明烏
蒸し暑い京とは違い、ヒノエの故郷である熊野は暑さからはほど遠い過ごしやすい気候だった。
「暑いわねぇ……」
「神子、暑いの?」
「でも京より涼しいから平気だよ」
陽が当たらない縁側でまったりとくつろぐ神子と龍神を見て曙は目元を和らげた。
そんな珍しい彼女の表情を見てしまった景時はとっさに周囲を見渡した。
辺りにいたのは望美と朔と白龍だけであった。
幸いなことにそばにいた八葉は景時だけだったらしい。他の皆は川の氾濫の真相探りに出払っていた。
戦の幕開けが間近だというのに、源氏方の総大将も参謀も熊野でのんびりとした時を過ごしている。
それは戦と戦の間に挟まれた小休止――つかの間の休暇だった。
京よりも心穏やかになれるのは、涼しさだけではないだろう。
「あ! 曙さんも一緒に涼みましょうよ!!」
「曙殿が座る場所ならあるわ。兄上の分はないけれど」
神子二人が満面の笑みで曙を手招きする。
が、彼女は困ったように笑みを浮かべてちらりと景時を見た。
「ありがとうございます。…ですがここも十分涼しいので大丈夫ですよ」
気を使われてしまった。
他人に気を使うのは当たり前だというのに、曙がちらりと景時を見た後に誇示したことは景時の心に喜びをもたらした。
曙が自分を気にしてくれた。
幼子でもあるまいし、そんな逆に気を使うべき場面で喜ぶとは景時自身も思いもよらなかったが、とても嬉しかった。
だらしない顔だと朔に言われそうなのがわかるほど景時はうれしさに顔がゆるんだ。
「ねえねえ、冷たいお茶とおいしいお菓子食べない?」
「あ、欲しいです!!」
「じゃあ俺、用意してくるね」
嬉しくて笑顔を贈ると、すかさずに曙が景時の後ろにたった。
彼女のこの行動がわかっていて、景時は今の発言をしたのだ。
「お手伝いします」
「ありがとねー」
お茶とお茶受けが準備できるまでのわずかな時間に彼女と何を話そうか。
鼻歌でも歌いそうな兄の後ろ姿に朔はため息をついていた。
(不思議な言葉でいくつかのお題)
久しぶりに遙かです。明烏も書きたい作品の一つです。
曙(あけみ)の字を変えることにします。
暁未とか……?
リハビリ中です。
[1回]
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