有紀が彼に出逢ったのは偶然であった。
鳳珠の言質を取り、年に一度彩雲国を全国津々浦々点心修業(放浪)している有紀だが何故だか年に一度の旅で必ずといっていいほど『藍龍蓮』と出逢う。
それは決して嫌な事ではなく、むしろ楽しみにしていることでもあった。
有紀が龍蓮と出逢ったのは5年ほど前だ。
辿り着いた街で宿屋を探し歩いているときにそれは聞こえた。
その怪奇音はとてもではないが長時間聞いていられるものではなかった。その証拠に有紀の周囲の人間は皆一様に蒼い顔をしてバタバタと倒れ始めた。
そしてその音源は動いているらしく、しかもどんどんと有紀の方へと向かってきていた。
有紀としては長時間聞いていたくない笛の音であるが、長年吹奏楽をしかも真後ろにパーカッションが来る位置で演奏し続けてきた経験者としてはなんとか耐えうるものだった。
知らない間に怪奇音は終幕へと向かっているらしく、近くにやってきながら高みに上っていっていた。
満足げな微妙な余韻を残して終幕を迎えた笛の音にとりあえず有紀は拍手を送った。
その拍手が奏者にきこえていようといまいと気にせず、なんというか最後まで吹き切る根性に敬意を評した。
拍手を送りながら事の元凶を突き止めようと辺りを見渡すと何故か立っている人間は有紀を含めて五、六人であった。
そしてその中で笛を持っていたのは一人だけであった。
まだ十をいくつか過ぎたようにしか見えない少年だった。
見事な黒髪でなんとも奇抜な服装をしている少年は拍手に気付いたのか有紀をじっと見ていた。
ゆっくりと互いの視線が合うと彼は有紀の方へと歩いてきた。
まだ有紀の肩辺りの背の高さではあるが、とても整った顔立ちをしていた。
深い色をした瞳は、何かをほうふつさせる。何処かで見たことがあるようだった。
言葉を交わして有紀は少年を「なんと風変わりな少年なのだろう」と心の底から思った。
けれど悪い子ではないと、直感が告げていた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私は黄有紀」
「うむ。藍龍蓮だ」
『藍家』
彩雲国においての大貴族彩七家の中でも筆頭名家。
有紀が籍を入れてもらっている『黄家』も彩七家に入る。
藍龍蓮と聞き有紀は龍蓮の全身を見渡してみるが、服装が派手なの以外特に普通であった。
「じゃあ、始めまして。龍蓮殿、旅で会ったのは何かの縁。一期一会というし、一杯お茶しよう」
右手を差し出すとやはり彼も戸惑ったように手を見た。
「『握手』っていうの。『始めまして、仲良くしましょうね』っていう約束をするの」
「『仲良く』…」
「私の中では『お友達になりましょう』って誘い文句かな?」
龍蓮は迷ったように小さく「友……」と呟くと、ゆっくりと右手を差し出した。
「うむ。よろしく」
「よろしく」
「一期一会とはどんな意味を持つ?」
「一生に一度限りの出逢いだから、誠心誠意真心込めて出迎えましょう」
茶道から派生した言葉だ。茶道は嗜んだことはないが、有紀はこの言葉が好きだった。
「……扉を潜り、私と君が出逢ったことは一期一会かもしれん。だが、これ限りにはならないだろう」
「ん?」
「有紀とはまた会うだろう」
妙に確信深げに呟く龍蓮を見ると印象的だった瞳が覗けた。
じっと見つめ返すと有紀は既視観の正体に気がついた。
天上天下唯我独尊でありながらただ一人の人を慕っている鳳珠の友人であり有紀の友人の絳攸の養い親の紅黎深の瞳とよく似ていた。
ふと龍蓮の瞳が穏やかに細められた。
「気付くか」
彼には数人であるが居る。けれど龍蓮にはいない。
自分には邵可の様に全てを受け止めてあげたりは決してできないと知っている。
そもそも自分が人に何かしてあげるなどという考えは元から持っていない。
「龍蓮って呼んでもいい?」
「真の我が名ではない故好きに呼ぶとよい。私は有紀と呼ぶ」
「一緒に点心食べよう? それで、また何処かで会ったら一緒にまた点心を食べよう」
変わったお茶友達くらい作ってもいいではないか。そんな考えで言った。
再び手を差し出せば彼は小さく笑ってその手を取った。その微笑が普通の少年の様に見えて、どこか嬉しくて二人は手を繋いだまま店まで歩いていった。
「龍蓮はお兄さんが四人も居るんだね」
「同じ腹から生まれたという兄弟は四兄のみだ」
遠回しに腹違いならたくさん居るといわれて苦笑するしかなかった。
淡々とした表情ではあるが何故か黎深によって表情を読み取る術を得た有紀は微笑んだ。
「立派なお兄さん達なんだね」
「愚兄ではあるが」
「いいね、兄弟喧嘩はするものだよ。兄弟がいなくちゃ喧嘩はできないし」
「ふむ、喧嘩か。風流でないものはあまり好かぬ」
龍蓮の風流の基準は常人と掛け離れているようだが。
「お兄さん達も龍蓮みたいなかわいい弟を持って幸せだね」
「愚兄その四はそのようには思っていないようだがな」
人生初だと思われる程、龍蓮は初対面の有紀になんでも話した。
何を話してもにこにこと聞き、絶妙ではないにしろ相槌を打ち真剣に話を聞いている姿が少し嬉しかったのだろう。
点心を食べるだけのはずが夕餉を共にし、同じ宿に泊まっても有紀は嬉しそうに笑っていた。
常人であれば龍蓮の話し方を聞けば、一様に微妙な顔をしたり聞いている振りをしたりする。
そのことを彼は特に気にも止めていなかった。
けれどやはり、嫌な顔一つせず真剣に話に聞き入り掛け値なしに微笑んでくれる存在は今まで三兄以外居なかった。最も彼等は愛情表現が人より特殊であるために一見するとそうは見えないのだが。
一晩経って有紀は龍蓮が物凄く自分に懐いているような気がした。
なんだかかわいい弟分ができたようで嬉しかった。
それになによりも。
「龍蓮は多分私の中では色んな意味で『はじめて』の友達だよ」
「確かに私は繋がりを持っていない」
一を言うと十以上が返ってくるが特に気にはならなかった。
有紀の今までの交友範囲は全て『鳳珠』を介した延長線上にあった。彼等も大切な友ではあるが、龍蓮が初めてできた無関係な友達であった。
優しくて、素直で真っすぐな『藍龍蓮』という少年がとても愛おしかった。
たとえ横笛が壊滅的に下手でも、たまに全てを見透かされても有紀は龍蓮が好きだった。
「我が旅の友にして心の姉よ、今宵は月が美しい」
「仲秋の名月だからね。じゃあお団子作ろうか」
「ふ、私自ら茶をいれよう」
それは例え林の中だろうと森の中だろうと、構わなかった。
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うまく話しの展開を作れません。
藍龍蓮との交流? 先にこっちが書き上がったのでした。イマイチ龍蓮の口調が掴めないので微妙ですが。
おそらく藍家三つ子当主から面白い手紙とか届いて鳳珠や邵可に相談してそうです。
[4回]
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