『玉椿』
デフォルト名:楠本陽菜
僕が優しいというのなら、傷を癒すように包み込む包容力を持つ君はなんというのだろうか。
何かの会話の折だった気がする。学び舎での毎日は退屈で、でも楽しくて。前までのことを思えばここでの生活は楽園。とまでは言えなくても、どことなく満たされている日々だった。
他人と深くつき合うのはまだ少し怖くて、同居人となった二人ともあまり深い付き合いはしたくなかった。
けれど、気づけばたった一人だけ。とても深くに入り込んできていた人がいる。
でもそれは不快ではなくて、そこにいるのが当たり前のようになっていた。那岐はもう大切な人を作りたくなかったのに、彼女は『大切な人』になっていた。
「那岐君の髪と眸の色、すごく綺麗」
優しく笑う彼女が眩しかった。異端の証で、捨てられ、那岐から大切なものを奪っていたいわば象徴。
「こんなの……別に綺麗でもなんでもないだろ。僕は陽菜みたいな黒髪が、……綺麗だと思う」
苦手な本音をほんの少しだけ混ぜた言葉は陽菜には届かずに落ちてしまった。自分を落とす那岐の言葉に陽菜は寂しそうに視線を落とした。暫く言葉を探すように、視線がきょときょとと落ち着きをなくしていたがやがて納得のいく言葉を見つけたのか那岐の髪を見てふわりと微笑みを浮かべた。
「那岐君の髪、すごく綺麗だよ」
いつもならば『綺麗だと思うよ』と意見を押しつけることのない陽菜の珍しい断言の口調に那岐は口をつぐむ
「お日様に当たった時はお月さまみたいな優しい色に輝いてるのが好き。深い森の中にいるみたいに優しい自然の色。優しくて、周りが傷つくよりも自分が傷つくのを選ぶのも森みたい。優しい、すべてを包み込む優しい色。お月様も静かに心を照らしてくれる優しい光。那岐君みたいだよね」
那岐が優しいというのなら、それは陽菜の色が当たっているだけだ。すべての光をはねのける白。
何ものにも染まり、染まらない色。
どろどろに濁っていた那岐の心を優しく染めていったのは陽菜の白の優しさ。
この色は誰にも、穢させないと強く願う。
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このシリーズの二人を書くのが好きです。
シリーズ名は『玉椿』です。
描写する100のお題(追憶の苑)
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