ぱたぱたと廊下を駆ける音がする。
自室にて繕い物をしていた有紀はその音を耳にすると針を進める手を止めて、針山へと針を戻した。
鮮やかで落ち着いた色彩を放つ布地は不器用な筒井筒が渡してきたもので、安物で貰い物だとの言葉に反して、上物で彼が取り寄せたものだろう。
そもそも彼に布地を贈るような人は安物は贈らないだろうし彼は贈られたものは人には渡さない。
音が扉の前で止まる。一拍の後、妹分の弾んだ声が聞こえる。同時に立ち上がり、傍らに置いてある籠を手に取る。ふわりと甘い香りが漂う。
「有紀姉さま、いらっしゃいますか? 秀麗です」
声と同時に扉を開くと、満面の笑みを浮かべた妹分である紅秀麗が立っていた。女性のために仕立てられた官服を身につけ、堂々と佇む姿は立派な官吏である。
有紀が歩んだかもしれない道を迷うことなく進む姿は眩しくて危うくて、思わず手をさしのべてしまいそうになる。
「いらっしゃい秀麗ちゃん」
「有紀姉さま、今お時間いいですか?」
「ええ、繕い物の小休止中なの」
ちらりと先ほどまで仕立てていた物に目をやるとつられて秀麗も目を室内に向ける。同じ物を視界に入れたのか大きな眸が驚きに瞬く。同時に羨望が籠もった眼差しに変わる。
「わあ……素敵」
「……ありがとう」
「絳攸様ですか?」
どうして秀麗は官吏に、それも御史台所属になってから年相応な物に興味を抱くようになったのだろうかと疑問に思う。にやにやと笑う彼女のおでこを弾く。
「内緒。秀麗ちゃん、用事はいいの?」
「あ、いけない!! 要る! 要ります!」
追求の矛先を変えるために籠を目線の先で揺らしてみる。慌て始める秀麗の目をじっと見て、わざとらしく微笑んでみせる。
うなり声をあげて悔しそうに顔を歪める彼女に心の中で安堵の息を吐く。
「有紀姉さま、お菓子くれなきゃ悪戯します!!」
悔しさと期待の混じった眼差しが何だか楽しい。
**
ハロウィンで何か書くぞ!と意気込んで失敗したぶつ。
実は書きはじめの足音のくだりで気づいたらif編書いてました……。
でもこれもほんのりifっぽいですね。
[1回]
PR