デフォルト名:立花眞里
大急ぎで支度を済ませた新選組一行は、伏見奉行所まで辿り着いた。奉行所には長州との戦いに備えて、京都所司代の人々が集っているようであり、門の外にいながらもその熱気が伝わってくるようだった。
浅葱の羽織の集団に門の傍にいる者達が気づくと、先頭に立っていた近藤が役人へと近づく。彼らは既に浅葱の集団が新選組であることに気づいているようであり、新選組の名が知れ渡っていることが伺えた。
「会津中将松平容保様お預かり、新選組。京都守護職の要請により馳せ参じ申した!」
朗々と告げる近藤の言葉に、役人は訝しがるように眉を寄せた。その声は困惑と苛立たしさが混ざり、刺々しかった。
「要請だと……? そのような通達は届いておらん」
「――え?」
千鶴の洩らした呟きが聞こえたのか、斎藤は吐息と共に小声を零す。
「内輪の情報伝達さえままならんとは、戦況に余程の混迷を呈したと見える」
「戦況に混迷って……。……幕府側の勢力が、長州側に押され気味だってことですか?」
「そうとも限らん。……しかし、敵方に翻弄されてはいるのだろうな」
「………」
眞里は二人の会話を聞きながら、聞きかじった知識を思い浮かべる。所司代は守護職の部下に当たるが、守護職は会津藩の仕事であり、所司代は桑名藩の仕事であるらしい。
眞里には藩事情というものは分からないが、複雑なのだろうとあたりをつける。
どちらにせよ、今の状況は芳しくない。
長きにわたる太平の世により、戦の仕方など知らないのだろう。鎧兜も付け方を知らないと聞いたこともある。
「しかし、我らには正式な書状もある!上に取り次いで頂ければ――」
「取り次ごうとも回答は同じだ。さあ、帰れ! 壬生狼如きに用は無いわ!」
「っ……!?」
役人の言葉に殺気が走る。
壬生狼の意味を眞里は理解し得ないが、発言の様子から新選組に対する侮辱であり、屈辱的な名称なのであろうことは伺い知れる。
しかし、彼らは一人として発言した役人に対して反駁をなさなかった。彼らとて侮辱に対し平常でいられる訳ではないのだが、耐えるべきところは弁えているのだろう。
我が事のように悔しがる千鶴は唇を噛み俯く。その肩を原田が慰めるように数度叩く。
「ま、おまえが落ち込むことじゃないさ。俺たちの扱いなんざ、こんなもんさ」
「う……」
しかし隊士でなくとも悔しがる千鶴に、原田は優しく笑う。
「俺らが所司代に対して下手に騒げば、会津の顔をつぶしちまうかもしれないしな」
「あ……」
新選組は会津藩預かりであり、が桑名藩に刃向かったとなれば、藩同士のもめ事になるのだろう。それを分かっている彼らは何もいえない。
困り切っている近藤の後ろに寄った斉藤は役人に聞こえない声量で進言した。
「近藤局長、所司代では話になりません。……奉行所を離れ、会津藩と合流しましょう」
「うむ……。それしかないな。守護職が設営している陣を探そう」
振り返った近藤は会津藩の陣営に移動することを決め、会津藩邸へと向かうことを告げた。
会津藩邸に到着し、奉行所への連絡不備について報告し、どのように動けばよいのかを尋ねた新選組に対し、役人は九条河原へ向かうように告げた。
再び歩き始め九条河原へと向かう隊士達は、盥回しにされる現状に対し、不満を蓄積させていった。それは幹部でも関係なく、まして隊士ですらない眞里と千鶴も同じであった。
九条河原に到着し、その場にいる者に再び近藤が会津藩からのお達しで新選組が来た旨を告げた。しかし、やはりそこでも連絡不備が露わになった。
「新選組? 我々会津藩と共に待機?」
「そんな連絡は受けてはおらんな。すまんが藩邸へ問い合わせてくれるか」
会津藩士でさえ首を傾げ、追い返す発言に、永倉の堪忍袋の緒が切れた。
「――あ? おまえらのとこの藩邸が、新選組は九条河原に行けって言ったんだよ! その俺らを適当に扱うってのは、新選組を呼びつけたお前らの上司をないがしろにする行為だってわかってんのか?」
怒鳴り出すかと思っていた土方ではなく、永倉の怒声に眞里は思わず苛立ちを忘れて彼の顔を見る。捲くし立てられた藩士が言葉に詰まると、近藤が大らかな笑顔と共に口を開いた。
「陣営の責任者と話がしたい。……上に取り次いで頂けますかな?」
藩士が尚も何か言おうとするが、苛立ちが頂点となっていた新選組からの殺気混じりの睨みに慌てて陣営の奥に走っていった。
近藤達が陣営責任者と話を終え、ようやく九条河原で待機することが許されたのは日も暮れた頃であった。
今後の動きについて、会津側との相談をするため席を外した局長たちとは別にその場に残った幹部達は野営の準備を始めた。
野営をどのようにするかと思案を始める中、立ち去り間際に土方が「立花、任せた」と告げていった為に、眞里は野営の準備の司令塔として忙しい時間を送る羽目になった。
野営の準備が終わった頃、近藤達が戻ると眞里はようやく人心地つけるために、たき火を囲む幹部の隣に腰を下ろした。
「お帰り、立花君。助かったよ」
「井上殿もお疲れさまでした。白湯でよろしければお持ちしますよ?」
「ああ、面倒でなかったら近藤さん達の分もお願いして良いかな」
小さく頷いた眞里は再び立ち上がり、食事の指示をしていた場所から白湯を数人分もって戻る。白湯を配り終えると、近藤達は疲れたように苦笑した。
「ああ、ありがとう」
「いえ、ここの兵達は主戦力ではないですね」
野営の設営にあたって、会津藩陣営に足を何度か伸ばした眞里は印象から受けた推測を口にする。井上は驚いたように目を瞬くが、隣にいた土方は目を細めて笑うと、「よく分かったな」と喉の奥で笑うように言った。
「立花君の言うとおり、ここの兵達は主戦力じゃなくただの予備兵らしい。会津藩の主だった兵たちは、蛤御門のほうを守っているそうだ」
やはり、と納得する眞里とは別に千鶴は驚いたのか目を瞬く。
「新選組も予備兵扱いってことですか?」
「……屯所に来た伝令の話じゃあ、一刻を争う事態だったんじゃねぇのか?」
永倉は苛立たしげに不平を洩らす。対照的に斉藤は淡々と述べる。
「状況が動き次第、即座に戦場へ馳せる。今の俺たちにできるのは、それだけだ」
「夜襲の可能性はないとは言えませんがそのような度胸はないでしょう。そろそろ食事をお持ちします」
「お、飯か! さすが、眞里は仕事が違うな!」
「わりいな、いつもいつもこんな仕事ばっかさせて」
「でも、手慣れているねぇ」
いくら武家の娘で跡取りとして育てられたとしても、手慣れ過ぎている。違和感に訝しむ幹部へと眞里はうっすらと笑みを浮かべると、静かに立ち上がる。去りゆく背中をぼうっと見ていた千鶴は慌てて後を追いかける。
簡易な食事で腹を満たすと幹部の中に千鶴と眞里も混ざり一つのたき火を囲っていた。
可能性がない訳ではない以上、突然の夜襲も起こりうる。千鶴は気を抜くものかと真剣な顔でたき火を見ていた。隣に座る眞里は思わず苦笑いを浮かべる。
寝ずの番の見張りを申し出たが、幹部以外にも平隊士も含めて全員から却下されたためにおとなしく千鶴の隣に腰を下ろしていた。
「千鶴、休むなら言えよ? 俺の膝くらいなら貸してやる」
千鶴の様子に原田が笑み混じりに言うも、千鶴は真面目に首を横に振った。
「大丈夫ですっ」
微笑ましいものを見るように穏やかな空気が流れる中、眞里はそっと千鶴の頭に腕を回すと、自分の肩に凭れさせる。
困惑して見上げてくる視線に穏やかな笑みを返す。
「私は慣れているから、遠慮しなくていいよ」
「……でも」
「きちんと寝た方が千鶴は動きやすいから、肩でも膝でも使って寝なさい。役に立ちたいという気持ちなのなら、貴女が今すべきは?」
暫し考え込むと、千鶴は恥ずかしそうに俯きながら眞里にもたれ掛かりやすい体勢になると、肩に頭を預けて目を閉じた。
「お借りします」
「どうぞ」
呆気に取られる周囲に気づかないまま、千鶴は小さな寝息を立て始めた。眞里は前から思っていたことだが、やはりこういった場所でも寝られるところを見ると、千鶴は中々図太い神経をしているのではと再認識させられる。
寝づらそうなので膝の上で横抱きに抱えて、眞里に凭れさせる。それでも起きないところを見ると、しっかり寝入っているようだ。
「かーっ、羨ましいぜ」
「新八が行っても雪村は眠らないだろう」
「何だと!」
永倉と斉藤のやりとりを聞きながら、原田は羽織を脱ぐと眞里の肩に掛ける。礼を目を細めながら受けると、先ほどまで千鶴が座っていた場所に腰を下ろす。
「なんつーかよ、お前って俺らより場慣れしてるような感覚があるよな」
「そうだろうな」
思いも寄らぬ場所からの返答に永倉と斉藤ですら発言者、土方を見た。彼は腕を組みながら目を閉じていた。
「土方殿?」
「土方さん?」
「……話したくねぇっていうならそれでいい。お前の判断に任せる」
土方はゆっくりと眞里を見据えて語る。その意味を知るのは、眞里以外には近藤と千鶴のみであるため知らない幹部は皆一様に首を傾ぐ。
眞里は暫し目を閉じて黙考した。
過去を語ることは構わない。自分自身未だに信じられないことではあるが、これが現実であると理解はしている。諦めてもいた。
このような絵空事にも等しい話はしたところで否定されるか、流されるかしかない。
否定されても構わないと思っている。気違いだと言われることも。
しかし、眞里の過去など知らずとも良いことであると眞里は思うのだ。
自分の身の証をたてるため、近藤と土方には話した。結果的に真であると受け入れてもらえた。けれど、所詮は過去のことである。眞里の過去など知ったところで新選組の役には立てない。
今回のように野戦があれば、知識を役立てることはできる。しかし、話す必要性は感じないのだ。
今後の身の振り方で幹部には話していた方がいいと土方が判断するならばそれに従うつもりである。
「土方殿が、必要があると判断するならばそれに従います」
「おい、土方さん。何の話だ?」
「こいつが、何で剣も槍も腕が立ち、野営の知識があるかってことだ」
一斉に視線を感じ眞里は首を傾げる。やはり気になることなのだろうか。
誰もが沈黙に口を閉ざす中、永倉だけが一人笑った。
「そりゃあ気になるな。俺もお前さんからは一本取るのがやっとだ。その腕は並大抵のもんじゃない」
「そうだな。ま、過去っていうよりか、どうやって磨いてきたかって方に興味はあるな」
「オレも、立花がどのような鍛え方をしてきたかという点には興味が沸く」
思わぬ言葉に眞里は目を瞬き、ふわりと笑みを浮かべた。
千鶴以外にあまり見せない笑みをたき火の明かりの元とはいえ、目撃した彼らは言葉を失った。
***
面倒なので禁門の変が終わったら暴露します。
ようやく!! 書きたいシーンが!!そしてついに20話突入!
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