デフォルト名:黄有紀(こう ゆき)
恒例の勉強の日。
絳攸と顔を合わせた途端に有紀はふわりと笑みを浮かべると、絳攸の手を取った。
予想外の有紀の行動に不思議そうな顔をする絳攸を素通りして、有紀は百合へと視線を向けた。
「百合さま、今日はお散歩してきてもいいですか?」
「散歩?」
「お散歩かあ、天気もいいものね。私も行きたいわ」
仕事があって行けないから、二人で楽しんで行ってらっしゃい。という百合の笑顔により絳攸の返答に構わず二人は散歩に出掛けることになった。
道を歩く隣の有紀を見ながら絳攸は突然の散歩にも関わらず、不満を言うことなく歩いていた。
この幼馴染みとも言える友人はこうした突発的な行動はいつものことである。しかし、年下のこの友人は絳攸に色々なことを教えてくれる。
ご機嫌な有紀の隣を少し大きな包みを抱えながら歩く。
「今日はどうしたんだ?」
「んー」
手を背中で組んだまま空を見上げて歩く有紀が転ばないか気にしていた絳攸は、有紀につられて空を見上げた。
冬があけたばかりで、外はまだ少し寒い。だが、真冬の格好をしなくても外出できる程度の寒さではある。
天気がいいといっても、真っ青な空とは言えない空模様でもある。
「最近、お仕事でお帰りが遅いから、春が来たんですよって教えて差し上げようと思って」
「『春が、来た』って?」
有紀は深く頷くと足を止めて、道の脇を目指して歩き始めた。
その後ろを慌ててついて行くと、有紀はすぐに足を止めて屈む。それにつれて屈むと目前に黄色の花を差し出された。
「ほら、菜の花」
「なのはな?」
「本当はふきのとうを探したいんだけど、怒られてしまうからまずは菜の花」
二本だけ手に立ち上がった有紀は絳攸に一本を差し出す。反射的に受け取った絳攸は、不意に黎深と百合の顔が思い浮かんだ。
「……俺も春を届けてさしあげたいな」
「それなら、次は川だね」
「川?」
首を傾げる絳攸に有紀は楽しげに笑うと、「出発!」と掛け声をかけて菜の花片手に走り出した。絳攸も慌てて追い掛けて、走り出した。
川辺に着くと絳攸に菜の花を持って貰うと、躊躇うことなく地面に膝をついてなにかを探し始める。
有紀とは異なり、地面に服がつかないように気を付ける絳攸は有紀指先が探すなにかを目でたどる。よく分からないままに探し終わった時に渡そうと手拭いを手に握りしめて。
「今度は何を探してるんだ?」
「うん」
尋ねるも生返事しか返ってこないことに呆れるでもなく絳攸はじっと眺める。
「まだ早いのかなぁ……。あっ、あった」
そっと摘み取った茶色い茎のようなものを絳攸の前に差し出す。手にはほんの数本の同じもの。
見覚えがあるようなないものに首をかしげながら受け取ると有紀に手拭いを渡す。
渡されたものにきょとんとする有紀だったが、はにかむと手を拭う。膝を軽く叩きながら絳攸に手渡したものの説明を始める。
「土筆っていうの」
「つくし?」
「そう。春の七草で、卵で和えるのが好きなの」
けれど、卵であえて食べるほどは摘み取っていない。そんな疑問が目に浮かんでいたのか、絳攸の目を見るなり有紀は川原を見渡す。
「小さい子が遊びのついでに取りに来るみたいだから、私達は少しだけ」
「……そうだな。食材探しじゃなくて、『春を探しに来た』のだし」
「うん。次行こっか」
空模様も怪しくなったし、と有紀が空を指差すと絳攸もちらりと空を見上げてこくりと頷いた。
幾ばくも歩かないうちに吹く風が冷たくなってきた。
腕をさする有紀の肩にどこから取り出したのか肩布をふわりと掛ける。
驚いた有紀が絳攸を振り返ると、絳攸は何も被らずに平然とした顔で歩いていた。先程までわきに抱えていた荷物がないことから、今取り出した物をずっと持っていたことが伺える。
「ありがとう」
「どういたしまして。……風があったかくなったが、太陽が隠れると少し寒いだろ?」
「そっか……。風があたたかいからもう春だって思ってたけど、忘れてた」
そうだろうと思った、といいながら笑う絳攸は不意に慌てて空を見上げ。
「走るぞ」
「え?」
つられて見上げた空の雲行きが怪しいことと、ぽつりと顔に当たる雫に気付くと絳攸に片手を取られて走り出した。
近くにあった大木の下に入ると、有紀は手持ちの風呂敷を草の上に敷いて絳攸と共に腰を下ろす。そのまま手拭いを絳攸に手渡す。
有紀は絳攸が渡してくれた肩布で雨を凌いだが絳攸は若干雨に降られてしまった。
「……すぐに止むといいね」
「すぐに止むと思う」
「あ、空の向こうは明るいんだ」
指差す先は雲の切れ目が見える。濡れた髪と肩をぬぐっていた絳攸はふと思い出したように、空を見上げて、小さく笑った。
声で絳攸が笑ったのが聞こえた有紀は不思議そうに絳攸を振り返る。
「いや、これは持って帰ることは出来ないけど『春』を知らせてくれるものだなって」
「雨が?」
「ああ。季節の変わり目は雨や雷が多いと何かで読んだんだ」
「言われてみれば……。そうかも。流石、絳攸だね」
ふわりとした笑みと共に受けた称賛に絳攸はついと目をそらすと恥ずかしげに雨雲を見上げた。
ずぶ濡れで帰宅した二人に百合は過剰な心配と説教を贈ったのはまた別の話である。
***
久遠双樹さまから頂いたリクエストで、青空の下での二人で春を探しにです。
少し違ってしまったかもしれませんが、ほのぼのしていただければ。
[5回]
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