それは、奇跡にも等しい巡り合わせ。
眞魔国一美しいと評判の、現魔王陛下の王佐、フォンクライスト卿ギュンターを翻弄できる人物は多くない。
真っ先に名が上がるのはもちろん彼が骨抜きの魔王陛下、渋谷有利陛下である。
次に名が上がるのは前魔王陛下たるフォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエと赤の悪魔こと毒女ことフォンカーベルニコフ卿アニシナである。
前述の陛下には頬ずりする勢いの王佐もこの二人からは裸足で逃げ出すとか。
そして、三人に比べ知名度は低いが、彼をよく知る人物は皆揃って首を縦に振る者がいる。
シャルロッテ・ティンダーリア……。
現王佐補佐である。
「でもさ、俺会ったことないんだよな」
どこで聞いてきたのか有利は、側近兼護衛役のコンラートにこぼした。
美形ばかりいる眞魔国でも、人に優しい美男子である。
「そうですね、彼女はこの間から血盟城にはいないので」
「え、じゃあちょっと前なら居たの? 俺、会ったことある? ってかコンラッド知り合いなの?!」
徐々に身を乗り出す彼を抑えてコンラートは柔和な笑みを浮かべた。
「落ち着いて下さい陛下」
「ヘーカって呼ぶなよ名付け親」
「はいはいユーリ。シャルロッテ……だいたいはシャールと呼んでいますが、彼女は俺の幼なじみなのでよく知っていますよ」
「ふーん……ってことは、ヴォルフラムも知ってんのか?」
「いいえ、ヴォルフラムはあまり面識はないはずです。むしろグウェンダルの方がよく知っていますよ」
「ぅええ?! その……なんとかさんって顔広いんだなぁ…」
「シャルロッテですよユーリ。彼女は貴族だろうと誰だろうと自分の名前を間違われることを何よりも嫌いますから」
決闘申し込まれますよ。と朗らかに恐ろしいことを言うコンラートに有利は口の中で何度もシャルロッテ、シャルロッテと呟きはじめた。
「…よしっ。でそのシャルロッテさんは何でいないの?」
「ああ、使いものにならないギュンターに愛想を尽かして忙しいグウェンダルの補佐に行っています」
それって、俺のせい?という有利の呟きに微笑むにとどめたコンラートだが、むしろその行動によって肯定していた。
「彼女は武人ですが、俺なんかよりよっぽど事務補佐に役に立つんですよ」
「……だからグウェンダルとお知り合いなのかー」
まあ、他にも事情はあるんですけどね。というコンラートの呟きは有利の耳には入らなかった。
「……で、俺他にも何か訊いたっけ?」
「ええ。彼女とユーリは面識はまだ無いはずですよ」
「ちぇっ」
がっかりしたように有利は机につっぷすと、傍らに山のように積まれた書類の一枚をめくった。
ひらひらと振るとがっくりとうなだれ、恨みがましい視線をコンラートに向けた。
「はぁー。ギュンターはどこに行ってるわけ?」
「どうでしょう。いつもならシャールがうまく仕事をさせるのですが、今居ませんし……。ちょっと俺には」
わからないですね、というコンラートの苦笑とともに告げられた言葉は、廊下の奥から聞こえた荒い足音と奇声にかきけされた。
それを耳にした二人は有利はげっそりとし、コンラートは苦笑いを強めお互いに視線を交わした。
同時に、有利の執務室の扉が勢いよく開かれた。
同時刻に有利は予想される大声をふさぐために耳を両手で覆った。
「シャルロッテ!?」
けれど、聞こえたのは「陛下!!」という聞き慣れたものではなくて、声は同じでも呼ぶ名が違った。
そのことに気づいた有利は耳を覆っていた手を外しながら、つかつかと優美にけれど荒々しくコンラートに近づく王佐をみた。
「コ、コンラート! か、か、かか彼女を見ませんでしたか?!」
「いや、俺もここ数日見ていないよ」
掴みかからんばかりの勢いのギュンターから後退することなくコンラートは爽やかに笑って見せた。
全く彼らのやりとりの意味が分からなかった有利は、麗しい王佐が額に手をやり憂いの表情を帯びさせつぶやいた言葉で事態を察知した。
「気づいたらシャルロッテが居なかったのです。いつもならば、遠出するなら数日前に私に知らせて下さるのに今回は何も……っ」
「あれ、コンラッド。シャルロッテさんって……」
先ほどコンラートから聞いた情報を尋ねようとすると彼は有無を言わせない笑顔で有利の言葉を遮った。
「ええ、だから俺もここ数日はシャールを見ていませんよ」
黒い! 笑顔が黒い! 有利は思わず鳥肌が立った腕をさすった。
「ああ、シャルロッテ……。どこに行ってしまったのでしょうか……」
嘆くギュンターはまるで恋人を捜す男のようで思わず有利は視線をそらした。
一方、ヴォルテール城では一向に減らない書類仕事に城主の血管ははちきれる寸前だった。
「閣下、そろそろお休みになって下さい」
「……あの馬鹿が仕事をしないせいで私は領地の仕事ができないではないか!」
どうなっていると怒鳴らんばかりにかっと目を見開くとグウェンダルは苦笑いを浮かべて書類を整えるシャルロッテをみた。
「だいたいお前があの王佐をだな」
「ええ、たしなめても仕事をして下さらないので国のために閣下のお手伝いに参りました」
おじゃまでしたか、と笑うシャルロッテにグウェンダルは思わず口を噤む。
魔王が代替わりしてからはバリバリと王佐として手腕を発揮するはずのギュンターは使えず、なぜかグウェンダルに仕事が回されてきていた。
王佐を支えるはずだったシャルロッテはギュンターを見捨ててよくグウェンダルを手伝いに訪れていた。
休憩に、とお茶を入れるシャルロッテを見ながらグウェンダルは今頃血盟城で大騒ぎをしているだろう王佐を思い浮かべた。
今は全く使いものにならないが、だが埋もれていたシャルロッテを見つけだし、文人としての能力を磨いたのは彼である。
グウェンダルの弟、コンラートに剣の指導を施したのもギュンター。
シャルロッテに書類整理の能力など、補佐としての能力をつけたのもギュンターである。
砂粒から砂金を見つけるのは得意なのに、なぜそれを帳消しにしてしまうほどのだめっぷりなのだろう。
シャルロッテの頭を撫でたい衝動をこらえながらグウェンダルはお茶を礼を言って受け取った。
(不思議な言葉でいくつかのお題)
ようするにギュンター→シャルロッテみたく
[2回]
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