城下町で奇怪な笛の音が響き、倒れる者が続出しているらしい。新たな手の者かと思いきや笛を奏でると満足して去るらしい。
どうにかしてくれと苦情が殺到し、そんな苦情に対応している燕青を見て原因に心当たりがあった有紀は苦笑を覚えたが同時に嬉しさも募った。
「ん?もしかして有紀、心当たりがあるんじゃない?」
「うん」
「心当たりというよりも当人をご存じのようですが…」
困った声で書類を捌く悠舜に相変わらず凄いことをしてみせるなと思いながらお茶を注いだ。お茶請けは手作りのどら焼きである。
「ここに来るときに知りあった旅の友達です。ちょっと変わった感性の持ち主なんです。いい子ですよ?」
彼は決して嘘をつかない。そして瞳はどこか違う場所を通して今を見つめていた。
全てを達観しているような。まるであの人のように冷たい孤独を瞳の奥に浮かべていた。
「んーいい子、ねぇ。俺も有紀にいい子って言われてみたいな」
「年下に年下扱いされたいの?」
「そういう意味じゃないけどな」
少し困った顔をして燕青は十字傷の残る頬を指で軽く掻いた。悠舜は二人のやりとりに笑みを浮かべながらも仕事をこなす手を休める気はないらしい。
「んーじゃあいい子の燕青はそこに溜まったお仕事を片づけるよね?」
「もうちっと休憩したっていいだろ?」
「……じゃあ悠舜さま、休憩しませんか? 燕青が後でたくさん働くそうなので」
「そうですね。それではそうさせていただきましょう」
にこりと笑った悠舜にがくりと肩を落とす燕青。けれどようやく筆を置いた悠舜にほっとして有紀は暖かいお茶を淹れ始めた。
湯呑みは暖かそうな白い湯煙をたてる。
そろそろ一度貴陽に戻らなければいけない時期だろう。
彩雲国一だと思われる美貌を心配そうに、けれど怒りで歪ませて怒られるのは有紀だけだ。
離れてみてわかった。鳳珠の存在の大きさ。
「私にはまだ親離れできないようです」
「心配しなくとも彼も子離れできていませんよ」
帰ろう。
あの優しい声で「おかえり」と言ってもらうために。
(不思議な言葉でいくつかのお題)
久しぶりな気がする彩雲国ですね。ラストスパート!
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