雁国に王が立って二十年近くの歳月が過ぎた。 衰弱していた国土の疲弊は未だ激しく、人々も心に傷を負っていた。けれど、歳月は傷を塞ぐことはなくとも癒していっていた。
目に見えぬ速度でゆっくりと。
疲弊した大地には、即位間もない王が王宮の資材を投げ売って確保した植物が植えられ、ようやく僅かながらに根を張り始めている。
枯れた枝しかない木。剥きだしの大地。転がる人の死骸。力を無くした妖魔。
もうこの姿を見られる場所は数少ない。特に州の中心地であれば尚。
雁国に龍旗が揚がったあの年。
子ども同士身を寄せ合いその日その日を過ごしてきていた。大人になるにつれ、"まとも"な暮らしをできるようになったために香寧達孤児はそれぞれ自立していった。
あるものは養子に貰われ、あるものは商いを起こし。あるものは冬器を手に護衛業。リーダー格であった香寧は冬器を手に傭兵家業を行っていた。
蓬莱と違い、この世界では子どもは女の腹ではなく里木になる。夫婦が枝に紐を結び、天帝がこの男女に子どもを授けるに足ると判断されると枝に卵果がなる。これが子どもである。
蓬莱では何から何まで雌の腹にできる。言われてもあまり想像はつかないが、ただ一つ"産む"という行為がないおかげで女は男と同等に見られることがよい。と彼女は思っていた。
傭兵として雇われるようになりはや8年。その筋では有名になっていた香寧は元州に居た。
昔は目立って栄えていたここは今では他州と比べると大差ない程になっていた。
むしろ、見劣りするのは元州であった。活気があるようで、どこか寂れた州。
――それが香寧の見解だった。
宿を取って間もなく空に暗雲が立ち込め全てを流し去るように雨が降り出す。
尋常ではない雨が降る。
雨季の到来だった。
この時期、国中のあちこちで川が氾濫する。その度に人民と作物が被害を受ける。それはまるでかつての国中で起こった悲劇と似ていた。
王が居ない国は荒れる。いくら朝廷――この場合は仮朝だが、仮朝が調っていようと天災を防ぐことはできない。
さらに、国中で妖魔が出現する。人の足では決して逃れることのできぬ妖魔による被害。
天候が荒れ、雨は降らず作物が枯れる。それらは牙を剥いた妖魔のごとく容赦なく民を襲った。
雁の場合は特に酷かった。
前王、梟王が道を誤り大勢の民が殺され尽くされた。台輔が失道の病に陥ってからは梟王の苛烈さは増した。
王は麒麟を介して天帝が選ぶ。王が道を誤ると天帝からの国を託すとの命(めい)、すなわり天命を失う。天命を失うと麒麟が病にかかる。これを失道という。王が天命を取り戻さねば麒麟は死に、やがて王も死ぬ。
よって梟王は台輔が身罷った後数年で崩御した。
だが残された民に、道はなかった。
梟王の元で残った官吏は己の私腹を肥やすものばかり。民はその後官吏にも虐げられた。
梟王が天命を失った時から国土には妖魔が蔓延り、天災が続いた。
不作に不作が続き国土は枯れた。口減らしのため子どもが数多く殺され、妖魔も食べるものがないために餓死する始末。
蓬山にあった雁の麒麟の卵果がかえり、麒麟が王を探すも見つけられず麒麟までもが寿命で倒れた。
その後またも数年と経ち、蓬山に麒麟の卵果がなる。だが、次には蝕で蓬莱へと流されてしまった。
数年後、延麒は帰山するが数年の後出奔。蓬莱から延王を連れて戻った。
待ち望んだ延王が即位した。だが、その彼の方は政に興味がないらしい。
毎年の用に氾濫する川の整備をしようとしないところからも伺い知れる。
民は王が政に興味があろうとなかろうと、今ある昔とは違う生活を送れればそれでよしとおもっついる節があるのも否めない。
だが、伝え聞く王の勅命による政策から判断するに昏君とは思えぬ、と香寧は判断している。
今、空を覆うこの暗雲のように晴れることのない暗闇が雁を覆っていた。
(白い闇)
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