決して、消えはしない。
たとえ見えなくとも、決して。
「……!!」
「っとどうした、有紀?」
どくどくと脈打つ胸をそっと抑えて有紀は小さく頭を振った。
「ううん、なんでもない」
「なんでもないわけあるか! 真っ青だぞ?」
心配そうな燕青の声に、有紀は力なく笑った。
机に突っ伏すように寝ていた体勢に体が驚いて起きた反動で目が覚めたのだが、それ以外の理由で目が覚めたのだ。
「なんかヤな夢でも見たのか?」
「……ううん、別に―――」
「こら」
隣に座り込んで有紀の顔をのぞき込んでいた燕青に額を小突かれた。力馬鹿な燕青には珍しく手加減された力だった。
小突かれた額をそっと手でさすると真剣な目をした燕青に睨まれて思わず言葉に詰まる。
「俺に隠し事は通じないって何度言えばわかるんだ?」
何でもお見通しな深い色の瞳から目を反らすと観念してかゆっくりと息を吐いた。
「……夢、を見たの」
「怖い夢か?」
茜色に広がる白い雲。消えかかった飛行機雲。遠くに聞こえる懐かしい喧騒。
けれど、そこに自分の居場所はない。
怖い、といえば怖い夢だろう。だから、有紀はゆっくりと顎を引き肯定を示した。
そうか、と呟く声とともに大きな手が有紀の頭を乱暴にかき撫でる。
それには嫌がらせの意図が含まれていないことが分かるためにおとなしくされるがままになる。
いつまでそうしていただろうか。不意に頭から引いていった大きな手のひらを名残惜しげに眺めると、燕青の暖かな笑顔が目に入る。
「有紀、前に棒術やりたいってたな」
「言ったけど…燕青も老師も忙しいから無理だって……」
「今から少しだけ教えてやるよ。この燕青様が直々にな」
にかっと笑う燕青は立ち上がると、大きくてごつごつとした手で有紀の手をつかみあげるとあの太陽のようにまぶしい笑顔で笑った。
強引に立たされた有紀は慌てて転ばないように手を引く燕青についていく。
前を歩く燕青は相変わらず有紀の歩幅を考えずに歩き、楽しそうに「ビシバシやるから覚悟しろよ~」なんて言っている。
その言い方がいつもと変わらない燕青で、引かれるてから伝わる彼の優しさに思わず顔が綻ぶ。
燕青は優しいし、厳しい。
そんなところがすごく好きな有紀は、前を歩く大きな背中に声をかけた。
「ありがとう、燕青」
「なにがだー?」
立ち止まらずに振り返る燕青は、柔らかい微笑を浮かべていてなにもかもがお見通しのようだった。
惚ける燕青に併せて有紀は頭を振った。
(不思議な言葉でいくつかのお題2)
[1回]
PR
でも、きょうしずくと、観念したよ♪