目の前には、荒れた戦況が。
そして高みの見物と決め込んで、高い木立に上ったキリエの目に映ったのは緑のローブを目深にかぶり思慮深げな雰囲気を漂わせつつも鋭く戦況を見つめる、一人の姿。
その姿と、合間から覗く赤い瞳に思わず顔が綻ぶと、キリエは迷わず枝を蹴り、木を移った。
確実に戦況が見通せて且つ戦闘の邪魔にならない位置に立つ軍師。見間違いでなければレフィル・サンディアその人であった。
その背後にそっと立つとキリエは自然な動作で話しかけた。
「今どんな感じなの?」
「っ何者だ!」
突然声がしたことに驚いたレフィルの傍らにいた男が抜き身の剣を素早くキリエに突きつける。その鈍い光をそっと避けて、キリエはその男を無視してレフィルと目を合わせて微笑んだ。レフィルもまた気にしないのかローブの縁を少し持ち上げて、微笑を浮かべた赤い双眸でキリエを見た。
「相変わらずのようだな」
「それは勿論。一年足らずじゃ行動は変わらないよ」
「エリウッド殿、警戒はしなくても大丈夫だ。彼女は既知だから」
「ですが……。いえ、わかりました」
エリウッド、と呼ばれた赤髪の青年は目を閉じると剣を納めた。
「私も突然現れてすみません。レフィルの姿を見つけたのでつい」
誰でも突然人が現れたら驚くだろう。
エリウッドは首を横に振ると、真剣な表情に切り替えてレフィルへと向き合った。
「どうなさいますか、レフィル殿」
エリウッドの問いかけに暫し逡巡したが、レフィルは短くキリエの名を呼んだ。
キリエはこれ以上ないくらいに満面の笑みを浮かべて、一言「いいよ」とだけ伝えた。
「なら遠慮はしない。エリウッド殿、彼女……キリエといいます。今からキリエを連れてヘクトル様の元へ。そのまま後方部隊を庇いながら、蹴散らして下さい」
エリウッドとキリエの是の答えを聞くとレフィルは軽く頷く。
「では、えーとキリエ殿、こちらに」
「はい」
青いマントを翻し駆け出すエリウッドに遅れずキリエも背中の槍を引き抜くと手に構え駆け出した。
キリエの手にした槍を見て軽く目を見張ったエリウッドはすぐにレフィルの言った言葉の真意を悟った。
今から向かう先には、一人で敵を裁いているヘクトルがいる。彼は決して弱くないが、斧使いであり、槍には強いが剣などには対応が鈍い。
反対にエリウッドは剣士であり、斧には強く槍には弱い。
二人でも補い合えるが、今回は敵の数が多く、そして多種多様すぎた。
だからレフィルも、とりあえずは打たれ強いヘクトルを置いたのだろう。だが、それは最初の一手とも言いがたい急場凌ぎの策で最善の策を考えていた。
元々、別行動をしている際に急襲されたせいで仲間の頭数がいつもよりも圧倒的に少なく、戦略を練ろうにも不利すぎる状況だった。
そのため、エリウッドをヘクトル傍に投入することに踏み切れなかったレフィルだが、キリエが現れた瞬間にその決断をした。
すなわち。
(レフィル殿にとって、誰よりも信頼の置ける人、なのだろうか)
ちらりと隣を見る。
灰色の髪が肩で揺れている。すっきりとした目元に覗く暗紫の眸は戦況を見極めようと注意深くあたりを伺っている。
(後で、話を聞けないだろうか)
「そうだ」
突如隣から挙がった声に驚き彼はキリエを見た。すぐ目の前にヘクトルがいる。
駆け足で数歩。足を踏み出した瞬間に片足に体重をかけてヘクトルに背中を向けるようにしてあたりを見渡す。
その口元にはなんとも挑戦的な笑みが浮かび手には槍が掲げられていた。
「初めまして、キリエ・ウェスティンです。以後お見知り置きを!!」
(様々な曲で21のお題)
どの辺がセレナーデ?なんて問いはダメです。
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