※アニメ十八話より
連載では書けないのでこちらで。
眞里は力が抜けそうになる身体を叱咤し、槍を振るった。
「我は武田が兵(もののふ)が一人、立花眞里なるぞ!! 我こそはと思わん者よ、尋常に勝負せよ!!!」
たとえ相手が物言わぬ化け物であっても、述べる口上は変えるつもりはなかった。
迸る熱気を刀身に乗せ、戦極ドライブを発動した。
鳥羽伏見の戦いに敗れた幕府軍に従い、新選組は江戸へと舞い戻った。
その後、朝廷を味方につけた薩長軍に追いつめられる幕府軍に代わり新選組は甲陽鎮撫隊と名を改め甲府城を守護に向かった。
しかし甲府城は既に官軍の手にあり、新選組は圧倒的不利で奪還に臨んだ。けれど新政府軍は羅刹を多く従え、新選組を出迎えた。
新政府軍の羅刹隊は新選組の羅刹隊と異なり、陽の下でも夜間の場合と遜色ない働きをした。即ちそれは、首を落とすか心の臓を貫かなければ倒れぬ不死身の軍隊であった。
既に鳥羽伏見の戦いで多くの隊士を亡くし、新たに募った隊士は稚児にも等しく。
惨敗を期し、撤退した。
その後、永倉及び原田が離隊し、新選組は旧幕府軍が抵抗を続ける会津へと向かった。
会津へ向かう途中、宇都宮城攻略戦前に、精供隊にて進行していた永倉と原田と再会した眞里は、翌日の宇都宮城攻略戦に参加した後、一人離隊し江戸へと戻った。
『新政府軍の羅刹隊の吸血行動のため、惨殺が起こるかもしれない』
そんな話を原田に聞いた為であった。
宇都宮城攻略には原田の姿は無く、彼はその話を眞里にだけに話すと一人江戸へと戻ったようだった。
自分が持つ槍や刀は羅刹に効果があることを知っていた眞里は、原田やおそらくその場に居るであろう不知火の助太刀に戻ったのだった。
多勢に無勢というべき状況に、眞里は久しぶりに戦場の迸りを覚えた。
陽は落ち月明かりの下、羅刹隊と対峙する不知火と原田の姿を見つけると、眞里は羅刹の中に切り込んでいった。
「誰だ?!」
「助太刀致します……!」
「てめ、立花か?!」
「眞里、お前っなんで来た!!」
羅刹の胸を貫き、刀で首を落とし原田と不知火の間に飛び込む。驚愕を露わにする二人に一瞥することなく、油断なく構える。
「私の刀と槍は羅刹に有効です」
「土方さんと行ったんじゃ……!」
「……江戸は、千鶴の故郷。蹂躙を許すわけにもいきません!」
ぴたりと槍を綱道へと向ける。彼は苦虫を噛み潰したような顔で眞里を見ていた。
「貴方のその行いは千鶴を悲しませる。……私の士道に悖る行いは許さない。……いざ、推して参る!」
綱道への道を塞ぐ羅刹を無情に切り捨てる。返り血で手が滑りそうになるのを確と握りしめる。
理性を感情を無くした彼らは、どんな気持ちでいるかは知らない。望んで羅刹になったのか、羅刹にさせられたかも知らない。知りたくもない。
眞里に出来ることは、殺戮によって彼らを眠りにつかせることだけ。
だから、眞里は槍と刀を振るう。
「は、ハハハ……! このままでは済まさんぞ!!!」
おぞましいほど居た羅刹の数も減り、視野も拓けていた。だからこそ気づけた眞里はそれを目にして瞠目した。そしてそのまま無意識のまま身体が動いた。
疲労から動きが鈍っていた原田の背後、倒れていた羅刹が月夜に光る何かを手に微かに動いていた。
「左之助殿……!!!!」
気付けば、呼ぶことを躊躇っていた筈の彼の名を呼び飛び出していた。
眞里の声に振り返った琥珀色の瞳が驚愕に見開かれ、次の瞬間悲壮に染まったのを見て眞里は腹部を激痛が走ったのを確認し、同時に懐刀を投げつけた。
「っ眞里ーーっ!!」
じわりじわりと染み出す赤を片手で抑えながら、槍を払う。眞里の腹部から滲み出る血に反応する羅刹を凪払うと、がくりと膝が地に着いた。
こみ上げてくる血を吐き捨てて、腹部に巻けそうな布を引きちぎる。
冷静に巻いていく手を誰かの手が上から止めた。
「貸せっ! 俺がやる!」
「原田、早くしやがれ!! 爺が逃げやがるぜ!」
見上げると、原田が顔を歪めて眞里の止血を行っていた。
その苦しみに歪められた顔を見て、ああ無事だったのかと心から安堵して眞里は微笑んだ。
しかし原田はその笑みを見て焦りに手の力を込めて布を巻いていく。
「無事、でしたか。左之助どの」
「ああ……っ、お前はここで待ってろ」
「嫌です」
「いいから言うことを聞きやがれ! 血が止まらねぇんだよ!!」
琥珀色が怒りと焦りに揺れるのを見て眞里は、やはり安堵しか浮かばなかった。
布を巻き終え、眞里の肩を強く掴む原田の手に手を重ねると、眞里は原田の肩に額をついた。
「左之助殿」
「っなんだ」
「……お慕いしております」
囁くような、状況に合わない穏やかな声で場違いなことを告げた眞里の言葉に原田の体が固まる。
その間にするりと腕をすり抜けて、眞里は静かに立ち上がり不知火に追い詰められている綱道へと詰め寄る。
「っ眞里!!」
「綱道、覚悟!!」
綱道が苦し紛れに放った砲弾が爆発し、辺りが煙にまかれたのを見たのを最後に眞里の意識は途絶えた。
目を開けたとき、最初に目に映ったのは木目が粗く、汚れが目立つ天井板だった。
指先はぴくりとも動かず、身体には重石でも乗っているかのような圧力を感じていた。思考もぼうっとしたまま働こうとする意欲が沸き起こらない。
だが、鈍った頭で考えるのは意識を失う直前のことだった。
無我夢中だった。
がむしゃらに槍を刀を振るったのは久方ぶりで、どうなってもいいという想いを抱いたのも久方ぶりだった。
そう、どうなってもよかった。
眞里は鈍った頭で想う。
自分は異なる時代を生きる者。
町の女子のような生き方は知っていても出来ない。
普通の町娘が願う幸福の夢と、彼が抱く幸福の夢は同じでも自分が抱く幸福の夢は違う。
自分では彼が願う幸福を叶えることは出来ない。だから、彼が願う幸福の為に身を使うのに躊躇はなかった。
躊躇はなかったというのに。
再び木目の天井を見ているということは。
「私は……また死に損なったのか」
敬する主君の元に行ければ、と願わなかったと言えば嘘になる。
呟きを耳が拾い、その響きに安堵が滲んでいることに眞里自身が驚いていた。
「……お前は、死んでも良かったって言いてえのか」
がらりと襖が開き、聞き慣れた声が落ちる。
掠れている声の中に潜む怒りに眞里は疑問を抱く。
なぜ彼が怒っているのか分からない。
そう思っている間に彼はドスドスと畳を踏み、眞里の枕元に腰を下ろす。ついで何かを置く音が響き、水音がした。
ひたり、と額に触れた冷たい感触に目を細める。
「気分はどうだ」
「……身体が重いです」
「当たり前だ。四日間眠ったままだったからな。……なあ、眞里」
「はい」
「何故、俺を庇った」
「…………」
強張った声に考え込む。
なぜ庇ったのか。それは無意識でもあった。だが、眞里の行動は眞里にとっては当然のもの。
無言の返答に答えを見たのか原田は苛立たしげに髪をかきむしると荒々しい息を吐いた。そして、眞里の名を呼んだ。
原田を見上げようと顔の向きを変える眞里の片手を取ると、きつく握りしめてその手を口元へと寄せた。強張るのを感じ取りながら拒否を許さない力強さで眞里の手を握り締める。
「眞里、お前は言ったよな」
「……何を、ですか」
「俺の夢を叶えるのに、助力するって言ったよな。……覚えてるか」
掠れかけた荒い声に、京に居た頃を思い出す。
『惚れた女と所帯を持つのが夢』だと照れくさそうに笑う原田の話に、微力ながら助力すると答えた。
京の娘との仲を取り持つのに、新選組の仕事で手伝えるものがあれば手伝い、時間を作るのを助力すると、そう言った意味で言ったつもりだった。
「ええ、覚えています」
「……なら、あのときの約束を今果たしてくれ」
「……今、ですか」
「ああ」
ちくりと胸が痛む。
彼は好い人が出来たのか。
だが、助力すると誓ったのは眞里だ。誓った約束は違えない、それが眞里の誠である。
こくりと小さく頷くと、原田は眞里の手を放し、眞里の両肩を掴んだ。
「原田殿……?」
彼の綱道の意味が分からず、動きをじっと見つめる。
整った顔が真剣な眼差しで近付き、目前に琥珀の瞳が見えたと思った次の瞬間、原田の目が伏せられ、唇に唇が重ねられた。
驚きに目を見開き、身体が硬直している間に、原田は少し距離を離し、琥珀の瞳に眞里を映した。彼の顔は熱を孕み、しかし苦しげに歪められていた。互いの息がかかる距離に知らないうちに息を殺していた。
「俺の夢を叶えるには、お前がいないと駄目なんだよ。……頼むから、俺の夢を叶えると言ったお前が、違えるな。……もう、無茶だけはヤメろ」
肩に押しつけられた、彼の悲痛な叫びに、眞里は思考を止めた。
**
つ、続きません。
最初は、原田さんを救済!!
みたいなノリで書き始めたら、逆に眞里が死んでしまい、境目で、と試行錯誤したらこんな感じに。
書き逃げ!!
[11回]
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