そこに居た男は有紀の全く知らない人間だった。
初対面の人間を躊躇なく見下ろし、扇で口元を隠しながらなにもかもを見通すような眼で有紀の全身をジロジロと観察していた。
「お前、名は何だ」
「黄有紀と申します」
異文化こみゅにけーしょん
有紀の家族となってくれた黄鳳珠はとても優しく、頭が良い人でそして
物凄い美人であった。
沈着冷静で判断力に富んでおり、将来有望であるらしい。
有紀は朝出仕し、余程のことがない限り夕餉の時間には帰ってくる鳳珠と食事を共にし、食後は鳳珠により勉強(漢詩や歴史等の一般教養)をみてもらっていた。
彼が居ない昼日中は家人達や鳳珠の手配した師達によって徹底的に色々と叩き込まれていた。
新たな発見が多くて、哀しくとも切なくとも楽しい日々を送り始めていたそんなある日。
有紀は自由時間には庖厨に入り浸っていた。
理由は単純明快でただ梅干しや味噌汁が恋しくなって庖厨に行くと味噌が存在しておらず梅干しもなかった為に日々庖厨を預かる者達と相談していたのである。
ちなみに梅は時期ではない為に手に入らないそうだ。
醤油もなかった。けれど似たようなもので醤(ひしお)というものは存在していた。
けれどそれらは有紀が知っている醤油とは程遠い程濃厚で、醤油に近そうなものは単に着色に使われているらしかった。
とりあえず談議だけするのが今の有紀の日課であった。
だが、その日はその楽しい時間を中断させられてしまった。
「私にお客様、ですか?」
呼びに来た家人は困惑した顔で首肯した。全くもって心辺りのない有紀は疑問に思いながらも家人の案内に従った。
「失礼致します。有紀様をお連れ申し上げました」
「入れ」
入室の言葉に有紀は若干緊張しながら礼を守りながら入室した。
そこに居た男は有紀の全く知らない人間だった。
初対面の人間を躊躇なく見下ろし、扇で口元を隠しながらなにもかもを見通すような眼で有紀の全身をジロジロと観察していた。
「お前、名は何だ」
「黄有紀と申します」
「ふん、黄姓を与えたのか。鳳珠も物好きな」
「失礼ですが・・・・・・お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だ」
「お名前をお聞きしても?」
男は鼻で笑うとパチンと扇を閉じた。
ずかずかと有紀の目の前まで来ると自然な動作で扇の先で有紀の顎を掬い上げた。
「・・・・・・ふん。十人並みだな」
「それは十分解しております」
首を無理矢理上げられて首が痛いものの、鳳珠の名前を呼び捨てて尚且家主の留守中に上がってこられるこの人物は鳳珠の友人だろうと思い有紀は男の眼をじっと見ていた。
面接官と話すときは目又はネクタイを視るべし。である。
男はなんとも不思議な目をしていた。
色はとても美しい色合いで、けれど何やらおぼろげなものを有紀と共に見ているようだった。同時に酷く冷たかった。悪意はない、けれど底冷えしそうな程の孤独がそこにはあった。
そして、顔立ちは鳳珠には負けるが整っていた。
まじまじと観察し返していた有紀は男の瞳になにか別の感情が宿ったのを見た。
「・・・・・・・・・お前・・・」
男がなにかを言いかけたその時に室の扉が勢いよく開いた。
「黎深! 有紀に何もしていないだろうな?!」
室に入ってきた鳳珠は黎深を睨みつけた。彼が口を開く前に黎深は扇を抜き取りまた口元に広げた。
「遅かったな鳳珠、待ちくたびれたぞ」
「お帰りなさい、鳳珠さま」
首が自由になった有紀は入ってきた鳳珠の前に立ち彼を見上げた。自然と笑顔になると鳳珠も怒り顔から微笑へと変わり有紀の頭に手を載せた。
「・・・・・・ただいま」
その言葉まだくすぐったかった。
鳳珠の帰宅によって男の名前が判明した。
素晴らしく高級な布地を使って仕立てられている服に身を包んだ男。けれどよく見ればその服は『紅色』を基調にしてあった。
紅は準禁色である。その色を身に纏うことができるのはその色を家名に持つ直系の者だけ。
よってこの男の名前は
「紅黎深様。私になにか御用がおありでしたか」
問いつつも答えはわかりきっていた。
友人が拾った子どもを友人が見に来たのだろう。
だが有紀の問いの応えは返ってこなかった。
「鳳珠の顔を見ても動じないとは・・・・・・中々やるな」
「・・・・・・それは黄家の方々にも言われましたがどういうことなのですか?」
「知らんのか?」
黎深は意地悪く笑うと入口に立っていた二人を椅子へと促した。
急に態度が変わった黎深を不思議に思いつつも有紀は素直に礼を言って座った。
一方鳳珠は心底驚いていた。
(あの黎深が初対面の・・・・・・しかも子供に茶を勧めた)
明日は大吹雪に交じって槍が降るかもしれない。
「鳳珠が国試を受けた年は過去最低の合格者数だった」
「・・・・・・もしかして、皆さん。鳳珠さまに見とれていらしたんですか?」
「・・・・・・・・・忌々しいことにな」
「私には余興だったがな」
黎深は余裕の笑み浮かべると結局は有紀がいれたお茶を飲んだ。
鳳珠は端から見ても機嫌が悪そうだった。
「そんな昔の話はどうでもいい! 貴様、一体なんの為に現れた」
けれど黎深は応えずに茶をすすった。
「この男がこの屋敷に不当に進入して来たのはこれが始めてではない。有紀、これからは気をつけろ」
大まじめな顔をする鳳珠に有紀は思わず首を傾げた。
「鳳珠さまが私を拾ったから見にいらしたのではないのですか?」
「・・・・・・そうだ」
黎深は茶請けをもそもそと食べ始めた。
その雰囲気は学生を試して試して揺さ振る試験監督や面接官に似ていた。
「ご友人としては得体の知れない者を拾ったのかもしれないとご心配なさってもおかしくないと思いますけど・・・・・・」
「おい、有紀と言ったな」
「はい」
しっかりと茶請けの全てを食した黎深は扇を軽く揺らした。その茶請けは有紀の好きなものも入っていた為に少し食べたかった。
「年はいくつだ」
「・・・・・・10くらいだと思います」
「よし、鳳珠。有紀は絳攸の嫁に貰ってやろう」
「誰が貴様の養い子にやるか」
突然結婚話が出てスパッと決裂した。
「ならば兄上に会わせてやろう」
どこかウキウキしている黎深に鳳珠は呆れたような視線を投げた。
「有紀を気に入っても紅家にはやらんぞ」
「ふん。有紀、何か欲しいものはあるか」
「物で釣るな」
「私が何をしようと勝手だろうが!」
低レベルな言い争いが始まったが有紀は構わずに茶を飲んでいた。
茶請けを食べられてしまったのは残念だったがもうすぐ夕餉の時間だった。
庖厨の者によると、有紀がぽつりと話したおかずを一品作ってくれたらしいのでとても楽しみだった。
ギャアギャアと楽しそうに(有紀視点)言い争いの声を聞きながら有紀は廊下に誰か立ったようだったので扉を開けた。
「鳳珠さま、黎深さま。夕餉、お食べになりませんか?」
即座に言い争いをやめると黎深は何故か笑顔で偉そうに頷いた。
「そこまで言うなら食べてやらんこともない」
「帰れ。養い子がいるだろうが。有紀、こんな奴を誘う必要はない」
「三人分用意して下さったそうですよ」
結局鳳珠が無言で負けを宣言し三人仲良く(?)食卓を囲んだ。
オマケ
「それは何だ。木の根か」
「・・・・・・しかも何故有紀だけに出ている?」
「ごぼうです。私の国では普通に食べられているんですよー。せんい質で栄養価が高くて安くて大好きだったんです」
「・・・・・・ごぼうなど食べるのか」
「私の家は比較的野菜中心の食卓だったんです。特にごぼうとかオクラとか好きなんです」
「安上がりな娘だな」
「よく言われました。ご飯とお味噌汁ときんぴらごぼうさえあれば満足しますので特に」
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黎深様との遭遇。けれど微妙にずれた感覚の持ち主の有紀は黎深を恐れずにむしろ睨み返す勢いで。
龍蓮といい黎深様といい、天つ才の持ち主はその生まれつき故に『普通』に憧れてそうだと思ったので。
調べたら味噌は日本独特で、家庭でも作れるそうです。
やはりスポーツ選手の方の海外遠征のお話とか見ると、味噌汁が恋しくなるって本当なんですねー。
両親の誇張だと思ってました。
醤油は【醤】(ひしお)というものが数種類中国にあるらしくて、穀醤というのがあってその中でも大豆だけを使うのが日本の醤油らしいです。
そういえば、某料理漫画にも書いてあったような気が・・・。(うろ覚え)
魚醤が、どうたらこうたらとか・・・?
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