鈍色の空からひらり舞い降りる羽を手のひらでそっと受け止めると、静かに消えた。
「有紀」
静かに、耳障りの良い声が耳を打った。
ここ最近は何かにぼうっとしているときによく声をかけられるなと苦笑すると、手をそっと降ろして振り返った。
銀色の髪に白い雪を積もらせながら、不安と焦りが混ざった表情の絳攸がそこに立っていた。また迷っていたのか、回廊の向こうの白く染まった地面に立ち尽くしている。
彼の名前を呼ぼうとして口を動かすがそれは音にはならず、白い息となって宙に霧散した。
けれど、彼は頓着しないのかそれ以上の懸念事項があるのか、つかつかと有紀の元へと歩みを進めた。
一歩一歩進むごとに、詰まった音とともに白い地面に彼の足跡がついていく。
「こんな日にこんな場所でなにをしている」
気づくとすぐ側にきていた彼に手を掴まれた。
雪が降るような冷えた寒空の下に何刻も居た有紀の手は冷たくて、その氷を思わせる冷たさに彼は眉根を寄せた。
「……有紀」
静かに、低く呼ばれた名前に微苦笑しか浮かばない。
彼の方は心得たもので、強く有紀の手を握ると、たたらを踏まない程度の強さで引っ張り歩き始めた。
迷いのない足取りで進む先は回廊で、その先はおそらく後宮だ。さらに詳しく言えば有紀の部屋で。
こんな状態をほかの女官に見つかれば根ほり葉ほり聞かれることは明白で、腕を引かれることに特に異論はなくとも、そんな事態は避けたかった。
なので、力比べでは完全に負けはするが、反抗の意を示すために絳攸の腕を逆に強く引いてみた。
やはり不思議に思ったのか、真剣な顔に困惑の色を若干混ぜながら、足を止めて有紀を振り返った。
どうした?と問うてくる視線に笑うと彼はわからないといったように首を傾げた。
「部屋じゃなくて府庫がいいな」
「……行くぞ」
くるりと素直に方向転換した先はおそらく府庫で、有紀の希望の裏を読むことなく絳攸は彼女の希望を優先した。
普段ならば狂った方向感覚が彼の行く先を狂わせるのだが、なぜかこういうときだけ彼の方向音痴は発揮されない。
なぜそんなに自分のことで必死になってくれるのかわからないが、絳攸にとって自分の存在が黎深と百合姫の次の次くらいにこれるものなのかな。そうだとうれしいな。と人知れずこっそり思い、笑いを噛みしめた。
そんなやりとりを見ていた、双花菖蒲の片割れと、主は思わず顔を見合わせた。
「あんなに仲睦まじいのに、何故そういう関係ではないんでしょうね」
「うむ。…だが、有紀のあんなうれしそうな顔は余は、あまり見たことがないぞ」
「おや。私は絳攸相手でしか拝見したことがありませんが……」
「黄尚書と一緒の時が一番嬉しそうだ。二番目が絳攸であとは……何故だ?扇が、何故今飛んでくるのだ……」
**
いつまでたっても互いの対応に変化がありません2人でした。
[3回]
PR