デフォルト名:朔夜
朔夜は、人の目を忍んで橿原宮を抜け出すのを得意としていた。
それは朔夜がまだ子供であり、大人の目につきにくい道を多少知っていることが要因の一つであった。そして、王家に身を列ね次代の審神者(さにわ)としての教育を受けてはいるが、まだ年若い子供。直系の一ノ姫とは違い、行動が逐一見られている訳ではない。
だからこそ、時間を見つけては橿原宮を抜け出しては近隣の村を見て回ったり、祠を周り祷りを捧げている。
そんなある日。
人が忘れてしまったような祠に訪れていた朔夜は人の気配に振り返った先に見たことのある姿に驚き目を瞬いた。
「あなたは常世の将軍様でいらっしゃいますか?」
「はい。あなたは……」
朔夜は正式な礼を彼へと送った。
「中つ国王族に連なります春、と申します。ムドガラ将軍、とお会いできて光栄です」
「ああ、貴女が春ノ姫ですか。お噂はかねがね。私こそ光栄です。このような林の中おひとりで何をなさっておいでで?」
顔をあげた朔夜は先程まで祷りを捧げていた祠を振り返った。
ムドガラは装飾も簡素で、人が最近詣でた気配のしない祠に驚いたようだった。
「……神に祈っておりました。常世に御座す黒き龍神に、鎮まって頂けるように」
「っ?! 黒き神をご存じで」
常世を蝕む闇とも呼べる存在。常世でも知らぬものが多い中、中つ国の小さな姫が知っていることに心底驚いているムドガラに朔夜は悲しみに目を伏せた。
「嘆き、悲しみを抱く神。嘆きが憎しみに変わってしまったのは悲しいことです。……私は黒き神に直接祈れないので、他の神に」
「このように寂れた祠にも神が?」
人気のない林の中にある、小さな寂れた祠。
辺りを見渡すムドガラに朔夜はふわりとした笑みを浮かべ、祠を見やる。
「神はもともと人々が希ったから神となったのです。いつしか人々は神の名を呼ぶのをやめてしまった。けれど、人の子を気にかけて下さる神はこうして祠で長い時を待ってくださる。……私だけの祈りでは黒き神には届きませんが、それでも人々を気にかけている神は応えてくださいます。……ですが、難しいだろうと、だけ」
「そうですか……。春ノ姫は、皇にお会いしたことはありますかな」
「スーリヤ様ですか?ご子息のナーサティア様とは何度かお話をしたことはありますが…」
首を横に振る朔夜にムドガラは優しい色を宿した微笑を浮かべ、膝を折った。
「我が主に姫のお話をしても?」
「ならば、将軍にもお話していただかなくては」
「どのような……?」
強張るムドガラとは対照的に、朔夜は楽しそうに彼の腕を取って歩き出す。
「常世には豊蘆原にはない植物があると炎雷様にお聞きしました。将軍がご存じのお花を教えていただきたいわ」
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ムドガラとは普通に会話していた朔夜を書きたかったのですが、なんとも消化不良。
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