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小ネタ日記

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遙か4 016 :漆黒

デフォルト名:朔夜




 星空を見上げる度に、あの日を思い出す。流れる星を見ては目を細めて微笑んだ君の横顔。





 その日、忍人は緊張に身を強張らせていた。
 葛城の一族の中から、中つ国の四道将軍、岩長姫の弟子入りを認められ、一人で橿原に来た。
 猛者揃い、年上ばかりと聞いていた為、故郷では突出しすぎて周囲との関係を拗らせないようにと強く念押しされたのもあるかもしれない。

 実際には、猛者というよりは曲者揃いであったが。


 その時のことを決して忘れはしない、と忍人は強く思う。



「風早、岩長姫はいらっしゃいますか?」

 からかいに肩を怒らせていた忍人の後ろから涼やかな声が聞こえた。
 鈴を転がしたような声と称するに値するのだとさえ感じた。
 何故そのような声を岩長姫の在所側で聞くのかと驚く忍人とは対照的に、風早は穏やかな笑みを浮かべて席を立った。同時に羽張彦や柊も笑みを浮かべて席を立った。

 かつかつと足音が響き、忍人を追い抜いた。
 忍人からは、漆黒の髪を結い上げた後ろ姿のみが見えた。装飾は控えめだが、無頓着な忍人でも分かるほど高価な装いであった。

「ああ、今日はお客様が多い日ですね。師匠は少し出掛けています」
「少しすれば帰ってきますよ、姫様」
「こちらにかけてお待ちください姫君」

 柊は芝居がかった動作で訪問者の手を取ると自らの席へと案内した。椅子に腰かける動作すら忍人は貴人に見えた。
 葛城の族(うから)にこのように些細な動作で気品に満ちた人は多くはいない。

 年のころは同じだろうか。

 長い漆黒の髪を涼やかに結い上げ、小さな顔には珍しい色の瞳があった。
 同世代の娘と顔を付き合わせることが少ない忍人は、彼女の正面から若干視線を外した。
 そんな忍人の様子など気にすることのない娘は、忍人を見て首を傾げた。

「ありがとう、柊。あら、そちらは? 新しいお弟子さん?」
「姫、彼は」

 風早の説明を遮ると彼女はふわりと微笑みを浮かべた。その微笑に、どきりと胸が高なった。

「分かったわ。葛城のご子息でしょう? 母上がおしゃっていたわ。とても優秀な方だと伺いました」
「おや、姫君。よくお分かりになりましたね。彼は葛城忍人。葛城の族の者です。詳細はご存じのようですし割愛させていただいても?」

 柊の簡単な説明で納得したのか、彼女は小さく頷いただけであった。
 どうやら風早や柊、羽張彦とは顔見知りのようであったその娘から視線を外せず、しかし直視できない忍人は彼女に目礼のみを返した。そして風早ののんびりとした説明に目を見開いた。

「忍人、こちらの姫君は春ノ姫様です。日嗣の宮である一ノ姫様の従姉妹で、次代の審神者の君候補でもある。多分君と年も変わらないと思うよ」
「っそのような姫君が何故っ?! ……葛城忍人です。春ノ姫様」

 慌てて膝をおると彼女は静かに椅子から降りると、忍人の肩をそっと触った。
 肩に触れる手の小ささに忍人は胸に熱い何かが灯ったのを感じた。

「よろしくね、忍人殿。宮には同じ年の子供は采女と下男しかいないから仲良くしてもらえると嬉しいわ。……頭をあげてもらえると嬉しいわ」
「ですが……」
「此処は岩長姫の在所。それに私的な訪問ですもの。私は、必要以外にへりくだられるのは嫌いです」
「春ノ姫はこうと決めたら曲げないからな。一ノ姫そっくりだ」

 困惑する忍人を他所に、羽張彦が呵呵と笑い声をあげるのにつられて顔をあげると、春ノ姫の顔が目の前にあり驚く。

 春ノ姫は忍人の驚いた顔を見て、ふわりと目を細めて微笑む。

 その笑みが、名の通り春のようで忍人は思わず見とれてしまった。
 そんな二人の間の空気を壊すように風早がのんびりと声をあげた。

「で、今日はどうされましたか?」
「岩長姫に狭井君からの言付けを預かってきているの」

 聞いているのかいないのか、風早は頷くといそいそと茶の準備を始め、柊は再び椅子を進め、羽張彦は茶器を並べ始めていた。
 彼女の用事の相手である岩長姫を呼びに行きもしない兄弟子達に忍人は目を吊り上げた。

「岩長姫に姫君がいらしていることを伝えなくてもいいのですか?」

 だが答えたのは、三人の兄弟子ではなく来客であるはずの彼女であった。

「あら、呼びに行かれたら私が困ってしまうわ」

 意味が理解できない忍人に分かるように風早がお茶を入れる片手間に付け足す。

「狭井君への言付けというのは、朔夜姫への外出許可と同じ意味なんですよ」
「息抜きってことだな。今日は一ノ姫は?」

 淹れられた茶器を受け取りながら春ノ姫は羽張彦の質問に即答した。

「ニノ姫と龍神様についての講釈をお聞きよ。私は、狭井君からお聞きしているから免除かしら」
「ああ。なら抜け出した訳ではないのですね」
「いやだわ、風早。抜け出すなら一ノ姫も二ノ姫も一緒よ?」
「そうだ、風早。理解が足りなかったな」

 目を白黒とさせる忍人に気づいた柊が口を開くが、説明になっていないことには変わりがなかった。

「姫君方は非常に仲がよろしいんですよ、忍人」



**


移り往く季節を君との昔話です。

よく抜け出していて、忍人とは幼馴染みのような。
忍人視点だとすごく美化されている不思議。



描写する100のお題(追憶の苑)

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