※遙か3短編主が『十六夜記をたどり、十六夜の九郎×望美ルートを迎えた』前提のお話です。
遙か3 in GHとは同じ設定なだけで同一人物ではありません。
デフォルト名:天河華織(あまかわ かおり)
『四神の神子』で四神からは『我等が御統(みすまる)』と呼ばれ、四神の属性をその身に宿し、操る
「華織っ?!」
「っのぞ」
望美っ!!
叫び声は喉の奥で消え、言葉にならずに消えた。
三度目に感じる水に包まれた感覚。意識を呑まれ、たくさんの反発を感じ、そうして華織の意識は暗転した。
頭の片隅に幼なじみの悲痛な叫び声を聞きながら。
耳鳴りがする。体が冷えきって指先すら動きそうになかった。
すぐ傍では、力強く寒さすら感じる風の音がする。
寒い。
当たり前だろう。体は全身ずぶ濡れの上、辺りは空気が冷えきっている。
うすぼんやりとしてきた意識で、周りはとても寒く自分が濡れていて冷えていることを認識した。けれど酷く億劫で、起きあがる気がまるでしない。
頭の隅で今動かないと、濡れて冷えきった体をどうにかしないと死ぬ、と理解しているのに指先すら動かない。
どうしようかなぁ、と暢気にも思っていると勢いよく雪を踏み見分ける音がした。
そしてその音は自分に近づいていた。
人だ。
野党の類ならば華織にはどうにもならないだろう。村人だとしても、こんな時期に外に倒れている人を拾うのはかなり酔狂な人間だろう、と何故か冷静な頭がそう判断していた。
けれど、華織に近づいてきていた人は様子に気づくとあわてた様子で駆け寄ってきた。
「そなた!! 大丈夫か?!」
うつ伏せに倒れていた華織の肩を揺らしながら肩もとで叫ぶその声は予想以上に大きくて思考力の鈍い頭に響く。
「う……」
寝起きの頭でうるさいと文句を言おうとしたが、声がでない。またもがくがくと揺さぶられていた体は、華織が反応を示したことにより止められ、いとも簡単に抱き起こされ座らせられていた。
未だに指をぴくりとも動かせない華織は心の中で安堵した。
「そなた、しっかりせい!」
「……っ」
「旦那、あんまり揺すると」
声がしてから気づいたが、人は二人居た。ある程度人の気配には敏感になっていた華織は、気づけなかった自分に驚きながらも、とりあえず今は目を開いて会話をしなければ。
ぴくりもしない指先に苛立ちを感じながらもゆっくりと瞼をあけようとがんばる。
「……っあ」
ようやく開けた視界は白く光っていて物の輪郭を上手く捕らえられない。
けれど、ゆっくりと瞬きを繰り返して馴染ませた視界に広がる世界も白銀の世界だった。
雪が本当に積もっていた。
景色に目をやってから漸く自分を抱き起こしてくれていた人物に目をやった。
「おお、気づいたぞ!! 佐助!」
「はいはい静かにね旦那」
「其(それがし)は真田幸村と申すもの。お主の名前を頂戴してもよろしいか?」
赤い鉢巻に赤いジャケット、幼さの残る精悍な顔立ち無邪気な笑顔が特徴の青年(少年ではないが青年というほどの年ではなさそうである)と、迷彩柄のぴったりとした服を着て、顔には不思議なペイントをしてた造作ヘアーな青年が華織の視界にいた。
「…、華織……で、…っす」
喉の奥がひきつって声が出ない。けれど言えることのできた己の名前に華織はほっと息をつき、自然と寒さで強ばる顔が綻んだ。
「華織殿にあらせられるか!」
「旦那、とりあえずここじゃまずいぜ。どこかに」
寒さと疲れで顔が強ばるが、それでも暖かいやりとりに触れ、華織は穏やかな気持ちになっていた。そのまま、ゆっくりと瞼をおろすと当然のように意識が沈んだ。
暖かかった。人の気配を感じる室内の真ん中に華織は寝ていた。
床には嫌でも慣れた布団ではない褥。上にかけられていた打ち掛けには綿が入っていた。
ゆっくりと起きあがると、自分が単衣を着ていることに気づいた。
着物なんて物は、あちらの世界で嫌というほど着ていたので違和感はないが何故ここで自分が?というのは拭えなかった。
よくよく周りを見渡すと全く見覚えのない部屋だった。
景時の京屋敷でも、鎌倉の屋敷でもなく、平泉で世話になっていた高館(たかだち)でもない。
「……ここは」
どこだろう。というよりも何故ここに自分が居るのか。
そんな風に思った瞬間足音もなく廊下で気配を感じた。次の瞬間には襖が開き、一人の青年が姿を現した。
足音もなく現れた彼は体を起こしている華織と目が合うと、歯を見せて笑った。
「目、覚めた?」
入ってもいい?と続けた彼に頷き返すと、彼は視線を一瞬どこかにやってから静かに襖を閉めて音もなく畳の上を歩いてきた。
やはり音もなく茵の傍に座ると、短く「失礼っと」声をかけて華織の額に手を伸ばした。
熱でも計るのだろうか?と思い、華織は大人しく目を閉じてされるがままになる。目の前で笑う気配がした。と思った瞬間にひやりとして、ごつごつとした手が華織の手に触れた。
「んー、もう下がったみたいだねぇ」
「あの……」
「ん? ああ、お嬢さんね意識失ってから高熱だしてずっと寝てたからね。確認確認ってとこかな」
にまっと笑う青年につられて笑うが、まだ微熱があるのか彼の冷たい手が気持ちよかった。一度あけた瞼を再びあげる。
急に廊下の奥が騒がしくなり、荒々しい足音がこちらに向かってきた。ということを認識したと同時に襖が勢いよく左右に開かれた。左右が全く同じタイミングで角に当たるほど見事な開き方である。
「佐助!目が覚めたとは真か!!」
「あーはいはい本当ですから、静かにね。旦那」
「うむ……っは!!」
突然現れた彼は真っ赤な服装をしていたが、華織と目が合った途端に服装に負けず劣らず真っ赤になっていった。
口をパクパクとさせているが、言葉にならず一歩一歩後ずさっていった。
きょとんと首を傾げて隣の男をみると彼はいつの間にか華織の額から手を離していて、その手で自らの額を覆っていた。
「あちゃー、ちょっと旦那!」
「は、はははは破廉恥なー!!破廉恥であるぞ佐助!!」
耳をつく大声で叫ぶ彼に、華織は頭をくらくらさせながら姿勢を正すと茵の上に三つ指をついた。
「見ず知らずの身を助けていただいた上、看病までしていただきましてありがとうございます」
すっと頭を下げる華織をみて破廉恥である!と未だ叫び続けていた彼はぴたりと口を閉じるとずかずかと室内に入り華織の正面に胡座をかいて座った。まだ頬は赤い。
「む、そ、その……。か、か、甲斐の冬は冷え込む故次からは気をつけられた方がよいと思う」
「えと、華織ちゃんだっけ?」
「はい」
そういえば意識を失う直前に居た二人だということを今更思い出した。
名前を聞いた気がするが、何分覚えていない。
そんな華織を察したのか、隣に座った男が笑った。
「俺様は猿飛佐助。こっちの赤い旦那は」
「其(それがし)自分の名ぐらい名乗れる。其は真田源次郎幸村と申すもの。そなたの名は“華織”殿…でよかっでござろうか」
赤みのひかない頬を指でかきながら尋ねてきた幸村に華織は頷いた。
ただ、今“居る”時代で名字が当たり前かどうかはわからないので名乗るのは名前だけである。
天河はそこまで古くからあるわけではない名字らしい。平安末期のあの時代でも氏はあまり名乗らなかった。
そこまで考えると今居る場所はどこなのか。そんな疑問が沸く。
「すみません、少しお聞きしたいのですが……」
「うむ。なんなりとお聞きくだされ」
「代わりに聞きたいこともあるしね」
障りない程度に核心に迫ろうとする質問をされるのだろう。そんなことは二度目だから華織は苦笑するしかなかった。
そんな華織をみて佐助はおや、と笑った。
「えっと、ここはどこですか?」
「其が御館様より賜った屋敷だが?」
真面目な顔をして言った幸村に佐助が頬杖をついていた手から落ちた。
さすがにその返答はないだろうと言った感じである。
「旦那~。代わりに俺が答えていい?」
「うむ?かまわぬが」
「ここは甲斐の国。武田信玄様が治められている国だよ」
「甲斐……?って、……?」
どこになるのだろうか。ついでに武田信玄って誰だっけ?
そんな華織の疑問がわかったのか、佐助が続けた。
「山脈の間にある国で、信濃も国の一部。武蔵と終わりの間、とまで言えばわかる?」
「いつの間にそんなに移動したんだろう……?」
「む? 今なんと?」
「あ、いえ…。あとでまとめてお話します。えっと、あと今って何時代ですか?」
流石に面食らったのか、二人はぽかんとした顔をしていた。
「なら、聞き方を変えます。……源平合戦から何年経ちました?」
「……500年くらいは過ぎてるよ」
500年……。
16世紀にいつの間にか時代が移り変わっていた。
突飛な質問に怪訝な顔をしていた佐助は顔をしかめると華織を見た。
佐助の答えを聞いた瞬間に顔色は真っ白になり、ここではないどこかを見ていた。唇が痛々しくも噛みしめられている。
「……最後にひとつだけ」
「最後でよろしいのでござるか?」
「はい。……ここの周囲に、龍神を奉る神社はございますか?」
「うむ。龍の神の言い伝えは聞きまするが、社はないと思うでござるよ」
「ですね。俺様も知らないし」
目を閉じて辺りに気配をこらしてみても、目に見えるように鮮明だった五行が感じられなかった。
当たり前のようにあったものがなくなった喪失感に、華織は胸の奥から何かがこみ上げてきたことを堪えられなかった。
「華織殿……?」
戸惑うような幸村の声が聞こえる。
頬を何かが伝っていく。それを指で拭うと、華織は二人を見て笑った。けれど、予定よりも頬の筋肉はぎこちなくて、堅い笑みになっていた。
「すべてにお答えします。何でも聞いてください」
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力つきました。
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