくれないのかい?」
そういって笑うガイの髪を月明かりがさらさらと照らす。細い金髪が月明りで幻想的な色を繰り出していた。
「寂しいわよ。でも、戻ってくるでしょ?」
「・・・当たり前さ」
「無事で見つかるといいわね」
「・・・ああ」
「ガイ」
「ああ、俺も無事に帰ってくるよ」
「・・・うん」
いつの間にか、互いにわざわざ言葉にしなくても相手の望む言葉が分かってくるようになった。
このときもガイはルニアの無言の問いかけに欲しい返事を返した。
どうか、全ての人が助かって欲しいとは言わない。
けれど、お願いです。私から大切な人たちを奪わないで。
数少ない、大切な人たちを。
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