明烏
「まっ……! お待ち下さい、政子様…!」
力付くでも引き留めたい気持ちを抑え、冷静さを失いつつも景時はとっさに叫んだ。
「あら、何ですの? 景時」
あっさりと足を止めた政子はにっこりと笑みを張り付けた。その背後に景時が真に引き留めたかったものを抱えた従者を従えたまま、まるで何も知らないと言わんばかりに。
「……彼女はまだ動かせる状態では……」
ちらりと視線をやった先に赤いものが見え隠れする。
九郎を捕らえ、白龍の神子をも手中に収めた鎌倉はまだ景時も曙も手放すつもりはないらしい。
むしろ二人をさらに雁字搦めで縛り付け、二度と牙を剥かないように厳重に見張りを立て、檻へと縛り付ける。
「あら、わたくしは大丈夫だと判断したからこそ彼女を引き受けたのですわ。死なれては困りますからね」
言葉をかみ殺し、景時は曙を何度も見た。
こうしている間にも重傷を負った彼女は血を流していく。命の灯火が消えてしまうかもしれない。
「こちらには優秀な薬師もいますから、安心なさい景時。あなたの大切な曙殿は死なせませんわ」
哀しい連鎖を断ち切るにはどうすればいいのだろう。
跪いたままうつむき、船底に拳を打ちつけた景時の隣に誰かが座り込み肩をそっと触った。
「景時、あなたが今ここで駄々をこねればそれだけ彼女が危険な状態に陥ります。ここは、堪えて下さい」
「……弁慶」
「大丈夫ですよ。御台様、どうぞ景時は僕が落ち着けますので」
冷笑を浮かべ踵を返すその後ろ姿からはどこからか高笑いが聞こえてくるようだった。
神子も守るべき主人も、大切な女性も鎌倉にとらわれてしまった。
弱虫で意気地なしの自分に何ができるのだろうか。
景時は不意に自分の手のひらを見つめた。
べったりとついた、固まり始めた紅。
倒れた彼女を抱き起こした際の名残だった。
彼女は、まだ生きている。
「……お姫様を助け出すのは男の役目なんだよね」
「兄上……」
拳を握りしめて彼は立ち上がった。
(不思議な言葉でいくつかのお題)
あえてこのお題でこっちに走ってみました。
明烏が書きたいです…。あえて需要とは真逆に走りたくなる人間です。
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