空を駆け上がるその姿はひどく懐かしいもので、目の奥が熱くなった。
宋太傳から竹と小刀を貰った。
始めは箸でも作ろうかと思ったが、不意に思いつき有紀は女官仕事の合間にサクサクと制作していた。
ようやくできあがったソレを手に、府庫での劉輝との憩いの時を迎えた。
「劉輝様、今日は宋太傳に……あ、ちょっと逃げないで下さいよ」
「そ、宋太傳がどうしたのだ?!」
「話は最期まで聞いてください。宋太傳に竹と小刀をいただいたので、私の故郷にある遊び道具を作ってきました」
どうぞと渡すと彼はしげしげと観察しながら受け取った。
細い手触り、不思議な形の二枚刃。
「これは何と言うのだ?」
「竹コ……タケトンボです」
「竹こたけとんぼ? 余は聞いたことがないな」
「たけとんぼです。空に飛ばして遊ぶんです」
危うく日本人(世界中でも)にはおなじみの便利アイテムの名前をいいそうになった有紀は焦った。慌てて劉輝を外へと連れ出す。
「それが本当に空を飛ぶのか?」
「はい。劉輝様、二つ作ったので片方をお持ち下さい」
「う、うむ。してどうするのだ?」
たけとんぼを持たせると有紀は見本を見せるように、細長い部分を両の手のひらで挟み込む。
「こうやって…手のひらを擦り合わせると……えいっ」
素早く手のひらを擦り合わせ、勢いで離す。
回転が加わり、二枚刃が素早く回り円に見える。
有紀の手から離れ、たけとんぼは空高く舞い上がった。
高い空に向かって、高く高く。
「おおっ! 本当に飛んでいるな!」
はしゃぐ劉輝に笑っているとたけとんぼは呆気なく落下してきた。
受け取ることはできなかったが、落下したたけとんぼを拾い上げると既に劉輝は一人見よう見真似で飛ばそうとしていた。
けれど、有紀の時とは反対方向に回転をかけようとしているのを見て、彼女はそっと手で止めた。
「む? どうかしたか?」
「劉輝様。そのやり方ですと飛びませんよ?」
「そうなのか?」
やってみて下さいと言うと劉輝は力強く頷き、えいっと回転をかけ、飛ばそうとした。
だが、劉輝の予想と反し、たけとんぼは勢いよく地面に向かっていった。
「何故だ?」
「風が上に吹くのだと思います。今度は逆に手を擦ってみて下さい」
「うむ。では有紀も一緒にやろう。どちらが高く飛ばせるが競争するのだ」
「負けませんよ?」
「ふふふ、余も負けない気がするぞ!」
掛け声と共にたけとんぼを空に飛ばす。
「余の勝ちだな!」
劉輝が飛ばしたものが高く飛んだ。喜ぶ劉輝に有紀も楽しく笑っていると不意に風が吹いた。
反射的に目をつむるとデジャヴュを感じた。砂埃が顔に当たる。
有紀を庇うように劉輝が立つ。
「っいた!」
「何だ?」
風の中に痛そうな声が二人分聞こえた。何かが当たったのだろうか。
風がやみ、二人揃って空を見るが、たけとんぼはどこにも見えなかった。
近くの地面を見渡しても見当たらない。
残念そうな劉輝に有紀は材料があればまた作れると慰める。
「たけとんぼは面白いな!」
「劉輝様のお時間があるときにでもまた」
「……では、このわけのわからん二つのものはお前達のものか?」
不機嫌まっただなかの声に振り返るとにっこりと笑みを浮かべた楸瑛と無理矢理浮かべた笑みが引きつっている絳攸がいた。
それぞれの手には見覚えのあるものが握られている。
「余と有紀のたけとんぼ!」
「おやおや、この危ないものはお二人のものですか」
「有紀が余のために作ってくれたのだ。早く返せ」
有紀はたけとんぼを見て、先程風に乗って聞こえてきた言葉を思い出した。
ろくに考えもせずに絳攸の額へと指を伸ばす。
「頭に当たったの? 細胞が何万と」
「俺は肩だ。頭に当たったのは楸瑛だ」
心配するなとの絳攸の言葉と共に有紀の手は自然な動作で横から伸びてきた楸瑛の手に取られる。指先に温かなものが触れる。
「え、えと……藍将軍?」
「おや、私のことは楸瑛と呼んで下さるのでは?」
「こっの! 常春頭!」
絳攸が投げ飛ばしたたけとんぼをうまく避けると楸瑛はからかうような笑みを浮かべた。
「有紀殿は私の心配はして下さらないのですか?」
「たんこぶは?」
「ありませんよ?」
じゃあいいです。と呆気なく手を取り返すと二人の手からたけとんぼを取り返した。
「有紀。それはまだ飛ぶか?」
「もう無理です。劉輝様、今度は一緒に作りましょうね」
「うむ」
「……私たちって邪魔ものかな?」
「主上がそんな器用なことお出来になれるんで?」
「聞いちゃいないよ……」
**
後半はいつも通りぐだぐだです。
[2回]
PR